書籍『ピタゴラスの定理でわかる相対性理論』の補講

第14回 相対論から量子力学への展開と日本の時代

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素粒子の背景にある時空

1939年4月,京都帝大に教授として戻ることになった湯川に,ソルベー会議への招待状が届きます。テーマはまさに彼が予言した中間子。湯川は靖国丸で6月に神戸をたったのですが, 8月2日にナポリに着いたときに会議が中止になったことを知ります。ヨーロッパに戦雲が立ち込めたためでしょうか。湯川はハイゼンベルグのもとで共同研究中の朝永の出迎えをベルリンで受け,彼の案内でドイツの大学などを回ったところで,8月26日ドイツ在留日本人はハンブルグからチャータされた靖国丸で退去を退去します。一行がノルウェーのベルゲン港に停泊中の9月1日にドイツ軍がポーランドに侵攻し第2次世界大戦が勃発。

湯川はニューヨークでアメリカに入って大陸を横断しながら大学を回ることにしたのですが,朝永はそのままパナマ経由で日本に帰国しています。湯川は高等研究所でアインシュタインに会っています。1922年にアインシュタインが日本に来たときの熱狂的な歓迎を報道で聞いており,少年らしい憧憬の念は抱いていたが中学生の湯川はまだ講演を聞きに行くだけの心構えができていなかったと後年書いています。そんなこともあって湯川は,なんとしてもアインシュタインに面識を得たかったに違いありません。

アインシュタインは,このときルーズベルト大統領に原子力計画の緊急性を勧告したばかりでした。それがマンハッタン計画の一里塚となったことはよく知られています。

そのとき6年後には原爆が広島と長崎に投下されることなど夢想だにしなかったはずです。歴史はなんとも皮肉です。

湯川のみたアインシュタイン

湯川がアインシュタインをどのように見ていたのか,アインシュタイン選集を読むと彼についてよく書いています。筆者の理解ではポイントが4点です。

  • (1)⁠若いときの業績について)Eを広く深い思索と計算から導いたことがゴツイ,特殊相対性理論の変換則にもかなっている。
  • (2)アインシュタインの凄さは一般相対性理論にある。それは特殊相対性理論に終わらず哲学思考をもって突き進んだことだ。
  • (3)1939年の最初の出会いのときのアインシュタインは湯川の中間子とか新しい量子力学にはあまり関心をもっていなかった。一般相対性理論と電磁場の統一論に関わっていた。ある意味では年のせいだろう(皮肉なことに,湯川自身も,マレー・ゲルマンがクオークの理論を持ち出したときに,否定的だったと言われています⁠⁠。
  • (4)戦後,招聘を受けて再びプリンストン高等研究所で会ったときのアインシュタインは,スケールの大きな学者であり平和主義者だった(アインシュタインは大好きになった日本に原爆が落とされたことを深く憂慮し,これが平和主義者としての大きな決意をもたらしたことはいろいろな本に書かれています⁠⁠。

湯川へのノーベル賞が発表されたのは,コロンビア大学客員教授のとき(1949年10月)のことで,日本中が沸きあったのを小学生の記憶としてよく覚えています。

南部が見た湯川

アインシュタイン没は1955年。彼と原爆廃絶活動をした湯川の逝去は26年後の1981年。2008年のノーベル物理学賞受賞者の一人が南部陽一郎氏ですが,同氏はこのとき雑誌「科学」の湯川秀樹追悼特集(1981)で,湯川の評価をα,β,γとして次のように述べています[※4]

  • α 中間子理論によって素粒子物理学の理論面の生みの親
  • β1  朝永振一郎の繰り込み理論へつながる特質と,
  • β2 坂田の自由なモデルの設定へつながる特質
  • γ 戦後は直接的な理論貢献よりも,間接的な活動だった。

ここで,γの内意としては,第一線の研究者ではなかったということなのか,教育者とか学会や国の科学技術関連の重鎮としての活動なのか,原爆廃絶などの平和運動のことをさすのか分かりません。

その一方,マックス・プランクの1923年の講演から始まった因果律の解明を含めて根本理論を深く考察逡巡していたのかもしれません。湯川は時空構造の根本の見直しを示唆していたようです。素領域という当時の概念自体が,背後に連続体としてのミンコフスキー空間を想定している点で不徹底であるかもしれない,と述べて時空自身の量子化のことを指していたようです。

アインシュタイン選集で湯川の対談相手をした谷川安孝は,次のように言ったということです。

預言者湯川は,時空概念の根本的改革が必要であるという啓示を残して去った。

それは,ピタゴラスの定理でわかる相対性理論で取り上げた連続的な双曲幾何空間でもなく,リーマン幾何の空間でもない時空概念が今後の課題だと示唆したのだろうと筆者は思います。

参考資料
[※1] 湯川秀樹:アインシュタイン選集3,共立出版
[※2] 見城尚志:図解・わかる電気と電子(ブルーバックスB1249⁠⁠,講談社
[※3] 松尾博志:電子立国日本を育てた男,文芸春秋社
[※4] 田中 正:湯川秀樹とアインシュタイン,岩波書店
[※5] ディヴィド・ボタニス,伊藤文英他訳:世界一有名な方程式の「伝記⁠⁠,早川書房