圏外からのWeb未来観測

第4回 ネットコミュニケーションのおもしろさに賭けた挑戦

この記事を読むのに必要な時間:およそ 3 分

画像

(撮影:平野正樹)

「はてなからグリーへの大転身」と話題になった伊藤直也さんの転職ですが,その背後には伊藤さんの一貫したWeb観がありました。

梅田さんを囲む会

中島:田中社長注1と古いお知りあいだったそうですが,どういう関係だったんですか?

伊藤:実は,最初は「梅田さん注2を囲む会」でした。それも『ウェブ進化論』注3より前のことです。

中島:というと,梅田さんがCNETで連載されていたころ注4ですか?

伊藤:そうですね。僕がはてなに入る前だから,7年前になります。

今グリーで副社長をやってる山岸注5が当時CNET Japanの編集長だったんですよ。それで,梅田さんから山岸に「今度日本行くからおもしろい人間集めてこい」っていう指令が下って,10人ぐらいで集まったんです。そのとき集まったメンバーが,田中もそうですし,シックス・アパートの宮川さん注6)⁠それから江島さん注7もいて,あと,今Googleにいる高林さん注8)⁠アプレッソの小野さん注9と…。あと,はてなで同僚だった川崎さん注10)⁠

中島:今考えるとすごいメンツですね。

伊藤:結構みんなネットワーク上でつながってたんですけど,僕だけがその中で誰にも知られてなくて…。なんで僕のところに連絡がきたかって言ったら,僕ブログを書いていたんですね注11)⁠で,そのときに「ブログがおもしろいから,こいつはおもしろいんじゃないか」っていって声をかけてもらって…。

中島:あ,それはもうブログだけの縁だったんですか。

伊藤:そうです。だから僕的には結構恐縮してしまって,その会はあんまりおもしろいこともしゃべれなかったんですけど,何回かそういう集まりがあって,だんだん仲良くなって,ネットのこととかしゃべるようになって…っていうのがはじまりでしたね。

中島:なんか明治維新前夜の松下村塾みたいな話ですね。

注1
田中良和さん,グリー⁠株⁠の代表取締役社長。
注2
梅田望夫さん。はてな取締役,⁠ウェブ進化論』ほか著書多数
注3
梅田望夫著/筑摩書房/2006年
注4
英語で読むITトレンド
注5
山岸広太郎さん。元CNET Japan編集長で,現グリー⁠株⁠副社長
注6
宮川達彦さん。Six Apart Ltd. 勤務で,日本法人のシックス・アパート⁠株⁠執行役員
注7
江島健太郎さん。チャットサービスLingr共同開発者(現在サービス停止中だが江島氏の個人プロジェクトとして復活予定)⁠⁠株)パンカク勤務
注8
高林哲さん。全文検索システムNamazu,ソースコード検索エンジンgonzuiなどの開発者。Google勤務
注9
小野和俊さん。⁠株)アプレッソ副社長。コンピュータ誌での連載をはじめ,執筆活動も多数行っています
注10
川崎裕一さん,⁠株)はてな取締役,Fringe81⁠株⁠取締役
注11
NDO:Weblog

田中さんは特別な人

伊藤:それで,そのころに田中が─⁠─ここでは田中さんと呼ばせてください─⁠─楽天にいた田中さんがGREE注12を作り始めたんですよ。当時,僕はまだニフティ⁠株⁠にいました。田中さんから自分が作っているサービスを使ってみてくれってメッセンジャーがきて,わかったって言って登録して,田中さんの紹介でワンホップでつながるんですよ。個人で趣味で立ち上げたWebサイトなんだけど,こんな人がいっぱいきて大変なことになってる…って驚きました。

それで,Apacheの設定どうしたらいいの? とか,負荷いっぱいきちゃったんだけど,どうやって分散したらいいの? とか田中さんから聞かれて,それを僕が教えたり,少し手伝ったりもしました。本当にもう仕事とか関係なく,お互い全然別の会社にいながら,そういうことをやっていた時期があったんですよ。

中島:会うとWebの話を何時間もされたとか。

伊藤:そうですね。そういう人はほかにもいたんですが,田中さんは僕にとってはちょっと特別な人です。同年代で,会社をそれなりに成長させて,上場させるところまでもっていっちゃったりとか…。僕にとっては結果を出した人みたいな感じがあって,そういう人が話す一言一言っていうのは,ほかの人に比べて重みもありますし,だからそういう意味で議論しててすごく刺激になっていました。

中島:なるほど。だから一番初めの出会いからずーっと続いてる中で,今回の転職の話があったという。

伊藤:そうです。僕がこう一本釣りで引き抜かれたって考えている人もいるみたいですけど,全然そうじゃないんですよ。

注12
現在グリー⁠株⁠が提供しているSNS

はてなのCTOとして

中島:はてなではインフラを作る仕事とサービスを作る部分を両方見ていたんですか?

伊藤:同時期に両方やってたことは実はあんまりなくて,結構時期によって変えてたんですよ。京都に移る前の1年間くらいは完全にインフラをやっていました。京都に移ってからは,⁠はてなブックマーク2」のリニューアルで…もうずっとサービスみたいなことをやっていて,で,はてなを辞めるちょっと前までは結構マネージメントに集中して,開発の体制を作ったりしていました。

中島:ああなるほど。どうやって両立してるのかなぁっていうのがちょっと長年の疑問だったんですけど,一つずつ集中してたんですね。

伊藤:低レイヤと高レイヤをですか?

中島:ええ。

伊藤:結構それは,悩ましいところですね。同じ時期に低レイヤのこととサービスのコミュニケーションのことを一緒に考えるっていうのは,ちょっと厳しかったです。ただ,これからはサービスのほうに集中していこうと思っています。

10年ぐらいWebのサービスのいろんなことやってきて,それこそインフラもやったし,中のフレームワークを作ってみたり,開発標準を作ってみたりしましたが,僕よりできる人が世の中にごろごろいました。ただ,いわゆるソーシャルアプリケーションを作るところの設計っていうのは,自分から見て「この人のほうがよくできるな」って人がそんなにいなかったので,これからはここに集中していくのがいいかなと思うようになったんです。

中島:幅広くいろいろやってみて,自分がやるべき分野はここだなっていうのが今見えてきたと。

伊藤:そうです。ただ一方でソーシャルサービスの設計って,技術と切っても切り離せないところがあって,Webのアーキテクチャがどういう風になっているのかとかを知っている必要があったり,試行錯誤が必要なので,どれだけ早くそういう試行錯誤を繰り返せる環境を作りこんでいくかみたいなのもあるんで,プログラマでなくなることは多分ないと思います。

中島:完全に実装のレイヤから離れちゃうことはないと。そこを足場にして,アプリケーション側というかサービス側を見ていくというスタンスですか?

伊藤:そうです。サービス作るときってデザインかプログラミングができないと,うまく作れないんじゃないかっていうふうに,経験的に思っています。そのどっちかの現場から足を離しちゃうと途端に勘が利かなくなりそうな気がしていて,その直感がある限りはプログラマでい続けようかなと思っています。

伊藤さんが勤務するグリー⁠株⁠のオフィスにて

伊藤さんが勤務するグリー(株)のオフィスにて

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

ソフトウェア技術者として,汎用機上での大規模プロジェクト,ミニコンによる制御システム,パソコン用のパッケージソフト,オープンソースソフトウェア(Amrita,ReviewableMindなど)といった,幅広い分野での開発に携わる。アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。現職 株式会社ブレーン 研究部長

アンカテ:http://d.hatena.ne.jp/essa/

コメント

コメントの記入