小飼弾のアルファギークに逢いたい♥

#14 ミラクル・リナックス よしおかひろたか

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今回のゲストは,ミラクル・リナックス(株)で創業以来,取締役CTOを務めてこられ,この6月に退任,ブログ「生涯一プログラマ宣言」をされたよしおか ひろたか(吉岡 弘隆)さんです。

左:よしおかひろたか氏,右:小飼弾氏(撮影:武田康宏)

左:よしおかひろたか氏,右:小飼弾氏(撮影:武田康宏)

CTO退任

弾:今回は取締役退任おめでとうございます。

よしおか(よ)ありがとうございます。

弾:いやあ,あれは激務ですからね。では,ざくっと自己紹介をお願いします。

よ:2000年にミラクル・リナックスというLinuxのディストリビューションの会社を立ち上げて,以来,今年の6月末まで8年間,取締役CTOに就いていました。今回,ミラクル・リナックスの「第2の創業」として,社長と新役員を1人選任するというタイミングで,退任させていただきました。

DECからオラクルへ

よ:大学を卒業して最初の会社は,日本DEC研究開発センターという今はなきDEC注1の日本法人で,1984年なので,今から20数年前。

弾:Macが生まれた年ですね。

よ:そこに10年くらいいて,その後,1994年に日本オラクルに転職しました。95年に米国本社に行くことになって,当時はOracle 7.3が基幹システムというか,主要なソフトウェアだったんだけど,ちょうどOracle 8の開発の時期でした。それで,シリコンバレーで3年半くらい,Oracleのデータベースエンジンを開発してました。

注1)
当時,IBMに次いで世界第2位のコンピュータベンダで,1998年,パーソナルコンピュータベンダCompaqに買収された。Compaqは,2002年,HPに吸収合併されている。

Linux版Oracle

よ:それでその頃,「Linuxカーネルっておもしろいっすよね」みたいな話をランチの時間に教えてくれるハッカーがいたんです。これはなんかおもしろそうだなと思ったんだけど,自分はLinuxにはまだ全然コミットはしてない。だけど,その当時,Mozillaのオープンソースの話があって,Linuxも徐々に盛り上がってきて,1998年の7月か8月にオラクルがLinux版Oracleを発表するんですよ。それで,技術評論社のSoftware DesignにLinux版Oracleのインストール方法みたいな記事を書いたんです注2)。

よ:別にLinux版Oracleが専門だったわけでもなかったんだけど,それが最初の日本語の記事だったから,いろんなところから引き合いが来て。私は98年末に日本に戻って,99年から日本オラクルに復帰してて,仕事としてはLinuxは全然関係ない,普通のサポートエンジニアでした。で,日本オラクルのマーケティングの連中が,日本でLinuxビジネスをやりたいと言い出して,宮原さんとか池田さんとかっていう日本オラクルのやんちゃ坊主たち注3が,「吉岡さん」って声かけてきて。

弾:そのとき,オープンソースのデータベースには進まれなかったんですよね? 当時MySQLもまだ萌芽程度にはあったし,PostgreSQLはあったし。

よ:PostgreSQLのメーリングリストはずっと購読してたんですけど,私の目から見るとまだ本格的なエンタープライズにはちょっと程遠いなあと。機能はいい。かなりリッチなものは持ってたんだけど,スケーラビリティ(拡張性)もなければロバストネス(頑健性)もない。ただ,自分のプロフェッショナル(本職)としてRDBMSの作り方とはどういうものかっていうのには非常に興味があったし,日本語化に関する実装に関しても一言二言あったんで,メーリングリストで自分の考えと違うことを言われてると,「そうなの?」みたいな感じでしれっとコメントしたりしてました。

注2)
1999年1月号の特集「オープンソース時代のデータベース活用法」で,「Linux版Oracle8を導入しよう」という記事を執筆。この特集ではほかに,PostgreSQL,MySQL,InterBase for Linux,INFORMIX-SE for Linux,Linux版Sybase SQL Serverの記事が並んでいた。
注3)
(株)びぎねっと代表取締役社長の宮原徹さん,日本電気(株)ITプラットフォーム販売推進本部 商品マーケティンググループ ブランドマーケティング・マネージャーの池田秀一さん。

Oracleのバグフィックス体制

弾:なるほど。知ってるだけにかえって入りずらかったのかな。

よ:いや,仕事としてPostgresSQLとかに関わるつもりは毛頭なかったですね。あとはサポートエンジニアとして日本に戻ってきたんで,当時,40歳を超えてたんだけど,技術者として40代を日本オラクルでやってくっていう腹はくくってました。自分よりずっと年下の20代の人とか,ベンダさんから常駐で来てる方と一緒にOracle RDBMS の登録されたバグを1 個1 個直していくという作業をしてました。なので,外資系だとバグがあっても全然直してくれないという都市伝説はあったんだけど,オラクルに関していうと日本に,バグを直す,いわゆるパッチを作るエンジニアが,そんなに多くはなかったんだけどいることはいた。で,我々のエンジニアリングチームは日本オラクルにはいるんだけど,実は米国のエンジニアリングにも直結してるデュアルなレポーティング体制を持ってたんで,ローテーションで何ヵ月に1回かは研修で米国の開発チームの机でバグフィックスをすると。私はSQL のランゲージプロセッサのところを担当してたんで,世界中のSQL のバグをバグデータベースから拾ってフィックスして,パッチを作るって感じです。日本だとそんなにバグは出ないんだけど,世界で見るとそこそこいいペースでバグが登録されてるんで,それを直していくみたいな。

著者プロフィール

小飼弾(こがいだん)

ブロガー/オープンソースプログラマー/投資家などなど。ディーエイエヌ(有)代表取締役。1999~2001年(株)オン・ザ・エッヂ(現(株)ライブドア)取締役最高技術責任者(CTO)。プログラミング言語Perlでは,標準添付最大のモジュールEncodeのメンテナンス担当。著書に『アルファギークに逢ってきた』(2008年5月,技術評論社)。ブログは『404 Blog Not Found』

URLhttp://blog.livedoor.jp/dankogai/

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