書籍『ピタゴラスの定理でわかる相対性理論』の補講

第16回 宇宙存在の理由と地球環境の保全~本書「ピタゴラスの定理でわかる相対性理論」の意味は何だったか?

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2.本書の意義を箇条書きにしてみます。

最終回ということで,⁠ピタゴラスの定理でわかる相対性理論』の意義を考察してみたいと思います。

(1)特殊相対性理論と非ユークリッド幾何の結びつけ

相対性理論のほとんどというよりすべての本が,特殊相対性理論のあとで一般相対性理論と非ユークリッド幾何とを結びつけています。つまり,重力とは空間の曲がりであるとする理論ですが,そこで初めてリーマンの非ユークリッド幾何が登場します。たしかに,アインシュタインがクラスメートでETHの数学の教授になっていたグロスマンの手ほどきでリーマン幾何を勉強したのは1910年ごろからでしたし,相対性理論をさらに発展させて重力の問題をテーマにするときでした。

実は,本書はアインシュタインも気づいていなかった数学を語ったとも言えます。リーマン幾何は双曲幾何だけなくユークリッド幾何も球面幾何も統合した幾何です。特殊相対性理論の時空は双曲幾何空間の典型的な事例だったのです。数学者によって人工的に作られたと思われた非ユークリッド空間が実は宇宙空間だったという物語です。これをまとまった形で語ったのは本書が世界初だと思います。

(2)これをカットなしに高校生の数学レベルの数学で論じきった。

この類の本の著者や編集者は,多くの読者には難しいだろうから数式やその解説をカットして日常用語で無理に語ろうとするために,かえってわかりづらくなります。しっかり語る本が高校生のために必要です。湯川は,第三高等学校時代に,図書館にドイツから送られてくる物理学雑誌を,鼠が餌をかじるように読んでいたということです。そのうちに量子力学の発展のために自分の出番がなくなってしまうのではないかと不安でならなかったとも書いています。今だってそういう高校生がいるはずです。そういう若人に満足していただける本がなくてはいけないと思います。

3.ではこの補講の意味は?

そこであらためてこの補講の意義を考えてみると,2つあったように思います。

(1)アインシュタインの物理学が1905年26歳で開花した物語

これは相対性理論と量子力学を同時に誕生させた論文の共通点に関することでもあります。アインシュタインの論文の評価がしだいに高まり,彼はやがて名声を得て母校の助教授,プラハのドイツ大学,そしてまた母校の教授,さらにベルリン大学教授と出世するのですが,名声とか有名というものが人格形成にとって,たいていは危険です。本書は16歳の少年から青年に入り有名になる前の10年間のアインシュタインがどんなことを考えたのかに的を絞ろうとしました。

(2)数学から物理学へ

本書は数学の本でした。 E=mc2 からは物理学の世界に入るので,そこで本書は終了したのですが,やはり数学の次に物理を考えながらこの式について詳しく語る必要があると判断して,この補講(第10121415回)で語ってきました。

第13回では,相対性理論でのエネルギーと運動量の関係から,量子力学のシュレディンガーの波動方程式を導きました。そして電磁波と物質波の違いを明らかにしました。これは第6回「光と電磁波」を補完するものです。

(3)奇跡の1905年後から日本の時代までの展望

アインシュタイン,プランク,ハイゼンベルグ,シュレディンガーの系譜によって量子力学が完成しました。それを日本に持ち込んだのが仁科芳雄です。それが2008年のノーベル物理学賞に関係する「宇宙存在の理由」の解明につながった物語を手短に紹介しました。

宇宙が存在するなかで,本書p.214にも書いたようにこの地球は奇跡の惑星です。ここに多くの生命が私ども人類ともに棲息しています。理論物理学によって宇宙が存在する根拠が明らかにされていることはひとつの見識かもしれません。しかし宇宙の中の奇跡の惑星である地球を存続させる知恵は理論物理学だけでは得られません。さまざまの科学の知恵はもちろんですし,工学も重要かもしれません。これは次のテーマです。

4.天職(Calling)と見城の役割

本書の執筆中に英語の資料をよく調査してくださった武口隆という人がいます。私から見ると武口さんは,日本語から英語への翻訳あるいは学術英文推敲のプロというより,彼の天職が英作文のように思えるのです。豊富な語彙の中から最も適切な1語を選び出す凄さは抜群です。武口さんと26歳当時のアインシュタインのことをディスカスしていて,物理の理論創出こそアインシュタインのcallingだという考えで一致しました。ここでいうcallingは電話をかけることではありません。神の召命つまり天職です。神は,スイスの特許局に勤務するある技師を魂の世界にお呼びになり新しい物理の創出を彼の仕事とお定めになった,と解釈しましょうか。

アインシュタインはモーツアルトやガウスのように神童だったのではなかったようです。このことがいかにもcallingだと感じます。

筆者はなぜアインシュタインのことを書いているのか不思議です。相対性理論や量子力学を専門とする物理学者ではありません。このことを天職ということばで釈明しておきたいと思います。先にも書いたように,大学の1~2年生の物理は何とか理解できて6回の定期試験も悪くはなかったと思います。しかし専攻を電子工学と決めたのに,電子物理の理解度は低いなと感じました。アインシュタインとの距離がものすごく大きいと実感したのです。大学院に進んでプラズマ工学とはいうものの実際にはプラズマ物理の勉強を始めて,理学部の相対性理論や量子力学の単位を取ろうと思って授業には出てみました。しかし,なかなか理解できるものではありませんでした。ローレンツ変換のいう時空の関係などは頭にしっかり入らないうちに講義はどんどん進んでいってしまいました。

その一方で,3年生の工学部の講義のなかでピンと感じるものがいくつかあったのです。一つは機械工学通論です。成瀬政男教授の名講義を聞いていて,自分の仕事はメカトロニクスだと閃いたのです。まだ当時そんなコトバはありませんでしたが,ヒントがありました。量子力学から発達した光の技術が当時オプトロニックスと呼ばれていたように思うのです。本来ならopto-electronicsですが短縮されてoptronicsといわれていたような記憶が残っています。自分は機械と電子の技術を結びつけてみよう,と考えたのです。そして浮かんだ言葉がメカトロニクス(mechatronics)です。

もう一つ,電子工学科でありながら電気工学科の伝統科目であるモータや発電機をテーマとする電気機械が必修科目でした。少年のころに模型電気機関車のモータいじりが好きだからといって,学問としてのモータ理論を講義で理解するのはやさしくはありません。何を聞いているのかわかりません。

ところが,主要なモータと発電機に関する講義が終わって,特殊モータの一つでヒステリシスモータの話を5分ほど聞いたときのことですが,不思議なことに鮮明に理解できて,しかも感激まで感じたのです。そして3年後に本当に偶然に最初の仕事としてヒステリシスモータの改良設計をすることになったのです。運命に導かれているようで,天職かなと思いました。それ以来,さまざまの種類の小形モータの研究とそれをアナログ・デジタルの電子機器で制御する技術-メカトロニクス-を発展させるようになったのも事実です。

ヒステリシスとは磁性に関する現象で,普通は図1のように,強磁性体に起きる磁界強度と磁束密度の関係で説明されます。磁束密度 B の時間的な変化は電流で作られる磁界強度 H の変化よりも時間的に遅れるという現象です。それは磁性体の一部だけをみたときの現象です。この研究のイニシャティブをとりhysteresisというコトバを作ったのは,1878年に若くして東大教授として招聘されたJames Alfred Ewing(ユーイング)です。

図1 ヒステリシス

図1 ヒステリシス

ところが,この時間的な変化が空間的な広がりをもって起きるとき,各所の時間的な関係をうまく制御すると推力や回転力が発生するのですが,その原理というか理由を即座に理解できたのです。推力や回転力は,方向があることから分かるように空間的な現象です。時間的現象と空間的な作用の関係の一つ応用が,ヒステリシスモータです。このモータの発想の原点はシュタインメッツにあったことや,彼もアインシュタインと同じようにドイツに生まれて,チューリッヒの現在のETHで学んだことを知ったのはずっと後のことでした。このヒステリシスの奥に,時空の本質としてメカトロニクスの基本法則が潜んでいると思うようになりました。筆者がアインシュタインの青年時代の仕事に関心があるのはこのためです。宇宙とか,時空の本質的性質を使って動きを発生するメカニズムこそモータだと思うのです。

モータは現代人になくてはならないツールです。そういう背景で考えるのですが,アインシュタインは電気力学というときモータのことを考えなかったのだろうかという疑問です。考えたと思います。ドイツでもイタリアでも彼の実家は電気機器を製作していました。当時のその代表格が発電機やモータです。またアインシュタインは論文の対象として発電機やモータを取り上げなかったのはなぜでしょうか? 簡単な理由は,すでに最先端ではなかったという答えはあるかもしれないのですが,納得できません。

アインシュタインのような凄い頭脳に,もしや電気力学に関してほかに何かひらめいた形跡がありはしないだろうか? という疑問は筆者の頭にありました。

彼は考えたと思いますが,釣りに喩えると,狙っていたものより大きな魚(量子力学や相対性理論)が獲れてしまったのかもしれません。特殊相対性理論や光電効果の考察の後になったのですが,アインシュタインが電磁力による物体の回転運動について考えたのだという証拠が1915年の英語論文かもしれません。一般相対性理論を完成した年にオランダのDe Haasと実験をした結果を論じているのです。理論物理学者アインシュタインの唯一の実験論文です※4,5⁠。