UI/UX 未来志向―進化の方向を予測し、今必要なことを知る

第7回行為を主体としたデザイン

本コラムはUI/UXというフレームでさまざまな事例や考え方を紹介してきました。今回はインタラクションデザインについて触れていきます。

インタラクションデザインはUI/UXと並んで非常に重要で、UX以上に歴史のある言葉ですが、UXと比較するとあまりその重要性を問う声は聞こえてきません。しかし、インタラクションデザインはUXを作るためにも極めて重要な考え方です。

今回は、インタラクションデザインがUIやUXとどう関係してくるかをいくつかの事例を見ながら考えていきます。

「できる」の主語はどこにあるのか

さまざまな製品、ソフトウェア、サービスが世の中にあり、それぞれが持つ機能によって問題が解決できるようになっています。しかしながら、その「できる」の主語が製品であって、人間でない場合があります。⁠できる」の主語が製品である場合、使いにくいものであったり、良い体験に至らない場合があります。

たとえば6年ほど前に、⁠パノラマ写真が作れる」と表記されていたデジタルカメラを購入したことがあります。おもしろそうな機能だと思いましたが、実際にそのパノラマを作るためには、PCに写真を転送したあとに専用のパノラマ合成ソフトウェアを利用しなければいけませんでした。結果的に、私はその機能をほぼ使うことはありませんでした。

一方で、今日のパノラマ撮影機能はどうでしょうか。コンパクトデジタルカメラやスマートフォンの多くに、カメラを横に動かすことで、カメラ自体で画像合成を行いパノラマ写真が作れる機能があります。私はこの機能を、広大な風景やイベント会場でたくさんの人がいる雰囲気を撮影したいときによく使います。

この2つは「パノラマ写真が作れる機能」という視点からはまったく同じです。ですが、体験は雲泥の差です。前者ではわざわざパノラマ写真を作ろうと思わないかもしれません。つまり、前者の「作れる」⁠できる)の主語は製品なのです。

重要なことは、人は「できる」からといって「やる」に至るとは限らない、ということです。ここを注意して設計を考えないと、その機能はまったく意味がないものになってしまうのです。最近のデジタルカメラのような「ただ横に動かすだけ」というようなインタラクションの設計にして、はじめて人は「やる」⁠やれる」に至り、機能が意味を成すのです。

つまり、技術的、機能的に「できる」ということは、人が「できる」のとは大きく異なるのです。体験を作るのは後者です。

行為が体験を作る

別の見方をすれば、体験というのは行為なのです。⁠する」という行為に落とし込むことが、体験の基礎を作ります。ですから、⁠できる」の主語をまず「人」にし、そのうえで「する」という「動詞」で発想することが、体験を作るための製品やサービスの設計方法となるでしょう。これは前回「動詞から発想する」という点に通じるものです。

また、さまざまなおもしろいインタフェース技術が登場していますが、たとえばスマートフォンでもピンチ(つまむ)やフリック(すばやく動かす、弾く)という操作、動詞が新しい体験を生み出していますし、KinectやLeap Motionといったモーション検出技術のジェスチャも、動詞から体験を生み出していると言えるでしょう。

筆者は2010年にAirSketcher写真1という、風をデザインできる扇風機を開発しました。この扇風機は、送風のON/OFFと送風方向を、AirWandというマーカーの付いたリモコンを利用して直接指示することによって風をコントロールできる扇風機です。これは、風や涼むといったインタラクションを設計した結果のインタフェースです。つまりユーザは扇風機を操作したいわけではなく、風の効果に期待しているのです。そのため、扇風機を操作するインタフェースを設計するのではなく、風をいかにして操るか、あるいは涼むかという点を設計していることが特徴です。

写真1 AirSketcher
写真1 AirSketcher

インタラクションデザインとは

インタラクションデザインを私なりに表現すると、製品作りにおいて「できる」の主語を人間にし、⁠やりたい、やれるようにする」ことです。別の言い方をすると、インタラクションの設計とは、技術を人の行為に落とし、人の生活の中で技術を有機的に機能させることです。

UI設計では、人が「その機能へどうアクセスしやすくするか」という機能中心の発想がどことなくあります。しかし昨今重要視されているのは、機能が人にどう結び付いてくるか、Microsoftが提唱するNUINatural User Interfaceという発想です。KinectやLeap Motionはインタフェースですが、発想の根幹は人の知覚や行為を中心にインタラクション設計した結果です。

ただし、なかなか難しいのは、こういった設計についてエンジニアが詳しいとは限らないことです。エンジニアの主語は「人」よりもまず製品ですし、デザイナもどちらかと言えば、その製品の見た目なり、構造なりの設計が中心です。製品を中心にするのは前提として必要な話で、もの作りやサービス作りをする以上無視できない話です。しかしそのうえで、知覚や行為、主語と動詞を発想の中心に置かなければ、本当に良いUXの設計は難しいでしょう。どちらかと言えば、文化人類学や現象学などの分野に詳しく、かつ技術的にも詳しい人物がこれからは求められると思います。

行為が体験を作り、文化を作る

行為の設計がうまくできると、良い体験をもたらします。良い体験は、また使いたいと思わせ、行為が継続します。そして、行為の継続は文化を作ります。

文化とは何でしょうか。たとえば「ググる」という新しい動詞はまさに文化です。⁠○○でググってみたら?」なんていう会話が日常でよく使われます。このような新しい動詞が生まれ、行為に落とし込まれていることはまさに文化です。なぜ、ほかの検索エンジンもたくさんあるにもかかわらずGoogleだけが検索することを「ググる」と呼ばれるようになったのでしょうか。これは考察にすぎませんが、1つは検索の精度の良さであるでしょう。もう1つは、UI/UX的側面だと考えます。

Googleはほかの検索エンジンと異なり、トップページが検索窓1つでした。これが検索というキーワード入力→結果というシンプルな行為を作り出し、1つの動作・体験となります。ほかの検索サービスは、トップページは多様な情報で溢れ、どちらかと言えば滞在して利用してもらうサービスでした。しかしGoogleの場合は「検索→魅力的な結果」という非常にシンプルで、道具的なサービスを提供し続けました。これが、⁠検索する」という動詞を超えて「ググる」という新しい行為として呼ばれるようになった理由だと思います。

また、Webやアプリケーションではありませんが、かつてJ-PHONEがカメラ付き携帯を発売し「写メール」という、写真をメールで送る行為を一言で表現しました。それが「写メする」という動詞として今でも使われていることも、日常的な文化の一つと言えるでしょう。その他、⁠コピペ」というコピー&ペーストする行為もコンピュータならではのインタラクションであり、知識の引用や伝達を大幅に高める行為です。

「ググる」⁠写メする」⁠コピペ」いずれも短い手順で行え、高い価値をもたらします。これらの行為は従来の動詞では表現しづらいものです。一見ネットスラングにも思えるかもしれませんが、こういった動詞が生まれていることは技術の文化への到達の表れであります。

ただ、注意してほしいことは、動詞を作ればよいというマーケティングや広告発想ではないということです。あくまで技術から行為に落とし込むというところであって、キャッチコピー先行による過剰な表現は適切な体験をユーザに与えません。

おわりに

UIとUXはセットで説明されることが多いですが、その前にまずインタラクション設計が重要です。そのインタラクションを可能にするためのものがインタフェースで、そこで生じる現象が体験です。その体験が良ければ利用は継続し、⁠行動様式=文化」となります。

UXの重要性はさまざまなところで謳われていますが、UXの先には文化への到達があります。主語、動詞(行為)の設計を通じて技術を体験へ落とし込み、最終的にはサービスや製品が文化へ到達することを目指す、それがUI/UXデザイナの仕事なのです。

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