圏外からのWeb未来観測

第3回主夫でWebサイト自営という生き方

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今回のゲスト、阿部昭敏君は、ずっと前に私の部下として一緒に仕事をしていた人です。今はみんなのシフト表というSaaSSoftware as a Serviceサービスを一人で開発し自営しているのですが、同時に「主夫」として家事や子どもさんの世話をしているという非常にユニークな働き方を実践している人です編注⁠。

(撮影:平野正樹)
編注)
本インタビューはホテルグランドヒル市ヶ谷内の喫茶店「カトレア」で行いました。

「みんなのシフト表」とは

中島:本当に久しぶりですね。

阿部:ご無沙汰しています。お会いするのは17年ぶりですね。

中島:もうそんなになりますか。今日は、阿部君の働き方や生き方についてじっくり聞きたいんですが、まずは、⁠みんなのシフト表」について紹介してもらえますか。

阿部:はい、⁠みんなのシフト表」は、シフト勤務を管理するシステムです。店長の人がパソコンからシフトを登録して、バイトの人が携帯からそれを見て確認できます。

中島:メインのユーザは飲食店ですか?

阿部:そうですね。あと、ドラッグストアとかクラブで使っていただいているところもあります。

中島:ビジネスモデルとしては?

阿部:基本は月額課金なんですが、ほかに、カスタマイズ版をライセンス販売する形もあります。具体化したものとしては、⁠株⁠東光オーエーシステムさんの「NBS4.1」というASPサービスの一機能として採用していただいています

中島:そうか。すでにユーザベースがあるところにくっつけるという形ですね。

阿部:SaaSサービスを提供されるところでは、自社で全部作る必要は特にないので、買ってきてくっつけて提供できるものであれば、納期、コスト両面で安上がりですよね。

中島:システム構成はどんな感じですか。

阿部:いわゆるLAMPパッケージ、Linux、Apache、My SQL、PHPです。あと、Ajax周りはjQueryを使っています。

中島:一番の王道ですね。

阿部:ほかにもいろいろ選択肢はあると思うんですけども、一番ポピュラーなものを使ったほうがスタック[1]を用意する手間が一番軽いですよね。カスタマイズ版を提供するときも、⁠PHPならうちにも技術者がいるよ」と安心してもらえます。

中島:運用は?

阿部:今は、Amazon EC2を使ってます。

中島:もうEC2を使っているんですね。最初からですか?

阿部:最初は普通のレンタルサーバを使ってたんですけど、レンタルサーバは共有SSLSecure Socket Layerを使うところが多くて、専用SSLじゃないと携帯からは使えないんですね。専用サーバやVPSをいろいろ調べたんですけど、一番安かったのがAmazon EC2だったんで、1年前くらいに乗り換えました。

中島:更新履歴を見ると、すごくこまめにバージョンアップしてますね。あれはかなりユーザの方の要望を受け入れてですか?

阿部:そうですね。自分がやりたいことはたくさんあるんですけれども、お客さんの要望優先で実現していけば、ほかのお客さんにも喜んでいただけるだろうという気持ちです。

主夫になるまで

中島:で、これを阿部君が全部一人で開発運用しているんですよね。

阿部:そうです。つい最近まで、妻がフルタイムで働いて、私が主夫として家事と、小学生と保育園の子どもの世話をするという生活を3年間ほど続けていて、主夫の仕事の合間に開発、運用していました。

中島:今日はそこをじっくり聞きたかったんだけど、まずは、そこまでのキャリアを簡単に教えてください。最初に、うちの会社(㈱ブレーン)に入ったのは新卒でしたよね。

阿部:はい。中島さんの部下として2年ほどお世話になりました。そのあとは、3年ほどフリーのエンジニアをしていました。その中でノンバンクのシステム部に声をかけていただいて、そこで、システムのお守りをしていました。そのあとは、業務パッケージを売る会社でコンサルタントをやっていました。

中島:主夫になった経緯というかきっかけは?

阿部:会社に勤めていた約12年という期間の最後のほうは、うつ病を診断されまして、薬飲みつつ休職と復職を繰り返している状態だったんですね。それを妻が見かねて「私が働くから、あなた子どもみてちょうだい」って(笑⁠⁠。それで妻にはフルタイムで外で働いてもらって、私が主夫という生活になったんですね。

中島:奥さんは、たしか中国の人でしたよね。

阿部:そうです。ITエンジニアで日本に来て働いていました。で、そういう生活になってからも、本当にうつで一日中うちでぐったりしてるような状態だったんですけども、ちょっとずつ何か始めたいっていう気持ちが起きて…小さいころから古本屋が好きだったんですね。で、ネットで古本屋がやりたいと思って、最初は、既存のパッケージを使ってたんですけど、やってるうちにこれだったら自分で作ったほうが安上がりだと思って作りはじめて…。

休んでいて原点を見つめ直す

中島:その古本屋のサイトの次が「みんなのシフト表」ですか?

阿部:その前に受託の仕事を探してて、提案としてちょっとしたデモを作ったんですね。その仕事は取れなかったけど、せっかく作ったのにもったいないからこれ公開してみよう、という感じで…。

中島:あ、先に作っちゃったんだ?

阿部:そうです。本当に簡単なものですけど、ベータ版が2、3ヵ月ぐらいで、そのあと本稼働しました。会社員のときはコンサルティングみたいなことをやってて、ずっとプログラミングから離れてたんですけども、やっぱり根がプログラミング好きっていうのがあるのか、自分で作ってみたいっていう欲求がわいてきまして。それで主夫業のかたわらちょろちょろ作り始めたという形ですね。

多分、本当にうつな状態で一日中寝たような状態の中で、本当にやりたいことをやってみたいと思ったときに、自然にそうなっていったような感じです。

主夫の生活

中島:その時期の一日のスケジュールはどんな感じですか?

阿部:朝起きて、ご飯作って、上の子を学校にカミさんを会社に送り出して、下の子は当時保育園だったので、車で連れていきます。その後時間があるとき朝買い物に行ってしまいます。午前中に洗濯機まわして洗濯物干すと。

昼ご飯食べてから午後は仕事をして、仕事しているうちに上の子が帰ってきて、友達の家に遊びに行ったり、友達が遊びに来たりワイワイやってるはじっこのほうでカチャカチャやってて、夕方5時過ぎくらいから夕飯の準備を始めて、トントントントンと野菜切ったり下ごしらえをして、5時半になると、車で保育園に行って下の子ピックアップして、家に帰ってきてご飯作って6時半ぐらいから夕飯ですね。

で、宿題の面倒をみたりとかして、そうこうするうちにカミさんが帰ってきてご飯食べてもらって、子どもたちとお風呂入って、9時にはなかば強制的に寝かしつけちゃいます。子どもたちが寝た後PC取り出してまたカチャカチャカチャと。だいたいそういう感じですね。

中島:なるほど、しっかり家事をこなしているんですね。集中して作業できるのは、午後の時間と、子どもが寝てからですか?

阿部:そうですね。夜は結構遅くまでやってたりはしますけど。ただ、通勤時間がない分、やっぱり有効に時間を使えますね。

中島:会社勤めでプログラマやってても、プログラミングに集中できる時間って似たような感じかもしれないですね。

阿部:そうですね。ただ違うのは、自営の場合は、この機能を必ずこの日までにみたいなデッドラインが特にないところです。確かに機能を盛り込めばそれだけサイトの魅力は高まるんですけど、いつ公開するっていうのは自分で決められるっていうのは、やっぱりいいですね。

中島:家事を優先してその空いた時間の中で開発して、テストして、問題なければその日が公開日ですね。それは自営だから自分の判断でやりくりできるということですね。

阿部:はい。受託の仕事もしているので、すべてそういうわけにはいきませんが。

中島:学校のPTAとかも阿部君が行っているんですか?

阿部:行きました。毎回、保護者会にも行きました。学校の行事に私が行くと周りが全部お母さんなんですね。で、担任の先生も女性なんですよ。その中におじさん私1人だけぽつんといて、最初は針のむしろだったんですけれども、顔見知りになると案外すんなりとやっていけるなぁという感じになりました。

主夫への心理的な抵抗感

中島:それで今は、阿部君のほうがフルタイムになったんですか?

阿部:そうです。カミさんの会社が傾いてきてしまったので、今度は私が自営のままフルタイムで働こうとしています。⁠みんなのシフト表」だけでは食べていけないので、受託の仕事をしながら、もう一つ、カミさんの友達でカナダに住んでいる人がいて、その人と一緒に英語圏向けに別のサイトを立ち上げようと準備しているところです。

中島:休んでいるときに試行錯誤していたことが今実ったという感じですね。

阿部:それはわからないですが、今は何でも個人でできるという感じはします。サーバとかも簡単に調達できるし、資料もネットにあるし、海外とやりとりするにもSkypeでできますから。そのカナダ人と話していても、向こうでは自営というのが、ごく普通の選択肢だということを感じます。個人に対して仕事を発注することも普通の感覚のようですね。

中島:主夫にしても自営にしても、経済的には成立する条件が整っていたとしても、世間体を気にして踏みきれない人も多いと思うんですよね。

阿部:たしかに、主夫をやってて、いろいろ雑音が入ってきますね。まぁ直接は言われないんですけど…。ただ、世間から離れても生きていけるみたいな感じがあれば、結構思い切ったことができるとは思います。

中島:雑音っていうと、⁠あの家はどういう家なんだ」みたいな感じですか?

阿部:そうですね。⁠お前の父さん何やってるんだ?」みたいな。案外お母さんたちには受け入れられやすいっていうのはあるんですよ。雑音はどっちかというとお父さんのほうからなんですよ。⁠男が主夫やるのはちょっと許せない」というような感じです。

中島:まぁ、おそらく嫉妬なんだけど、そう言えないからですかね。

阿部:お父さんのほうがやっぱり世間体にしばられてるっていうのはあるんでしょうね。お母さんたちは案外、何の苦もなく「あ、そうなんですかー」みたいな感じになってくれるし、子どもが遊びに行ったり遊びに来たりして、メールで頻繁に連絡したり、コミュニケーションとってるんで、特別何とも思わなくなるみたいですね。

中島:普通に同級生の親御さんの1人であると。お互いにただのそういう認識になっていくと。

阿部:そうですね。最初はやっぱりびっくりされますけど、時間が経つとそうでもないみたいですね。

多様な家族の形、働き方があっていい

中島:私は、家族のあり方や働き方って、もっといろいろな形があっていいといつも思っていて、阿部君の話は、ひとつのロールモデルになるような気がします。これは結婚している場合に限らなくて、ルームシェアリング的な共同生活とかも、ある意味新しい家族のあり方という気がします。

阿部:そういうのが広がるといいと思いますけどね。自営になったり会社員になったり、行ったり来たりが自由にできるほうが健全だし、いろんな選択肢があったほうがいいような気がします。

主夫になって最初はすごくプレッシャーがあって、自分で自分を否定するような気分になったりもしたんですが、山田パンダさん[2]が主夫の先輩だということを知って、こういう生き方もありなのかなって思いました。子どもが大きくなってから、自分のお父さんがミュージシャンだってことを初めて知って、親子でコンサートをやったそうです。

中島:「違う生き方もある」という生の話を知るのは大きいですよね。それが直接参考にならなくても、すごく勇気づけられる。阿部君の話を聞いていると、そのスタイルが阿部君の力を一番発揮できる働き方だったような気がします。もちろん、それはそれでたいへんなところもいろいろあると思いますが。

阿部:子育てはたいへんでしたね。子どもが問題を起こして、カミさんと子どもと3人で謝りに行ったりとか。これだったら外で働いてたほうが楽だと思うこともありました。

中島:そうですよね。これ、普通のお父さんにはなかなかわからないですよね。子育てって、判断というか意思決定の連続で、ある意味頭脳労働だからストレスもたまるし、同時に肉体労働としてもたいへんだし。あと、仕事とプライベートの境目がないというか、そういうところはどうでしょうか?

阿部:それはありますね。24時間プライベートと仕事を一緒にやってるようなものですから。

中島:「みんなのシフト表」は、24時間365日稼働ですか?

阿部:日曜の夜だけはメンテナンスタイムにしていますけど、ほぼ365日稼働ですね。一度、My SQLのバグでひどいトラブルが起きて、データを復旧するのに、朝までかかったことがあります。あのときは冷や汗をかきました。

中島:そういうことに自分一人で対処していかなくてはいけないというたいへんさはあると思います。それと組織の中で仕事をするたいへんさと、どちらが合うかは人それぞれだと思います。試行錯誤して助け合いながら、自分に合うところを見つけていけるようになればいいと本当に思いますよ。

阿部:やっぱりいろんな家庭があったほうが健康的だと思いますね。あそこの家はああだけど、あそこの家はこうで全然違うけれども全然OK、というように。僕が子どものときはそういう感じだったんじゃないかなって思います。自営で商売やってる人もいれば会社勤めの人もいるし。みんなそこまで会社勤めにこだわってなかった気がするんですけどね。

二人は17年前、上司と部下だった
二人は17年前、上司と部下だった

あとがき

「子どもがワイワイやってるはじっこのほうでカチャカチャやってて」という言葉が印象的でした。⁠お父さんは家でパソコンの仕事をする人」と子どもさんが自然に受け止めているように感じました。

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