圏外からのWeb未来観測

第1回 頓智・CEO 井口尊仁

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フランスで評価されたのはオルタナティブであること

中島:ところで,海外での反応はどうですか。

井口:国ごとに特色があります。アメリカでは,まったく情報のない空っぽの入れ物を作っても意味がないじゃないか,という否定的な反応がある一方で,なんか凄い金のにおいがするね,みたいなところもあって,とにかくエコノミーの観点からリアリスティック,プラクティカル(現実的)に見ますね。それと対照的なのがフランスで,パリの元老院を会場としたイベントでプレゼンテーションさせてもらったのですが,かなり評判が良かったです。セカイカメラってCGMConsumer Generated Mediaだから,いろんな人がいろんなことを空間にレイヤのように書き込んでいくじゃないですか。そのときに何が重要かってオルタナティブ注4なんですよね。特に,オルタナティブが現実空間にどんどん紐づけられるっていうその発想は非常に高く評価したい,と言ってくださるんですよね。それは非常に本質を突いた発言で,オルタナティブを許容するアーキテクチャを褒めてくれる。

中島:アメリカは経済から,フランスは哲学からという違いはあるけど,どちらも我々が生きているこの社会と技術をつなげて考えるんですね。やっぱり,そこは日本と違うような気がします。

井口:我々が受賞したCrunchiesというのも,ノミネートされている企業がマイケル・アーリントン注5色なんですよね。まあそれは,どんなアワードでもそうかもしれないけど。同じ西海岸の中に,マイケル・アーリントンが何万人もいるわけではなくて,いろんなパースペクティブの人がひしめきあってるわけですよね。

中島:ブログを書いて反応を見たりしてて思うんですが,正解を性急に知りたがる人って多いような気がします。GoogleならGoogleをどう見るのが正解か,Appleをどう見るのが正解か,正解以外は読みたくない。

井口:それはよくわかります。アレント読めって言いたいですよね(笑)⁠

中島:政治哲学者のハンナ・アレント注6ですね。私はアレントの『人間の条件』注7はブログ論だと思ってます。難しい本なんだけど,そう読むと妙にスッキリ読めちゃいます。

井口:あーなるほどね。

中島:すべての人は対等で,相互作用の中でその人が誰であるかを明らかにするという,アレント独特の「活動(アクション)⁠という用語がありますが,あれなんか,リンクとトラックバックのことを言ってると思うと,難しい文章がスラスラ頭に入ってくる。

井口:アレントの師匠のハイデッカー注8は,人間関係ってリラティブ(相互的)で,お互いの相互利用のネットワークの相関図でしか社会は提示し得ない,ということを言っていて,これはまさにマッシュアップですよ。お互いがリラティブに協調して動くっていう,社会論っていうか人間存在の基盤としてマッシュアップ。

中島:哲学者って難しいことを考えてたんじゃなくて,シンプルなことを考えていたけど,それを語る言葉がなかったから難しい本になっちゃったんじゃないか。彼らの哲学の用語を,今あるテクノロジで実現したもの,トラックバックとかマッシュアップとかセカイカメラに置き換えていったら,すごくわかりやすい簡単な文章になるのかもしれませんね。

井口:そうですよね,本当にそう思いますよ。

注4)
与えられた方法以外をユーザが選択できる余地があること。
注5)
2009 Crunchies Awards を主催しているTechCrunchの創業者。
注6)
ドイツ出身,アメリカの政治哲学者,政治思想家。
注7)
政治的行動の本質を哲学的に考察したアレントの著書。
注8)
20世紀前半のドイツを代表する哲学者。

全方位困ることから生まれるクリエイティビティ

中島:それで,フランスで哲学的な観点から評価されるのも,井口さんが自分に「降ってきた」アイデアを長い時間かけて大事に育てたことが重要なポイントだと思います。本来,それは誰にでもあるものだと思うのですが,そういうことが許容されない日本の風土の中で,どうやってそういうものを育てたのか,何かヒントがあれば。

井口:頓智・ってもともと悩んで考えた会社名なんですが,もともとの言葉の意味は「急場の機転」なんですよ。すごく窮して困った場面で繰り出す,非常に機知に富んだアイデアのことです。これってものすごく困らないと発動しない。困るってすごく重要です。実際,セカイカメラやってると常に難題があるわけですよ。高速に立ち上げ,ジオロケーションからデータを取りつつ,それをソーシャルグラフにつなげていく,クラウドなスケールするしくみって,どう考えても無理難題だらけなんですよね。今のテクノロジで挑戦するのはクレイジーと言ってもいいくらい。でもね,それがそもそもラッキーなわけですよ。非常にありがたい状況なんですよね。みなさんはどうなんでしょう。あまり困ってないのかな。

中島:そういう全方位から困る状況に陥る前にうまく逃げちゃう人が多いんじゃないですかね。全部ガードして特定のここだけ困るっていう状況を作って,それを「困る」と呼んでる人が多いような感じ。

井口:我々はいつも全方位困っています。100個の問題に対して別々に100個考えるのでは追いつかなくて,すごくいい一個の回答ですべての問題が解消するような,そういうエレガントな解答を出さないと自分たちがすごく困るという状況の中にいます。TechCrunch50注9への最初のチャレンジのときもそうでしたし,製品発表に行くときでもそうでしたし,今でもまさにそういう状態なんですけど,ちょっとごめん待ってみたいなことがまずだいたいできない。その場で解決するしかないんですよね。エアタグというアイデアは,ベーシックなところではすごくシンプルなもので,緯度経度をURLとみなしてそこにWebのインフォメーション,URI をあてはめようというそれだけなんですよ。そういうのがいいと思うんですよ。Twitterのタイムラインなんてまさにそうですよね。表計算もそうですよね。あれはすごい発明だと思うんですけど。HyperCardもそうですよね。あれなんかも非常にシンプルで,カードをつないでクリックすれば飛ぶ。それでMYST注10とかいろんなアプリケーションが出ていて。そういうことをしたいと思っています。そういう意味で,クリエイティブに困るのはすごくいいことなんですよ。

中島:それとそういうときに,降ってくるビジョンとかアイデアは,個人のものじゃなくて世界のコモンズ(共有地)だと思うんです。

井口:ああなるほど,いいことをおっしゃいますね。

中島:みんな自分の頭の中に降ってきたものをもっと大事にしてほしいなと思います。自分の頭の中にあるもの,自分の頭の中に降ってきたものは使っちゃいけないんだと限定しちゃってる人が多い。そういうものを無視して,すでにある道を行かなきゃいけないと。だから,つまらない狭いところでつぶしあいになってしまう。

井口:先日,息子が中学校に入るので説明会を聞きにいったら,携帯や電子辞書は原則持ち込み不可,つまり,iPhoneもiPadも学校に持っていけないんですよ。中学校,高校って一番脳が柔軟で発達段階にある連中がiPhoneとiPadに触れられないっていうのは,それはほんとうに困ったもんだなと思ったんでけどね。

中島:それは問題ですね。でも,井口さんのような少年がいたら,そういう子は必ず,抜け出す道を見つけてしまうような気もしますが。

井口:ハハハ,まあね。転んで血みどろにもなりつつね。止められないから。

中島:ある部分はほっときゃいいや,ということは言えるけど,日本の国力とかGDPとか,平均値の話をした場合には,確かに非常に深刻な問題ですね。

井口:やっぱり,個人の個別の努力ということ以外に,インフラ全体,プラットフォーム全体がいい方向に向かっていかないと。たとえば,1日24時間Webプログラミングしていい環境と,寝る前の数時間だけ個人の努力でなんとか触れるのとでは圧倒的に違うじゃないですか。それと,なんかやろうっていったときに絶対にお金がかかるしチームも必要だから,そこに対してお金を投下する側の判断能力とかも含めて考えると,社会全体のプラットフォーム性が高くないと困りますね。

注9)
新進気鋭のWebのベンチャーが多数集まり事業アイデアを競うコンテスト,イベント。
注10)
大ヒットしたMacのアドベンチャーゲーム。最初のバージョンはHyperCardで開発された。

インタビューを終えて

記事中に出てくる「モックアップ」はただの透明なプラスティックなのですが,それを井口さんが手に持つと,魔法のように,そこに確かにエアタグがあって空間から音楽やファイルを取り出せるような感覚を持ちました。それは私だけでなく,その場にいる全員が感じたことでした。そこまでビジョンを結晶化させるのはたいへんなことですから,私とはスタート地点が違うのだろうと思ったらそうでもなくて,むしろ泥臭い苦労話がいろいろ出てきたことに驚きました。Webの世界は動きが速く情報の流通も速いので,逆に自分の原点とか「降ってきたもの」を大事にするのが必要なのだと思いました。

頓智・のオフィス風景

頓智・のオフィス風景

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

ソフトウェア技術者として,汎用機上での大規模プロジェクト,ミニコンによる制御システム,パソコン用のパッケージソフト,オープンソースソフトウェア(Amrita,ReviewableMindなど)といった,幅広い分野での開発に携わる。アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。現職 株式会社ブレーン 研究部長

アンカテ:http://d.hatena.ne.jp/essa/