厳選!「Geekなぺーじ」トピックス

第6回IPv4アドレス枯渇。その意味と恐らくこれから起きること

今のインターネットはIPバージョン4で動作していますが、そのIPv4で各機器を識別するためのIPv4アドレスがついに事実上枯渇しました参考⁠。長年「枯渇する」と言われ続けていましたが、それがついに現実の物となりました。ここでは、IPv4アドレス枯渇とは何かと、それによって何が起きるのかを紹介します。

IPv4アドレス枯渇に関して、アナログ放送の停波と地デジへの移行や、原油枯渇と似たようなものであるような認識が多く見られますが、個人的にはIPv4アドレス枯渇後のIPv4アドレスのアナロジー(類比)としては、相撲の親方株の方が近い気がしています。

まず、アナログ放送の停波と地デジへの移行ですが、アナログ放送は2011年7月に一斉に停止します。しかし、IPv4アドレスの場合は、ある日突然IPv4が使えなくなるわけではなく、今まで使っているIPv4アドレスはそのまま使い続けられるという意味でアナロジーとしてアナログ放送の停波とは大きく異なります。

原油枯渇とIPv4アドレス枯渇もアナロジーとして適切ではないと個人的に感じています。石油は使うとなくなってしまいますが、IPv4アドレスは使い続けるものであり、利用することによって「消費」されるものではありません。

IPv4アドレス枯渇って何?

では、IPv4アドレス枯渇とは何でしょうか?
非常に単純に言ってしまうと、⁠これ以上IPv4によるインターネットが拡大できなくなる」というものです。

今までのインターネットは、新規ユーザが参加したいと言ったときに新しいIPv4アドレスを割り当てて対処してきました。IPv4アドレスの在庫が存在していたので、ユーザが増える分だけ新しくIPv4アドレスも割り当てが行える状態が今まで続いていました。

画像

しかし、IPv4アドレスが枯渇したことによって新規在庫がなくなってしまいました。 これまでは新規ユーザが増える度に「IPv4インターネット」も拡大できましたが、IPv4アドレス数の上限に達してしまったため、数に限りがあるIPv4アドレスの範囲内で新規ユーザに対処しなければならなくなります。 これは、限られた空間の中にドンドン新しいユーザを詰め込むようなもので、ユーザが増えれば増えるほど一人あたりのIPv4アドレス数が減るという状態です。

画像

問題は、世界中で今後どれだけインターネットユーザが増えるかですが、2010年時点でのインターネット普及率は、世界全体で28.7%となっています。 北米は今後急激には成長しないと思われますが、その他の地域は今後も成長を続けるものと思われます。

世界のインターネット普及率 2010年版Internetworldstatsより)
世界のインターネット普及率 2010年版(Internetworldstatsより)

IPv4アドレス枯渇後もインターネットユーザ数は増え続け、IPアドレスの需要も増加します。上限が来てしまったIPv4空間を、今より多いユーザが分け合って使わなければならなくなります。

本当の枯渇は今年後半

⁠IPv4アドレス枯渇」と一言で言っても、何が枯渇なのかは文脈によって異なります。今回の枯渇は「IANA(Internet Assigned Numbers Authority)在庫の枯渇」であり、一般のユーザに影響が出るのは、まだもう少し先の話です。

IANA在庫の枯渇のアナロジーとしては「IPv4アドレス製造工場が閉鎖された状態であって、問屋と小売店には、まだIPv4在庫が残っている」という感じかも知れません(IANAはIPv4アドレスを作っているわけではないので製造工場というよりも巨大倉庫ですが、そこら辺は愛嬌ということで許してください⁠⁠。

IPアドレス管理の階層構造

インターネットのIPアドレスは一意であることが求められます(エニーキャスト、プライベートIPアドレス、マルチキャスト、その他特殊用途は除く⁠⁠。そのため、誰がどこでどのようなIPアドレスを使うかに関して、世界で一元的な管理が行われています。管理は、IANAを頂点とする以下のような階層構造で行われています。

画像

IANAは、全てのIPv4アドレスを256個に分けて管理しています。IPv4アドレスの1/256は「/8ブロック」と呼ばれ、世界5地域を代表するRIR(Regional Internet Registry=地域インターネットレジストリ)へと割り振られます。

画像

RIRは、NIR(National Internet Registry=国別インターネットレジストリ)やLIR(Local Internet Registry)の要求に応じて、IANAから受け取ったIPv4アドレスを割り振り、在庫が少なくなるとIANAに「おかわり」を要求するという流れで今までIPv4アドレスの割り振りが行われていました。IPv4アドレスのIANA在庫が枯渇することによって、RIRはこれ以上新規/8ブロックを受け取れなくなります。

今回、IANA在庫が枯渇しましたが、IANA在庫最後の/8ブロック5個は自動的に世界5つのRIRに割り振られることが決まっており、各RIRは「最後の/8ブロック」を受け取ります。さらに、過去の経緯から細切れのまま未割り当てとなっていた「Various」とされるアドレスが/8ブロック7.4731個分ありますが、それらも各RIRに割り振られます(各RIRは1.69462個分を「Various」から割り振られます。188.0.0.0/8を2009年時点で受け取った RIPE-NCCには0.69462個分⁠⁠。

このIANA在庫枯渇の瞬間に各RIRが受け取った/8ブロックは、最後の/8ブロック2個を割り振られたAPNICが4.6942個、LACNICとAfriNICとARINがそれぞれ2.6942個、RIPE-NCCが1.6942個となります。

IANA在庫枯渇の次に来る枯渇が、各RIRでの枯渇です。IPv4アドレス枯渇後も、各RIRはNIRやLIRに対してIPv4アドレスを割り振って行きますが、そのうちRIRの持つ在庫も枯渇します。枯渇の順番としては、IANA在庫枯渇→RIR在庫枯渇→NIR在庫枯渇→LIR在庫枯渇となります。

IPv4アドレス枯渇のタイミングに関して最も参照されているpotaroo予測も、IANA在庫枯渇のタイミング予測から、RIR在庫枯渇のタイミング予測へと切り替わります。

IPv4アドレス枯渇の影響を真っ先に受けるのが日本などのアジア太平洋地域

RIRでのIPv4アドレス在庫枯渇は、世界5ヵ所で別々に発生しますが、日本は世界で最も速く最終的なIPv4アドレス枯渇に遭遇する地域にいます。

日本を担当するNIRであるJPNICは、独自にIPアドレスの在庫を持たず、必要に応じてAPNICの在庫から割り振りを行っているため、APNICが持つIPv4アドレスの在庫が枯渇すれば、IPv4アドレスの割り振りができなくなります。そのため、日本国内に対するIPv4アドレス枯渇はAPNICのIPv4アドレス在庫枯渇とほぼ同時です。

日本が参加しているAPNICには中国とインドも参加していますが、中国はここ数年急激にインターネットユーザ数を増やしています。InternetWorldStatsで公開されている資料によると、2010年時点で中国のインターネット普及率は31.6%です。人数にすると推定4億2千万人ですが、これは世界のインターネット人口の約2割です。しかも、まだまだ凄い勢いで中国のインターネットユーザは拡大しています。

中国のインターネット普及率InternetWorldStatsより)
中国のインターネット普及率(Internetworldstatsより)

このような背景があり、中国やインド2010年時点のインターネット普及率は6.9%をはじめとするアジア太平洋地域は5つあるRIRのうち最もIPv4アドレス割り振りスピードが速くなっています。割り振りスピードが速いというのは、世界5つのRIRのうち、真っ先にIPv4アドレス在庫が切れるのが恐らくAPNICになります。このため、⁠アメリカを見習ってから何かをする」という良くあるパターンが通用しない可能性があるので注意が必要です。

逆に、世界で最もIPv4アドレス枯渇到来が遅いのがアフリカのAfriNICになりそうです。今のpotaroo予測を見る限り、2014年か2015年頃にはAfriNICのIPv4アドレス在庫も枯渇しそうです。そのため、IPv4アドレス枯渇の緊急性が最も低いのもアフリカ地域なのかも知れません。また、アフリカ地域はそもそもインターネット普及率が低いので、IPv4を全く使わずに最初からIPv6をベースとしてインターネットを構築出来る可能性もあります。

IPv6への移行と「二つのインターネット」

IPv4アドレス枯渇への対策として挙げられるのがIPv6への移行です。IPv4とIPv6には互換性はないので、IPv4を使っている世界中のユーザにIPv6へと移ってもらうというものです。ただ、今のインターネットはIPv4であり、ほとんどのユーザがIPv4を使っているため、IPv6への移行は非常に長い期間(たとえば10年以上?20年以上?)をかけて行われるものと思われます。

その間は、同じIPv4アドレスを複数人で使いながら密度がどんどん上昇するIPv4が継続して利用される一方で、IPv6も利用されるという「IPv4とIPv6によるデュアルスタック環境」になります。IPv4とIPv6には互換性がないので「二つのインターネット」が存在している状態です。

インターネットをレイヤー分けして考えると、これまでのIPv4だけのインターネットは以下のように表現できます。IPを表す第3層(ネットワーク層)だけプロトコルが単一で、それ以外は全て複数のプロトコルが存在しています。IPの部分だけが単一になった砂時計のような形です。

画像

このように、⁠IP部分はIPv4だけ」という前提で設計されているソフトウェアや環境は世界中に溢れています。IPv4考案当初はコンピュータも今よりも遥かに非力で、32ビットが表す空間は当時としては無限のような大きさであったのだろうと思います。

しかし、インターネットが普及し、一人で何個ものIPアドレスを利用するような使い方が当たり前になったのでIPv4のアドレスが足りなくなってしまいました。そこでIPアドレス空間が大きいIPv6への移行が提案され、今までは単一であることが前提であった「IP」が1つから2つへと変わろうとしているのが、IPv4アドレス枯渇とIPv6への移行です。

そして、砂時計は以下のような形に変化します。

画像

現時点で、もうすでにIPv6のインターネットは存在しています。日本国内ではさまざまな事情により、まだIPv6サービスを開始できていない事業者が多いのですが、今後IPv6対応は増えて行きます。一般のインターネット利用者も、サーバやネットワークの管理者も、通信が関連するプログラムを書くプログラマも、⁠1つが前提」であったIP層が「2つ存在しているデュアルスタック環境」になることを意識しなければならない場面が増えそうです。

今後、一般家庭での論理的な接続形態は以下のようになります。各家庭では、ISPを通じてインターネットへと接続するための機器であるCPE(Consumer Premise Equipment、モデムやSOHOルータなどの機器の総称)を通じてIPv4とIPv6の両方のインターネットへと接続するようになるでしょう。

画像

上記図では、CPEを通じて二つのインターネットへと接続していますが、これは論理的な概念図であり、実際の物理的な接続としては、ユーザ機器とCPE間は一つの物理回線(無線や有線などでの接続は1つでCPEと繋がっている状態)となります。

このように、一般家庭への配線だけを考えれば、結局は1つの回線の中にIPv4とIPv6の両方のパケットが流れるだけであり、物理的には全く同じ通信路やトポロジになる部分も多いです。また、ネットワークの向こう側に存在するWebサーバなどの各種サーバは、IPv4とIPv6両方で接続できるように設定されると思われるので、全く異なる2つのインターネットができるというよりは、⁠実体は同じもしくは非常に近い要素が混在している2つのインターネット」という形になるのではないでしょうか。

ということで、⁠2つに分離する」というのは、ちょっと言い過ぎな部分もありますが、要として1つだったものが2つに増えるというインパクトは小さくはありません。今までは、インターネットを構成しているIPは一種類であることを前提としていたものはいろいろあるので、それが2つに増えるというのはいろいろとややこしい話があります。

IPv6への移行と、IPv4アドレス枯渇対策は似て非なる物

IPv4アドレス枯渇というコンテキストでよく語られているIPv6ですが、IPv4アドレス枯渇対策とIPv6への移行は、狭義では全く別の話であるというのが最近の私の主張です。

多少ややこしい話なのですが、広義ではIPv6への移行はIPv4アドレス枯渇対策です。しかし、狭義ではIPv4アドレス枯渇対策は、IPv4上で行わなければいけません。

これは、現時点のインターネットはIPv4で動いておりユーザもIPv4を使っているためです。現時点で急いでIPv6への移行をしても、ほとんどのIPv4ユーザは使ってくれません。今のインターネットを利用している今のユーザと、インターネットを使って通信を行うには、少なくともユーザ側はIPv4で行われる通信を使う必要があります。

IPv4アドレスが枯渇するということは、IPv4アドレスをこれ以上新たに割り当てられなくなるということであり、それでも規模を拡大したい場合には今あるIPv4アドレスをどうやって使い回すかという話になってきます。そして、今あるIPv4アドレスを使い回すために、一部のIPv4アドレスの利用を圧縮して他にまわすようなことが要求されるようになります。このようなことを考えたり準備をするのが、IPv4アドレス枯渇対策です。

一方で、IPv6への移行というのは、IPv4との互換性がないIPv6を多くのユーザに使ってもらうようにしていく活動です。これ以上IPアドレススペースを拡大出来ないIPv4ではなく、IPアドレススペースが巨大なIPv6へと引っ越してもらうことです。みんながIPv4の世界に居て、IPv6の世界に居ない状態で、自分だけIPv6へと引っ越してもあまり意味がありません。

⁠IPv4アドレスが枯渇したから対策としてIPv6へと移行を急ぐべきだ!」というのは、マクロな視点で見た場合は、確かに解決策です。インターネット全体や、国としてという視点で見た時には、IPv6への移行が「解決策」と言えそうです。

しかし、IPv4アドレス枯渇が実際にトリガーされた後に、痛みを伴う個々の事業者やユーザを主体として見た時には、IPv4アドレス枯渇対策というのは「限られたIPv4の世界でどうやって規模拡大を実現するか?」という話になります。

恐らくジワジワと進むIPv6への移行

⁠IPv6はユーザメリットがあるわけではないから普及しない」という意見を散見しますが、現時点におけるIPv6への流れは、ある意味ユーザニーズとは直接関係ないところで進行しています。⁠メリットがあるからIPv6へと移行する」というよりも、⁠IPv4アドレスが枯渇してしまうのでインターネットインフラ事業者は移行せざるを得ない」という状況に近そうです。

インフラ側が提供するサービスを調整することで、時間をかけてユーザを誘導可能であることは携帯電話(たとえばmovaからFOMAへの移行など)などを見ていれば何となく想像可能かもしれません。

IPv6も同様で、インターネットインフラ業界では既に世界レベルでIPv6化が進んでいます。インターネットインフラ側としてIPv6へと移行しなければならない明確な理由があり、恐らくユーザもIPv6へと自動的に移行へと誘導されていくのだろうと推測しています。

インターネットインフラ側がIPv6を推進しなければならない理由の1つとして、IPv4の運用コストがIPv4アドレス枯渇ととともに今後増大する可能性が挙げられます。まず、IPv4アドレスが枯渇したときに、IPv4を使い続けるために必要になりそうなのが大規模NATであるLSN(Large Scale NAT、別名CGN/Carrier Grade NAT、さらに別名Multi-User NAT)です。このLSNは、通常の家庭用NAT機器とは異なり、さまざまな機能や規模性が求められるため、現時点では、高価になるだろうと言われています。

LSN環境では家庭用NATとあわせて2段NATになる環境も登場します
LSN環境では家庭用NATとあわせて2段NATになる環境も登場します

そして、ISPが全ユーザに対してLSNによるサービスを提供するには、それなりの台数が必要となります。 ISPとしては、高価な機器を大量に購入しなければならないのは大きな負担なので、購入台数を最小限に留めつつ、LSN購入時期を可能な限り後ろにずらしたくなるのだろうと思います。

一方、現在販売されているネットワーク構築用のルータ(家庭用SOHOルータを除く)やスイッチの多くはすでにIPv6対応されているため、IPv6ネットワークは複雑な機器を購入しなくても可能です。そのため、IPv4アドレスが枯渇後には、IPv6ネットワークを構築するほうがIPv4ネットワークを構築するよりも安価になる可能性が高くなります。

時間の経過とともに、機器の値段だけではなく管理コストの面でもIPv4のほうが高くなっていくことが予想されます。上限が限られたIPv4アドレス空間により多くのユーザを詰め込むような運用をすることが求められ、ネットワークが複雑化するためです。

その他、IPv4アドレスが枯渇して、IPv4アドレスそのものが「貴重な資源」となってしまうことによって「価値」が産まれてしまうことによる「コスト増大」も予想されます。

IPv4アドレス移転と「IPv4アドレス売買」「IPv4アドレス市場」

IPv4アドレスが貴重な資源になると価値が発生し、組織間でIPv4アドレスの「売買」が行われるだろうと言われています。しかし、IPv4アドレス枯渇が間近に迫るまでは、IPv4アドレスを組織間で移転することは認められていませんでした。

とはいえ、IPv4アドレスが枯渇した後に、余っているIPv4アドレスを組織間で移転できる仕組みがなければ、IPv4アドレスがどうしても必要な組織は闇取り引きへと走らざるを得なくなってしまいます。

IPv4アドレスの闇取り引きが活発になってしまうと、誰が実際にそのIPv4アドレスを管理しているのかがわからなくなるという問題があります。現在のインターネットでは、⁠誰がどのIPアドレスブロックを持っているか」という点が管理されており、何か問題が発生したときに、管理者がIPアドレスから問題発生組織を知って連絡ができる体制が整えてあります。IPv4アドレスを統括的に管理している組織を通さずに、自由なIPv4アドレス取引やIPv4アドレスの闇取り引きが横行すると、各IPv4アドレスを実際に利用している組織が把握できない状態が多発するため、微妙なバランスで成り立っているインターネットを根底から変えてしまう恐れすらあります。

そのため、全てを禁止するのではなく、手続きを経てIPv4アドレスを移転する仕組みが用意されました。日本が参加しているAPNICでは、2010年にIPv4アドレス移転が実装され、組織間でIPv4アドレスを移転できるようになりました。

しかし、ここで重要なのは良く言われている「IPv4アドレス市場」「IPv4アドレス売買」と、実際に仕組みが存在している「IPv4アドレス移転」はニュアンスが違うという点です。IPv4アドレス移転は移転するためのものであり、自由市場というわけではありません。

また、IPv4アドレスを新規に受け取る団体に対する審査は、従来の新規割り当て同様に存在するため、IPv4アドレス移転の仕組みがあるからといって、IPv4アドレス自由市場が登場するわけではありません。そのため、投資目的でのIPv4アドレス取得のような事は困難であると推測されます。

さらに、IPv4アドレス市場が確立したとしても、IPv4アドレスの供給は簡単に増やせるものではありません。 IPv4アドレス枯渇後も世界的に増加し続けるIPアドレス需要に対して、使い続ける事が前提のIPv4アドレス供給は減少していく事が予想できます。IPv4アドレスは「使い続ける」ことが重要なので、最初のうちは各種組織が利用していないIPv4アドレスが「市場」に登場する可能性がありますが、一度売られたIPv4アドレスが再度流通する可能性は低いと思われます。そのため、時間が経過すればするほど供給が減少し、IPv4アドレスの価格は高騰していく可能性があります。

IPv4アドレスが高騰すれば、売る事に対して前向きになる組織が登場する可能性もありますが、IPv4アドレスを売るというのは自分のネットワーク規模を縮小するという意味でもあります。どの組織も一定以上は身を削る事はできないので、価格が上昇したからといって供給が永遠に増加し続けるというものではなさそうな気がしています。

IPv4アドレス移転と経路爆発問題

IPv4アドレス移転が頻繁に行われるようになると、IPv4アドレスを譲渡する側の組織は自分保持しているIPv4アドレスブロックから、自分が使っていない部分を切り出して渡します。そうすると、今まで一つだった経路が複数に分割されてしまいます。たとえば、大きなアドレスブロックを持つ組織が「IPv4アドレス売買」を行って収入を得るために、IPv4アドレスを細切れにして多数の組織に売り渡すと、それだけ大量の経路がインターネット上に溢れることになります。

さらに、IPv4アドレスの「売買」が活発に行われ、注文が発生する度に細切れにしたIPv4アドレスが販売され、同じ組織が連続しない細切れのIPv4アドレスを利用するという事例も発生する可能性があります。

このようなことが、世界各地で活発に行われてしまうと、今までにない勢いでインターネット上で経路数が増加してしまいます。インターネット上の経路数が増加してしまうと、処理性能が低い(メモリが少ない)古いルータが処理しきれなり、一部の経路への到達性を失うネットワークが登場する可能性があります。このため、IPv4アドレスの過度に自由な売買は結果としてインターネットを不安定にしてしまうかも知れないと言われています。

IPv4アドレス移転の効果の試算

IPv4アドレス移転が、IPv4アドレスの新規割り当てが不可能になる時期を遅らせるための延命策としてどれぐらいの効果があるのかという試算が、2009年12月に発表されていました。JPNICによる試算では、現時点での移転の仕組みを活用して、日本国内でIPv4を延命できる期間は「0.9年」だそうです(参考:IPアドレス移転制度に関する状況:社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター⁠。

そこでは、非常にざっくりとした試算から0.9年分という移転可能アドレス数を推測しています。その根拠は以下のようになっています。非常にざっくりです。

  • 旧クラスAで配布済みなものがAPNIC内で38個あり、そのうち経路表にのっているものが20個である
  • 38個のうち、18個は経路表にのっておらず、グローバルに使われていない
  • グローバルに使われていないIPv4アドレスのうち半分が移転に利用可能で市場に流通と仮定すると、9個のクラスA分アドレスが移転に利用されることになる
  • この9個というのは、APNICの年間需要の0.9年分である(ただし2009年当時)

いろいろ非常にざっくりではありますが、⁠2009年時点で経路にのっていないもの」という視点で考えると、IPv4アドレス移転で稼げる時間はそう長くはなさそうです。

なお、現時点でIPv4アドレス移転が行えるのは同一RIR内の組織同士に限定されている点です。 最も多くのIPv4アドレスが割り振られている国はアメリカですが、日本とアメリカではRIRが異なるため、RIRを越えたIPv4アドレス移転はできません(ただし、RIRを越えるIPv4アドレス移転に関する提案や議論は行われています)。

とはいえ日本国内での影響は限定的

とはいえ、個人的には、日本国内においてはIPv4アドレス枯渇による一般ユーザへの影響は限定的になるのではないかと予想しています。

IPv4アドレス枯渇問題は、インターネットが拡大するのが困難になるという問題であるため、⁠成長」が大きな要素です。既にある程度の成長を達成し、ユーザ増加による急激な成長フェーズを過ぎてしまった日本での影響は、いままさに拡大を続ける国よりは軽いものと思われます。

総務省による平成21年「通信利用動向調査」の結果を見ると、企業におけるインターネット利用率は99%、個人普及率は平成21年末で78.0%で増加に関しても数年前から緩やかなものとなっています。回線もブロードバンド回線が76.8%(ただし複数回答可)です。

このため、今後、国内でインターネットユーザが急激に増えることに起因するIPv4アドレス需要の急激な増加が発生するわけではないと思われます。さらに、ISPではLSN導入が検討されているため、一般家庭用のIPv4アドレス利用は圧縮される可能性が高いです。

極端な話、IPv4アドレスが枯渇したときに日本国内で苦労するのは、外部からのアクセスが必要になるようなサービスを行うために新規立ち上げを行いたいサービス事業者などに限定されるのかも知れません。たとえば、データセンターのような事業を立ち上げたくてもIPv4アドレスが無いのでできないという可能性があります。また、IPv4による、P2P、VPNサービス、IP電話なども影響を受けるかも知れません(SkypeやWinnyやBittorrentなどは恐らくLSNの影響を受けるでしょう。そのような背景からBittorrentは早期にIPv6対応しています⁠⁠。

しかし、影響を受ける人が限定的だからこそ大きな問題もあります。日本国内の多くの一般ユーザにとってはIPv4アドレス枯渇は自分とは関係無い問題に映ってしまいがちです。そのため、ISPなどはIPv6のための大規模な追加投資を行いづらく、腰は重いけど危機が確実に近づいているのはわかっているのでツライという状況がここ数年続いていました。

日本でのIPv6対応状況

日本でも、徐々にIPv6対応サービスが開始しています。大手としてはYahoo!BBが昨年4月時点でIPv6サービスを開始しています。

その他にも、徐々に各ISPがIPv6の接続サービスを開始するものと思われます。今年の4月に開始されると言われているNTT-NGNでのIPv6サービスがひとつの転換点になりそうです(NTT-NGNでのIPv6マルチプレフィックス問題は話がややこしくなるので割愛。案2が4月開始で、案4が4月以降の開始であると言われています。⁠4月以降」がいつなのかは、今のところ私は知りません⁠⁠。

日本でのIPv6対応状況を知るには、IPv4アドレス枯渇対応タスクフォースが公開しているIPv6サービスリストを見るのがお勧めです。

「IPv6間に合わなかったね」について

⁠IPv6が間に合う」という表現をチラホラとネット上で見ますが、恐らくIPv6はどのような状況であっても「間に合う」という状態が発生しない「何か」なのだろうと思います。

もし、IPv4アドレスが枯渇するような状況になる前に世界全体がIPv6へと移行していたならば、IPv4利用者が激減する状況になるはずで、そのような状況下ではIPv4アドレスは枯渇しません。そのため、⁠間に合う」「間に合わない」かではなく、⁠IPv4って昔あったよね」と言う人が居るぐらいになりそうです。

さらにいうと、IPv4アドレスが枯渇する前にIPv6が普及していれば、⁠IPv4アドレスは枯渇しないじゃん!IPv6って本当に必要だったの!?」という意見が多く出る事だろうと思います。

一方で、IPv4アドレスが枯渇して、本当に困った状況になってから、さまざまな事業者が渋々IPv6へと移行するような状況では、⁠IPv6は間に合わなかった」と言えそうです。

要は、問題発生前に何かを解決してしまうと、それに対して批判的な意見が増えるだろうし、問題発生してからではないと人々は動かないという事例の一つかも知れません。現時点での状況を見る限り、IPv6は必要なものだろうと私は思いますが、それが本当に望まれているかというと必ずしもそうではなさそうだという微妙な感想を持ってます。IPv4アドレスが枯渇せずIPv6への移行を行わずに済むのであれば、多くの人々はIPv6への移行という複雑で面倒なことは避けたいのだろうと思います。

「焼け石に水」な非難

IPv4アドレス枯渇の話題になると、現時点でIPv4アドレスを保持している組織に対して「持ってるんだから返せ」という意見がネット上で多数出ています。しかし、たとえ複数の企業が持っているIPv4アドレスを返却したとしても、それは焼け石に水でしかなく、実はあまり建設的ではありません。

IPv4アドレスの1/256の大きさである/8ブロックは約1ヵ月で割り当てが行われるほど、今のインターネットは成長しています。その1/256である/16ブロックは、ざっくりと計算すると成長を続ける世界のインターネットの3時間分の需要しか満たせません。

たとえば、/16ブロックを返却するために何ヵ月(場合によっては年単位)も組織内ネットワーク構成変更の準備をして返却したとしても、一瞬で割り当てが行われて終わってしまいます。しかも、IPv4アドレス枯渇に関連するニュースが去年から増えていることもあり、割り振りスピードは加速しています。

そのため、今すでにIPv4アドレスを持っている組織から返却があったとしても、砂漠にバケツ一杯の水を撒くような状態になってしまいそうです。

最後に

IPv4アドレスが枯渇が現実のものとなりましたが、今後何が起きるのかに関しては、誰もはっきりとしたことはわかりません。今まである程度自由に拡大し続けることが出来たインターネットですが、今後も拡大を続けるためには様々な工夫が必要とされると同時に、その他の要素による影響を受けながら「新しいインターネット」がこれから構築されていくものと思われます。

過去に書いたIPv4アドレス枯渇/IPv6関連記事

おすすめ記事

記事・ニュース一覧