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第5回コンテンツ規制はどうあるべきか?――モバイルコンテンツフォーラムに聞く

2007年12月、総務省が携帯電話通信事業者4社に対して、未成年に対するアクセスについて原則フィルタリングを設定するように要請した。これを受け、すべての事業者はフィルタリング強化の方針を相次いで発表している。同時に、コンテンツプロバイダや一般ユーザなどから反発の声もあがっている。今回は、昨年の総務省の通達が出された後いち早くこの問題に反応し、コンテンツのレーティング機関設立に動いた、モバイルコンテンツフォーラム(MCF)岸原孝昌氏に話を聞いてみた。

MCF 岸原孝昌氏
MCF 岸原孝昌氏

フィルタリング、レーティング、リテラシー―複数のアプローチが必要

まず、未成年へのフィルタリング強化について、その要請が出されたとき、MCFが問題視したのは、現状のフィルタリング機能は、単純すぎて現実的に機能しないという点だ。規制の必要性は理解するが、単純なカテゴリ分類やキーワードによって、政党のサイトや悩み事相談サイトまで遮断されてしまうフィルタリングでは、結局フィルタリングの必要性を感じているユーザにも設定されない危険性が高いというものだ。フィルタリングのポリシーは個人ごとに設定できることが望ましいとして、せめてユーザがカスタマイズできるものにすべきだとしている。それも、年齢ごとに段階的、柔軟な設定が可能なものだ。

岸原氏は、政府や業界以外の反応について、

「たとえは悪いかもしれないが、アフリカのジャングルに住む人に自動車の危険性のみを説明したら、そんなものを使わなければよいという判断しかできない。

と表現した。現実に都市で生活する人は、そんなことはいってられない。自動車を使うためのルールや使いこなすスキルが求められる。確かに、自分には必要ないかもしれないが、そうでない状況や社会を理解せず排除するだけというのは、あまり賢い行動とはいえないだろう。

自動車のたとえを用いるなら、それを安全に使うためには複数のアプローチが必要だ。正しい知識とスキル、自動車の安全装備、道路交通法他関連法だ。どれかひとつだけで安全を確保することはできないのは自明だ。ネット社会であれば、それぞれが、ユーザのリテラシー、フィルタリング機能やセキュリティ機能他、プロバイダ法や電気通信事業法などに相当するだろう。一般社会では、⁠道徳と規範」⁠アーキテクチャ」⁠ルールと法律」の3つが社会の維持、治安の維持に必要な要素といわれているものに通じる概念だ。

MCFでも、違法コンテンツや有害サイトと未成年ユーザの問題について、リテラシーの部分では、PTAや教育委員会とも情報交換を行ったりしている。なにより、未成年ユーザにも自分で情報を選別できるようなフィルタリングのしくみこそがユーザスキルの向上に重要だとしている。機能やアーキテクチャの部分では、フィルタリング問題のほか、冒頭で述べたコンテンツのレーティングを行う機関を正式に発足させている。法律部分は政府の領域だが、法的な規制に偏重しないように、ただ意見を述べるだけでなく、残りの2つの部分で具体的に活動しているというわけだ。

このレーティング機関だが、2007年12月から準備を始め、2008年4月8日に有限責任中間法人モバイルコンテンツ審査・運用監視機構⁠EMA:Contents Evaluation and Monitoring Association)を設立させた。設立趣旨はMCFの未成年者のフィルタリング問題に対する主張を受けたものになるが、とくにモバイルコンテンツのレーティング、審査や運用監視を行う機関であることが特徴だ。審査などを行う委員は、業界に利害関係を持たない学識経験者としている。詳細はEMAのホームページを見てほしいが、ひと言で言えば、広告を審査するJARO、映画の映倫、テレビのBPOなどの他業種と同様なレーティングや監視を行う第三者機関という位置付けにある。

EMAの組織図
EMAの組織図

「画一的フィルタリング」の無謀

再び岸原氏の言葉だが、

「インターネットは本来自由であるべきだが、いまや一般社会と同じレベルまできているので、すべてを利用者責任で済ませるわけにはいかない。業界でルールや規制を整理する。その上で必要な法整備を考えればよいのではないか。政府からモバイルやインターネットの規制が発せられたとき、海外の投資家はこぞって日本のネット市場はダメになると判断する。さらなる官製不況を作らないためにも、モバイルビジネスを活性化するためにもまず民間の動きを見てほしい。」

と述べている。

総務省も12月の要請のあと、4月に入ってから、未成年者のフィルタリングはブラックリスト方式が望ましいが、設定はユーザが任意に変更できる状態にするという追加要請を行っている。また、フィルタリング情報については、リスト作成やレーティングを行う第三者機関も活用せよとしている。まだまだ過渡期の混乱は続きそうだが、少なくとも画一的なフィルタリングは問題との認識は行政側も持っているということだ。政府(与党)がどう思っているかは微妙だが、関連のある「ネット上の有害情報」に関する規制では、有害情報の判断は第三者機関が行うという発言も出始めている。

それでも国による規制はけしからん、業界の自主規制も新たな差別や情報遮断を生むという意見もあるが、個人的には、完璧な規制やフィルタリング機能などしょせん不可能だと思うので、現実的な落としどころを探る必要があるとも思う。完璧でなければすべてNGでは議論にもならない。客観的に評価できる事象でも、万人にとって正しい結論を導くこと(それ自体が主観的なので)はまず無理といっていいだろう。

そもそも、未成年に対して一定の権利制限を行うことがそれほど深刻な問題だろうか。主体性とローカルルールを認めつつ段階的に制限を調整していくのが普通だろう。だとしたら、MCFの主張や総務省の一連の要請は、絶望的な隔たりというほどではない。事実、岸原氏によればPTA関係者との会合などで、自分たちの考えを否定する人はいないという。問題は規制の運用をどこまで法律で規定するか、だ。

総務省の要請は、フィルタリングの解除や設定変更は親権者の同意が必要としており、これが適正かどうか意見の分かれるところだが、セーフティネットを考えるならやむをえない部分もある。レーティングの第三者機関にしても、特定の団体を前提としたものではなく、それが複数存在してもかまわないとしている。実際、EMAと同様な別の監視組織も設立されている。通信キャリアやプロバイダ、コンテンツ制作者としては、どのようなフィルタリング機能を実装するか、どの団体の審査やレーティングを受けるかが、商品安全の差別化要素となる可能性もあるということだ。こうなれば、選択肢の多様化、競争原理という点では好ましい状態のはずだ。個人的には、いいフィルタリング機能なら無償でなくてもよいと思っている。無償だけど使えないものになったり国に管理されてしまうなら、ビジネスの原理で動いてほしいからだ。フィルタリングは業界を衰退させるかもしれないが、新しいビジネスチャンスにすることも不可能ではないと思う。

「規制か反対か」よりもセーフティネットを

新しい技術やメディアが登場すると新しいルールも生まれる。このルールは、規則や規制を強化する方向だけではない。あらゆる新しい手順、文化などといった広い意味での「ルール」だ。電子メールは、ビジネスレターのスタンダードを変えつつある。携帯電話は「待ち合わせ」という行為を変えているかもしれない。マクロ的な部分では原子力技術は世界のパワーバランスを変えているし、遺伝子工学や生殖医療は、人間の生死や家族という概念を変えようとしている。

技術そのものは、人権とか正義とか悪とかいった概念には実はなじまない。そのメディアや技術が良いとか悪いとかいった議論は本質的に意味はない。それを規定するのは社会でしかない。社会では一部の暴走を防ぐためにセーフティネット(三権分立とか選挙制度とか)が必要だ。技術やメディアも同様だと思う。規制というと生理的に拒絶反応を示す人もいるが、そうさせないための自治や自律であるはずだ。規制にただ反対するだけでは手段が目的化する愚にも陥りやすい。

岸原氏は、こうも言っていた。

「官僚主義は肯定しないが、官僚の縦割りや縄張り意識、族議員などは、結果的にセーフティネットの機能を果たしていた面もある。とんでもない法律はできにくい構造ともいえる。その意味で議員立法には注意が必要だ。官僚、審議会、委員といったレイヤでのチェックが入らず法律ができてしまう。」

これは、副作用としてセーフティネットの機能があったということで、あるべき姿ではないが、法律による規制はそれだけ危険であり慎重を要するということだ。日本の法律は、違法行為を明確に規定して処罰する傾向が強い。よく、取り締まる法律がないから処罰できない、という状況があるが、そういうことだ。これは、政府や警察が恣意的に法律を解釈するような暴走や統制を防ぐ効果がある反面、不正や脱法行為に対処療法的な規制を生みやすい面もある。

フィルタリングの問題もまさにこの状態といえる。総論でなんらかの規制は必要だからといって、安易に法制化するよりも運用面やアーキテクチャをまず工夫する必要がある。フィルタリング、レーティング、教育、自主規制など、多角的なアプローチが重要だ。そして、もっとも重要なのは、それらを子供たちやわれわれがどのように適用するかだ。この場合、画一的な適用がよいとは誰も思わないだろう。それぞれのポリシーや事情にあわせた修正主義的な適用ができなければならない。

そのためには、それぞれの思惑はどうあろうとも、いろいろな立場からのフィルタリングポリシー、レーティング情報、教育方針が存在すべきなのだ。

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