新春特別企画

ゲームプログラミングこの10年,これからの10年

この記事を読むのに必要な時間:およそ 1.5 分
  • 「あなたは技術者ですか」と聞かれた時に,自然に「はい」と言えますか?

はじめまして,平山尚と申します。

ここでは,プログラマなのにその質問に「はい」と答えにくい人たちのお話をしようと思います。ゲームプログラマという人種です。

ゲームプログラマもプログラマですから,技術者です。専門分野を持ち,その専門を生かして仕事をします。しかし私の知る限り,少し前までのゲームプログラマは,あまり専門特化を好みませんでした。

初めてだけど,いいの?

私は2004年に写実的な絵が売りの製品に参加し,コンピュータグラフィクス担当となりました。初めての分野でした。素人です。どう考えても専門家がやるべきだろうと,さんざん泣き言を言いました。

しかし今にして思えば,そう悪い選択ではなかったのでしょう。専門家一人に独占させると,他の人がその分野を学ぶ機会が失われます。また,専門にのめりこむ人は,何のための技術かを考えない傾向があります。多少技術で劣っても,製品を作る人間が自分で学ぶ方が,運用も応用もうまく行くのです。ブラックボックス化された技術をホイと渡されても,使いこなせやしません。

一夜にして別世界

もうひとつ,こんなこともありました。

10年以上C++でゲームを作ってきた集団が,突然C#に乗り換えたのです。

相手にする市場を変えると決まり,伴って製品の性質が変わり,開発環境が変わり,言語まで変わりました。ここは日本ですから,C#技術者を新しく雇うという選択はありません。そこにいる人間が乗り換えるのです。

一見無茶にも思えますが,ゲームは「楽しませてナンボ」であり,技術は単なる手段です。こういうことも起こり得ます。

普段から勉強を怠らず知識を溜めこんだ人よりも,⁠変数と関数とifとforがあればいいや」と言ってまるで勉強しない人の方が有能,というのはよくあることです。標準ライブラリすら良く知らない人はたくさんいます。下手に習熟すると,それに囚われてしまうのかもしれません。

非プログラマの存在

こういった文化ができる背景には,プログラマの比率が低いことも影響している気がします。私の経験上,せいぜい3割です。

大半がプログラマでない以上,プログラミングの論理で事は進みません。⁠メモリは余裕をもって使え」⁠その仕様はバグの源になる」はプログラマの論理です。バグのなさや性能は絶対の価値ではなく,⁠面白くなるならバグがあってもいい」という判断はありえます。そう口に出しはしないにしても,出荷寸前に大変更を求めるような人は,内心そう思っていることを行動で語っているのです。

今でもそうなのか?

さて,話が面白くなるように少し極端なお話をしましたが,さすがにこういう文化はかなり薄れてきた気がします。

ゲームがゲームであるというだけで新しかった時代には,ドット丸出しの絵でも楽しんでくれました。しかし今は違います。

車が出てくれば,車体に風景が写り込むことが求められますし,人がしゃべれば,唇の動きと言葉が一致していることが求められます。ゲームの内容とは関係ない,という言い訳は通用しません。

そしてそれぞれが専門知識を必要とし,もはや自力で全ての要素をまかなうのは不可能です。専門家に頼ることになります。

技術者なしでゲームを作れる環境が整って来たことを指して,⁠専門家にならなくてもいい」と思う人がいるようですが,それは甘い見方でしょう。確かに技術の専門家になる必要はありませんが,その分だけアイディアやセンスには高い物が求められます。

技術に関することを全てUnityなどの他者に頼るならば,技術以外のことでしか他の商品に差をつけられないからです。誰もが得意分野を持つことを求められており,逃れられるものではありません。

専門特化はうれしいか?

しかし,専門特化には負の側面がありました。

ブラックボックス化が技術を効果的に使うことを妨げます。分野へのこだわりが邪魔をします。専門が異なる人とのコミュニケーションは大変です。これらの問題との戦いは,たやすいものではありません。

また,専門家はその宿命として,あまり感謝されません。たとえば絵の技術を専門家に頼ることを考えてみましょう。

頼る理由はおそらく,⁠絵は売りじゃないが他に負けるのは困る」か,⁠絵は売りじゃないので手間をかけたくない」でしょう。⁠絵で勝負するから専門家に頼ろう」は,まずありません。

「売り」とは差別化要素であり,個性です。素晴らしい絵を出せる技術を金で買ったとしても,それは個性ではありません。同じものを買う製品が他にあれば,同じになります。個性は買えず,任せられないのです。

トイレが汚い観光地は避けられるので綺麗にすべきですが,トイレが綺麗という理由で客は来ません。

「私はゲームを作っている」と自信を持って言えるプログラマは,そう多くないように思います。

これからどうするか

では,我々はどうすれば幸せになれるのでしょうか?

まず,専門は持つべきです。もはや専門を持たない人間に金を払う余裕はありません。しかし,それしかできない人になるのは危険です。変化に弱くなり,コミュニケーションが難しくなります。

深さと広さは両立させるべきです。ある分野を深く学んだ経験を,他の分野を素早く学ぶために役立てましょう。新しい分野の事柄を,よく知った分野の概念に翻訳して学べれば,理解が早まります。

また,専門用語に頼らず日常語でも理解すべきです。⁠ポリモルフィズム?コンビニの店員みたいなもんだ。佐藤でも鈴木でもいいってことだろ?」という具合でしょうか。

こういった心掛けが,深さと広さを両立させ,コミュニケーションの問題を軽減してくれるでしょう。きっとそれが,製品の「売り」に関わる機会も増やしてくれるはずです。

さて,これまでゲームのお話をして参りました。そちらの業界はいかがでしょうか?

記事は個人としての見解です。

著者プロフィール

平山尚(ひらやまたかし)

1977年北海道生まれ。株式会社セガに所属するプログラマ。

参加した製品は,『電脳戦機バーチャロンマーズ』『パワースマッシュ3』及び『4』で,アプリケーションよりはライブラリ開発に偏った経験を持つ。著書に『プログラムはこうして作られる プログラマの頭の中をのぞいてみよう』『ゲームプログラマになる前に覚えておきたい技術』。

コメント

コメントの記入