IPv6対応への道しるべ

第7回さくらインターネットに聞くIPv4アドレス移転の実際”

昨年IPv4アドレス在庫が枯渇したため、新規IPv4アドレスブロックを確保するための手段として「IPv4アドレス移転」が注目されつつあります。

前回は、IPv4アドレス返却の現状やIPv4アドレス移転についての話題でしたが、第7回はIPv4アドレス移転に伴って金銭的な対価が発生する、通称「IPv4アドレス売買」の実際です。

日本で行われたIPv4アドレス移転はJPNICのWebサイトで公開されていますが、それを見ると、日本で最もIPv4アドレス移転を行っている企業は、さくらインターネットであると推測可能です。同社は、IPv4アドレス移転に関する発表をJANOGなどのイベントで行っており、⁠IPv4アドレス移転の仕組みを積極的に活用している企業」としても知られています。

今回は、さくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏、さくらインターネット研究所上級研究員の大久保修一氏にIPv4アドレス移転の実際を伺ってきました。

お話を伺った、さくらインターネット代表取締役社長 田中邦裕氏(右)と、さくらインターネット研究所上級研究員 大久保修一氏(左)
お話を伺った、さくらインターネット代表取締役社長 田中邦裕氏(右)と、さくらインターネット研究所上級研究員 大久保修一氏(左)

アドレス移転が必要な理由

─⁠─IPv4アドレス移転はどれだけ大事な話ですか?

田中:移転がないとIPv4アドレスが確保できなくなり、新規サービスの提供ができなくなりますので、必須となります。

大久保:移転以外にもIPv4アドレスを確保する手段はありますが、どれも限定的です。たとえば、既存のネットワークから回収するにしても、ほとんど回収できません。また、外部から取得する方法として、既存ISPなどと契約する方法もありますが、ネットワーク構成に制限が発生するなど、現実的ではありません。今のところ、現実的にIPv4アドレスを確保可能な手法としてはIPv4アドレス移転しかありません。

─⁠─既存のネットワークからのIPv4アドレス回収とは具体的にはどういった手法ですか?

大久保:解約されたお客様が利用されていたIPv4アドレスを再利用する方法です。こちらは従来から行っていました。それに加えて、たとえば、専用サーバ等でお客様が解約され、歯抜けになったIPアドレスがあります。

セグメント全体のサーバのIPv4アドレスを変更してブロックを切り詰めることができれば、今よりももう少し確保できるのですが、それでも今の消費ペースで言えば1年分になるかならないか程度です。また、リナンバリングにはお客様との調整が必要ですし、サーバの設定変更などの作業量も多いので、現実的ではないというのが現在の認識です。

田中:実際に切り詰めて絞り出しても、連続したアドレスで得られる最大のものが、クラスCが1個分ですよ。後は、/28などの細かいアドレスブロックが確保できるぐらいです。

─⁠─IPv4アドレス移転をしてくれる相手を見つける方法を教えてください。
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田中:大きく3つあります。1つは先方からご連絡いただいた場合です。

「このIPアドレスどうですかね?」という感じでお話をいただくことはあります。その場合は話が比較的早期にまとまります。

─⁠─そういった方々はどうやってコンタクトを取ってくる事が多いのですか?

田中:弊社営業に「IPアドレス余ってるんだけどどう?」という感じで声をかけていただくことはあります。気さくな感じでお話をいただくことが多いです。ただ、そういうのはあまり多くはありません。

2つ目の方法は、ルーティングテーブルには載っていないけど、JPNICのwhoisには載っているようなIPv4アドレスを見つけてコンタクトをするという方法です。

3つ目の方法が、ルーティングテーブルに載っていてもコンタクトしてみて、状況を聞くというローラー作戦です。ルーティングテーブルには載っているけど使ってなさそうなところもありますので。本当に1件1件コンタクトして、状況を伺ったうえで交渉を続けるかどうかを判断します。

IPアドレス移転にかかる税金は?

─⁠─IPv4アドレス移転に伴う税金に関して教えてください。

田中:端的に申しますと、IPv4アドレス移転そのものには税金はかかりません。損金にできないということです。要は経費にできません。

会社は交通費やパソコンを購入した費用など、さまざまなものを売り上げから差し引いた金額から納税します。所得というのは売り上げではなく利益じゃないですか。

たとえば、パソコンを100万円分購入しても、それをすぐに経費にはできず、毎年20万円ずつ減価償却するというふうに処理しますが、IPv4アドレスも同様で、たとえば、1,000万円でIPv4アドレスを購入してそれをすぐに経費にできるかというと、それはできないということです。それは実際に使ってから経費にしなさいよ、ということになっています。

─⁠─その「使ってから」とはどういったタイミングですか?「IPv4アドレスを使う」とはどのような瞬間ですか?

田中:お客様に割り当てた時点で、つまり、お客様が使えるようになった時点です。

─⁠─それはIPv4アドレスブロックの何分の一というようなカウントになるのですか?
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大久保:1個単位でカウントしています。ハウジングですと、お客様にブロック単位で割り当てるので、お客様が実際にサーバにIPv4アドレスを設定しているかどうかではなく、弊社がそのIPv4アドレスブロックをルーティングして、お客様が使える状態になった時点で「使った」と定義していますので、非常にわかりやすいです。

専用サーバやVPS、クラウドなど、共有セグメントで複数のお客様が1つのIPv4アドレスブロックを利用している場合には、接続されたサーバ単位で1個1個カウントしているというのが現状です。

─⁠─JPNICへ支払うお金はIPv4アドレスブロックの大きさで変わりますが、その料金と減価償却の金額に何らかのリンクはありますか?

田中:当初は、その料金で処理も考えたのですが、それはできませんでした。監査法人との話し合いのなかで、それはそぐわないというお話をいただきました。

JPNICの料金ではなく、IPv4アドレスを購入したときの金額で考えます。たとえば、1,000万円で2万個買ったとしたら1 IPv4アドレスが500円ですけれども、わかりやすくするために1 IPv4アドレス100円で考えると、たとえばハウジングで16個まとめて割り当てた場合には、1,600円が経費になります。共用セグメントでは、1 IPv4アドレスごとに100円の経費になるということです。

JPNICへ支払う料金自体は、IPv4アドレスの購入とは別の話なので毎年経費になります。

─⁠─その手法で大丈夫であるかはどこに確認されましたか?

田中:国税庁に確認しました。事前に確認しておくと、あとで修正申告を要求されない制度があります。ですので、最初に協議して税務署がOKと言ったのであれば、大丈夫ということになります。それを事前に行いました。

─⁠─ということは、IPv4アドレス売買という概念を、国税庁はすでに認識しているということですか? それは元々国税庁が知っていたのでしょうか? それとも、今回初だったのでしょうか?

田中:今回我々が確認したときに初めて知られたようです。ただ、これはIPv4アドレスに限った制度というより、今までの制度と一緒で、在庫ではなく棚卸資産です。なので、メモリを1万個購入して使った分だけ経費にしていくのと一緒で、1万個を1億円で購入したからといって1億円をすぐに経費にできないのと一緒です。

なので、IPv4アドレスだからといって特別な扱いをしているわけではありません。

IPv4アドレスは「生産終了品」と同じ

─⁠─既存のIPv4アドレスを保持しているだけで税金がかかる可能性があるという話もありましたが、それに関して教えてください。

田中:既存のIPv4アドレスが資産になる可能性があるという話も出ることがありますが、IPv4アドレスは資産にはなりません。少なくとも固定資産ではなく、固定資産税がかかるわけではありません。あくまでも棚卸資産であり、在庫ですね。流動資産なので固定資産ではありません。

現時点では、IPv4アドレスが固定資産になることは考えにくいです。それ自体を持っていることそのものが利益を生むわけではなく、メモリと同じようなものですので。

─⁠─今の状況は“メモリを売ってくれる工場が閉鎖してしまった”という感じですか?

田中:貴重になってしまったメモリをまわりからドンドンかき集めているという状況ですね。HDDが今はわかりやすいですね。HDDがなくなったので、今はいろいろなところからかき集めてきて、今までは1,000円で買えていたものが1万円になったら棚卸資産の評価が全く変わります。

IPv4アドレスに関しては、生産終了、いわゆるディスコンになった必要な商品と一緒ですね。

─⁠─多少話が変わってしまいますが、去年HDDで苦労されましたか?

田中:苦労しましたね。今でも苦労しています。4月ぐらいに正常化するとは思います。

─⁠─IPv4アドレスを購入した側は棚卸資産として扱うとのことですが、売った側の税金はどうなるのでしょうか?

田中:それは、わからないですね…。

大久保:そういう話って聞かないですよね。私も知りたいと思っています。

田中:税務上の話とは多少ずれますが、聞いた話によると、国立の大学などではIPv4アドレスが国のものなのか大学のものなのかという部分が明確ではないので、対価を受け取れるのが誰かというのも不明瞭だという話もあるようです。

大学の土地と同じような考え方で、IPv4アドレスも大学のものだと考えるのが自然ではあると思うのですが、そういうのを確認する先もないという状況はあるようです。白黒はっきりつけられないのがIPアドレスの難しいところですね。

求められる「IPv4アドレス移転を後押しする組織」

─⁠─この連載で前回、NECビッグローブの川村さん、JPNICの川端さんと奥谷さんにお話をうかがったときに「IPv4アドレス移転に関する雰囲気が変わった」という話になりましたが、実際にIPv4アドレス移転をされていてその雰囲気は感じていますか?

大久保:はい。最近ようやく業界の雰囲気が変わってきて、IPv4アドレス移転に対する後ろめたさが減っていと感じられます。そういった雰囲気がもう少し進んで欲しいと考えています。

IPv4アドレスの流動性が上昇する仕組みが整備されていけばいいなと思います。

田中:特に売る側が後ろめたくなくなって欲しいですね。あとは、後ろめたさではなく「面倒臭さ」ですかね。

─⁠─その「面倒臭さ」に対する解決策はあると思いますか?

田中:事例が増えれば、処理にも慣れていただけると思います。

─⁠─ただ、1度やったら終わりという組織が多いですよね? 2度、3度とIPv4アドレス移転を行える組織がありそうですか?

田中:そうですね。ただ、スポットで何千万円というお金が動く事があるので、メリットがあればそれを行う組織は出て来ると思います。

大久保:SIerさんと話していたのですが、大学のネットワーク巻き取り案件の話を聞きました。今でも、大学で各端末にグローバルIPv4アドレスが使われている場合がありますが、その部分をNAT化してプライベートIPv4アドレスを利用して、余ったグローバルIPv4アドレスをどうするかということがあるようです。

今年の4月から歴史的PIアドレスに対する課金が始まることもあり、その課金を逃れるために移転をするのが良いという話がチラホラ出ているそうです。IPv4アドレス移転は保持している全てのアドレスではなく、たとえば、/16のうちの/17という一部の移転も可能なので、SIコストをIPアドレスの売却で賄えないかという話になっているようです。

田中:むしろ、SIerさんがそういった話をもちかけることもあるんじゃないかと思います。実際に俄然動いているSIerさんもいらっしゃいましたので。

SIerさんがそのような大学のネットワーク巻き取り案件を受注できれば、SIerさんは売り上げができて、大学さんは最新のネットワーク機器に入れ替わり、うちもIPv4アドレスが購入できるという、三方良しになりますよね。

その際、一番ネックになったのが、現場のかたがあまり詳しくなかったことです。SIerさんもIPv4アドレスに価値があると認識されている方が少なかったです。

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─⁠─ありがとうございます。最後に一言お願いします。

田中:IPv4アドレス譲渡が今後は広がるだろうと思います。それによって、必要なところにIPv4アドレスが渡ることによってインターネットの発展が支えられると考えています。

ノウハウを共有しながら、流動性を高めて行くのがコミュニティのために重要ではないかと考えています。

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