あけましておめでとうございます。よういちろうです。昨年はChat Botという分野が大きく前進した年となりました。今年もさらなる発展を遂げるであろうChat Botについて、本稿では取り上げてみます。
APIが公開されたメッセージングアプリ
今やスマートフォンで最も長い時間利用されているアプリは、メッセージングアプリとなりました。友人知人との連絡は、電話ではなく、メールでもなく、メッセージングアプリが主に使われている時代です。日本ではLINE が最も広く使われていますが、世界に目を向けてみると、Facebook Messenger , WeChat , WhatsApp , Tango , Viber , Kik Messenger が億以上のユーザ数をそれぞれ獲得しています。既に各国でのメッセージングアプリのシェア争いは落ち着いていて、勝敗が見えている状況です。獲得ユーザ数の伸びや、シェア争いを追っていくのは、既に余り意味のないことと言えます。ただし、Googleが昨年リリースしたAllo については期待値も大きく、今後シェアを取っていけるかどうかは注目すべき点です。
各メッセージングアプリ開発ベンダーの視点は、昨年一斉に次のステージに移行しました。それは、メッセージングアプリの中でビジネスを回す、ということです。つまり、ユーザ間のコミュニケーションだけでなく、メッセージングアプリにもっと多様な機能をもたらすことによって、そこに経済圏を作ろうという試みが数多く行われるようになりました。スマートフォン上でユーザに長時間利用されているメッセージングアプリ内で、様々なサービスが利用可能になれば、ユーザにとってもそれは嬉しい話であり、また多くの企業にとってもサービスへのタッチポイントが増えますので、参入したい市場となります。
メッセージングアプリ内で様々なサービスを利用可能とするために、APIの公開をはじめとしたプラットフォーム化について昨年はよく耳にしたと思います。特に、ユーザ間のコミュニケーションではなく、ユーザからのメッセージを受け取って、それをプログラムが機械的に処理をして返事を返すことができる、いわゆるChat Botを開発可能な環境が提供されるようになりました。昨年のChat Botでの大きなニュースとしては、以下が挙げられるでしょう。
特に、FacebookとMicrosoftの2社がそれぞれChat Botの世界に参入してきたニュースは、非常に大きな話題となりました。これによって、昨年Chat Bot市場が大きく始まったと言って良いでしょう。
Chat Botが切り開くAIという新分野
メッセージングアプリの本質は、テキストコミュニケーションです。つまり、自然言語を使った会話です。今までは人間対人間のコミュニケーションでしたが、Chat Botが登場したことによって、人間対機械というコミュニケーションがメッセージングアプリ内で行われることになります。例えて言うならば、電話でサポートセンターに電話をした時に、オペレータと会話をするだけではなく、自動応答による機械的なやり取りを想像すると近いでしょう。
様々なサービスをメッセージングアプリに持ち込もうと考えた際に、メッセージングアプリ内で友人や知人と会話をしているような体験でサービスも利用できたら” と考えるのがやはり普通かと思います。つまり、日本語や英語などの自然言語でユーザが「○○したい」と打ち込むことで、その意図を正しく理解し、適切な返事をする、という、あたかもオペレータと会話をしているような感覚でサービスを利用できると良さそうです。
Chat Botが昨年話題になった際に、同時にAIという分野についても非常に多く取り上げられるようになりました。つまり、メッセージングアプリ内でChat Botを開発するためには、ユーザが打ち込んできた自然言語で表現された発言からその意図を理解することが必要であり、それにはAIを駆使して分析、解析をすることが現時点での解決策として取り組むべきことになります。
実際には、いくつかのメッセージングアプリでは、数年前からChat Botを作るための基盤は提供されていました。WeChatは2013年から、LINEにおいても2014年から、Chat Botの環境は存在しています。その中で、Chat Botを開発してきたいくつかの企業は、AIを取り入れるためにTensorFlowやWatsonといった機械学習の仕組みを導入しています。
Chat BotにおけるAIの重要性は、FacebookとMicrosoftからChat Botに関する発表が行われた際に、AI環境も開発者に提供することが発表されたことからもわかることです。
Chat BotにおけるAIは、欠かせないものとしてそのポジションを確立しつつあります。特にAlloは、GoogleアシスタントというAIを積極的に組み込んでいます。そして、Googleアシスタント によって導き出されたアクションを利用してGoogle HomeやAlloにサービスを提供するためのActions on Google を公開しました。
過去に起きたこととして、ソーシャルアプリ/ゲームの市場が急速に大きくなるにしたがって、そのバックエンドを構築するためのクラウドサービスの市場も大きく成長しました。それと同じように、今年はChat Botの市場が大きくなるにしたがって、AIの市場も活性化していくものと思われます。様々なノウハウが共有されるでしょうし、またAIを提供するベンチャー企業も数多く立ち上がってくるものと思われます。
Chat Botの勝者と敗者が見えてくる
昨年から現在に至るまで、Chat Botに関する人々の認識は「AIによって会話を理解しながらサービスを提供するChat Botを作れるようになった」だと思います。そのため、Chat BotはAIが必須だ、と思っている方が非常に多い印象です。実際筆者もChat Bot勉強会に顔を出したことがあるのですが、実態はAI勉強会でした。やはり、自然言語を処理して何かを返すという「人類の夢」だったことが実現していることになりますので、人々が注目してしまうのも無理はないかもしれません。
しかし、今年は様々なChat Botがユーザに提供されていく中で、その取捨選択が非常に速い速度で進んでいく年になると考えられます。つまり、人気となるChat Botと、そうではないChat Botが、はっきりと分かれてくる、ということです。
ユーザはスマートフォンやPC、スマートウォッチ、旧来型の携帯電話など、多種多様なデバイスからインターネットに接続していますが、メッセージングアプリの主戦場はスマートフォンです。そして、インターネット上でサービスを提供している企業にとって、できるだけサービスとユーザとの接点を多く持つために、それらのような様々なデバイスに対してサービスのUIを提供しています。つまり、企業からしても、ユーザからしても、Chat Botというものは「サービスのUI」であり、Chat Botそのものがサービスの本質ではありません。
例えば、AIを駆使して、ユーザとの会話を可能にし、その会話の中からサービスを利用可能としたChat Botが登場したとします。ユーザは、普段友人との会話と同じように、自然言語、つまり日本語で何か話しかけなければならないとします。そのChat Botの開発者としては「会話がどんどん進む中でサービスの機能が利用できるようになるんです。すごい!」と思っているかもしれません。
でも、よく考えてみてください。ユーザはそのChat Botを使おうと思った理由は、そのChat Botが提供してくれるであろうサービスを利用したかっただけです。会話を楽しもうなんて思っていないでしょうし、ましてや何を話しかけたら良いのか、さっぱりわからない状態なはずです。いくら後ろに備わっているAIが素晴らしい状態だとしても、「 会話がどんどん進む中で」という前提条件は、最初から崩れています。つまり、あまりにもChat BotとAIの組み合わせを頑張ってしまうと、ユーザにとっては「使い方のわからないChat Bot」と思われてしまい、全く使われなくなってしまうでしょう。
メッセージングアプリ内でのChat Botは、あくまで「制限の厳しいUIのひとつ」と捉えたほうが、ユーザ体験は比較的良い方向になると考えて良いでしょう。その証拠に、Facebook MessengerやLINE、WeChatでは、ユーザに対してChat BotからAPIでテキストメッセージが送れるだけでなく、選択肢をユーザにいくつか提示するUIや、クリック可能な画像を表示する機能などをAPI経由で利用できるようにしています。
Facebook Messenger - ボタンテンプレート (左図) 、
LINE Messaging API - Buttons (右図)
このような選択肢をユーザに提示することで、ユーザはChat Botに対してどんな操作をすれば良いのか、明確にわかるようになります。ほとんどのサービスについては、ユーザからの自然言語での文章入力は必要なく、むしろ上記のような選択型のUIを提供してあげたほうが、ユーザ体験としては良いものになると考えられます。そこにAIは、もしかしたら必要ないかもしれません。
それに対して、例えばカスタマーサポートといった分野については、ユーザからのヒアリング内容が非常に重要な要素となります。もちろん、ユーザにとっても自分の状況や困っていることを説明するモチベーションがあるので、文章入力についても自然な行為として受け入れることができます。そして、入力された文章から、ユーザが困っていることへの解決策を導き出していくために、AIは非常に有効に働きます。
今年は様々な取り組みがChat Botに対して行われるでしょう。そして、Chat Botのみを扱うベンチャー企業もいくつも生まれることでしょう。しかし、その中には、うまく人気を得ることができずに、撤退する企業も出てくると思います。そのような活動の中から、今年はChat Botの市場が成熟していくのではないかと考えられます。
ChatではないBotの登場
昨年は、Botと聞くと、AIを組み合わせたメッセージングアプリ内での特別なアカウントのことを指していました。つまり、メッセージングアプリ内でユーザとテキストコミュニケーションを中心としたやり取りを行うためのプログラムのことです。これはまだ当分続くと思われますし、これからの市場ですので、今年はその範疇において、活発な動きがあると見て良いでしょう。
しかし、実はこのChat Botは、その先の未来に続く進化のほんの入口なのではないか、と筆者は捉えています。そして、その先の未来は、昨年既にその片鱗を見せていました。それは何かと言うと、「 音声」です。
Amazonは、2015年からAmazon Echo という音声アシスタントデバイスを発売しました。Amazon Echoの後ろには、AlexaというAIが待ち構えていて、ユーザがそのデバイスに話しかけた内容を理解し、それに最適なアクションを起こしてくれます。そのアクションとは、ネット検索、家電の操作、Amazonでの買い物、そしてタクシーを呼ぶことさえできます。
そのAlexaで解釈された内容を、Alexa Skills Kitと呼ばれるSDKを使うことでテキストに変換された形で受け取ることができます。そして、必要なことを行った後に、返事をやはりテキストでSDKに返すことで、Amazon Echoが音声としてユーザに伝えてくれます。
また、昨年発売されたGoogle Home についても、Actions on Google を利用することで、Amazon Echoと同じように独自のアクションを作れるようになります。
実はこの仕組みは、メッセージングアプリでのChat Botとほとんど同じです。違う点とすれば、ユーザが行うことが文字入力なのか、声を発することなのかの違いだけです。つまり、今からChat Botの開発に取り組むということは、Amazon EchoやGoogle Homeといった音声を扱うデバイスに対するBotを開発するためのノウハウを学んでいることと、ほとんど同じなのです。
日本ではAmazon EchoやGoogle Homeはまだ発売されていませんが、米国では昨年から人気を博しているようです。もちろん、今年は日本にそれらが上陸する可能性はとても高く、一気に多くの人が手にすることになると思われます。今年は、先行者としてそのための準備を始める絶好の年と言えそうです。なぜなら、まだ見えないものを対象にして開発するのではなく、実際にユーザに使ってもらえるChat Botという形で開発を進めていくことが、その先の未来に直結しているからです。
もちろん、Chat Botがそのまま音声入出力型のデバイスで利用できると言うことではありません。スマートフォンよりも、音声入出力型のデバイスのほうが数十倍UIとして貧弱なものです。まだ考えるのは日本では早いかもしれませんが、音声の場合はどうなるのか、と想像しながらChat Botの開発をすることは、大きな価値があるはずです。
まとめ
Chat Botは、昨年よりもさらに今年は賑わいます。そして、ユーザは多くの体験をすることになります。その中で、勝者と敗者が出てくるでしょうし、Chat Botとして最適なデザインはどういったものなのか、確立されていくでしょう。もちろん、AIがよりChat Botで活用されるようになり、それらがお互いに補完し合いながら技術的にも市場的にも大きくなっていく年となりそうです。
さらに、その先の未来にもつながっているChat Botですし、実はChat Botを作り始めること自体は、他のアプリに比べてとても簡単な部類のものです。今年はぜひ一度Chat Botを作ってみてください。そして、近未来の姿を実感してみてください。