Webクリエイティブ職の学び場研究

第9回 NHN Japan執行役員/CTO 池邉智洋氏に訊く(前編)―「放置」と「無茶ぶり」の裏に隠されたNHN Japan流の学習環境

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いわゆる「研修」はほとんどない,現場が忙しいと「放置」も多い

さて,大まかにどんな人たちがどんな職場環境で働いているのか見えてきたところで,本題の人材育成の話に入りましょう。冒頭で触れたとおり,全社的なビジネスマナー講習など除けば,研修らしい研修はほとんどやっていないそう。新卒もアルバイトからそのまま移行する形で,年に1~2人入ってくるという感じなので,開発のお作法のようなものもアルバイトの時期に現場で教えてしまっているのだとか。

とはいえ,習得した技術の陳腐化も早いし,時流にあわせて新しく覚えていかなきゃいけないことも多い業界。また手がけるプロジェクトも徐々に大規模化・複雑化していけば,おのずと求められる仕事能力も高度化していく。こうした中で,皆さんどのように成長を遂げていっているのでしょうか。

池邉さん「現場が忙しかったりすると,最初は放置されていることも多いんです……(笑⁠⁠。ただソースコードはアルバイトであっても割と自由にアクセスできますし,意外と皆見ているなと思いますね。

あとは,IRCをよく使っていて,先輩社員が何をやって何を考えて何を議論しているかっていうのを見られるんです。全部ログも残っているので,どういう企画のもとにこんな実装になっているのかっていうのを知ることができる。これは大事なことだと思っています⁠⁠。

「放置」の裏側に,めくるめく「観察学習」空間

一見すると「放置⁠⁠。しかしてその実態は,かなり魅力的な「観察学習」空間が広がっている。意識的に仕組みづくっているというよりは,自然発生的にそうした場が生まれ,大事にされているということかもしれません。いずれにしても,この環境下で学べることは非常に高濃度ではないでしょうか。

むやみに「アルバイトはここまで,正社員はここまで」といった閲覧権限を与えず自由にソースコードを見られるようにしているのもポイントですが,企画段階から一通りのプロセスをIRCで確認できる環境は,非常に充実した学習環境だと思いました。

同じソースコードを見ても,そこから何をどれだけ読み取れるかは熟達度によって異なります。どうしてAのやり方ではなく,Bのやり方を採用したのかといった問いを立てて,最終アウトプットから設計プロセスを逆読みし,その妥当性を検証したり,新たなノウハウとして吸収したりできるのは熟練の成せる技。知識や経験が少ないと引っかかりも少なく,同じソースコードを見ても読み取れる情報量が限定的になりやすいのです。

この部分を,うまくIRCが補完しているわけです。学習の観点でIRCが果たしているのは,言わば「熟達者の認知・思考プロセスの可視化」です。最終アウトプットに至るまでに,先輩社員が事実をどう捉え,何を問題視し,どう解決しようとしたか。それが可視化されていることで,ソースコードを見ているだけでは読み取れない熟達者ならではの認知・思考プロセスをたどり,一人でも学ぶことができるわけです。

また,どんなに優秀な先輩社員のアウトプットも,あらゆる案件に通用する最適解とはならないのがクリエイティブの仕事。一見同じように見えるA案件とB案件も,企画趣旨や予算・納期によって重視するポイントや対処法が異なり,最適なアウトプットも変わってくる。さまざまな案件で先輩社員がどう判断を変えていくのか,IRCを通じて多くのケースを観察できるのは,多様な状況に対応できる応用力を養う上でも魅力的です。

「放置」「無茶ぶり」の相乗効果

しかし,見れば学べる環境を完備したとしても,本人が見に来なければ意味がない。そのあたりは,最初から自主的に見にくるような人材を採用している,ということになるのでしょうか。

池邉さん「ライブドア時代から,つぶれない程度の無茶ぶりというかなんというか,ある程度時間に余裕のある案件であれば,ちょっと背伸びするくらいの無茶ぶりがされていてですね。仕事を振られると,なんとかしようといろいろ調べると思っていてですね…⁠⁠。

と苦笑しながらお話しされる池邉さん。それが奏功しているようで,これはまさに「放置」「無茶ぶり」の相乗効果ですね。放置された空間に置いて,今の自分の力量だけでは如何ともしがたい,ちょっと背伸び案件を無茶ぶる,しかしそこにはさりげなく先人のソースコードとIRCのログが見られるようになっている。なんて現代的な学習空間でしょうか。

いや,ふざけているわけではありません。⁠無茶ぶり」「挑戦機会」とも言い換えられるわけで,目の前の現実をどう受け取るかは本人次第。⁠無茶ぶり」されるって,自分ひとりだったら臆して手を出さない仕事領域に踏み込むチャンスを与えられているって受け取り方もできるんですよね。ものは言いよう,考えようです。

ちなみに,⁠本当にダメだった場合はIRCで先輩社員とかに訊いてくれれば,全然問題はないですし」ともおっしゃっていました。⁠本当にダメだった場合」に厳しさが,⁠全然問題はない」に寛容さが表れる絶妙の一言。また,IRCでは日々ものの進め方や実装方法について議論がなされているため,自分のアウトプットにもさまざまなフィードバックが得られ,日々手ほどきを受けていく過程で成長していくところも多分にあるのでしょう。

無茶ぶりできるマネージャーの意識改革も大事

ところで,無茶ぶりされるほうは受けるほかないとして,無茶ぶりするほうはどうなんでしょうか。マネージャーにもタイプがあるわけで,慎重派の方もいらっしゃるでしょうし,特にマネージャーになったばかりだと無茶な仕事を人に振るのは不安も大きいと思うのですが。

池邉さん「確かに最初の頃はみんな,人に任せるくらいだったら自分で……みたいになりがちですね,自分の経験上も。それはマネージャーとの面談とかで話します。一人で何かを倒してほしいと言っているわけではなくて,そのチームであなた一人ではできないことをやってほしい,それをマネージャーには期待しているんだと。

まぁ実際は,確実にできるような仕事から振っていく人もいますし,⁠なんかあったら自分がなんとかするからちょっとやってみて⁠みたいな振り方をする人もいますし,そこは人によりますね。ただ総じて,そんなに優しくはないというか……(笑⁠⁠,手取り足取りという感じはあんまりないかなぁと思います⁠⁠。

勉強会への登壇も推奨,人に説明するのも学習効果あり

こうしてたくましく育っていくNHN Japanの皆さんは,各所で行われるWebクリエイティブ職向けの勉強会などでもよく登壇されています。こうしたイベントへの参加は,会社としても推奨しているのでしょうか。

池邉さん「推奨は,していますね。まぁ,みんな勝手に行っているんですけど(笑⁠⁠。ただ,⁠人に説明する⁠ってすごく大事なことだと思っています。できるとか,知っているというより,人に説明するって一段高い知識が必要だと思いますし,割と発表するために調べて新たな発見があったりもするので。会社のことでも,発表したところで問題ない話が多いですし,それを整理して話すのは会社にとっても,またその人のキャリアにとっても意味があることだと思うので,割と推奨していますね⁠⁠。

まさしく。勉強会で話す内容をまとめていく過程では,自分自身の仕事の振り返りをして,他でも応用可能なノウハウに昇華していくことになります。その発表を起点に生まれる人のネットワークから,多様な意見交換ができるのも魅力ですね。

それにしても,池邉さんのお考えは実にインターネット的で,まさにインターネット企業のCTOだなぁという印象を持ちました。ネガティブなほうを基本にものを考えるのではなく,ポジティブなほうを基本にして,オープンに,かつフラットに物事の可能性を追求していくのが自然体。それで懸念されることがあれば,それにだけ例外的な対処をすればいいというスタンス。会社の利害だけでなく,個人のキャリアに立脚してお話しされているところも,印象に残りました。次回はさらに踏み込んで,中長期的な人材育成に迫ります。お楽しみに。

著者プロフィール

林真理子(はやしまりこ)

株式会社イマジカデジタルスケープ トレーニングディレクター。1996年より一貫してクリエイティブ職のキャリア支援事業に従事。デジタルハリウッドやエン・ジャパンを経て,2005年より現職。Webに関わる実務者を対象に,クライアントの社員研修や個人向け講座の企画コーディネート,カリキュラム設計,教材開発,講座運営,評価などのインストラクショナルデザインを手がける。日本キャリア開発協会認定CDA,日本MBTI 協会認定MBTI 認定 ユーザー。

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