at the front―前線にて

第3回 筆一本はいかにして実現したか?

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今回ゲストにお迎えしたのは『数学ガール』をはじめ数々の著作で知られる結城浩さん。執筆で暮らしていくには? 良い文章を書くには? お話を伺いました。

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結城 浩 さん

1963年生まれ。プログラミング言語,デザインパターン,暗号,数学などの分野で数々の本を執筆。代表作は『数学ガール』シリーズ。2014年度日本数学会出版賞受賞。

Twitter:@hyuki
URL:https://www.hyuki.com/

執筆一本で食べていけるのか?

竹馬:今日はよろしくお願いします。大学生のときに『数学ガール』を読んで,プログラミングを始めてから『Java言語プログラミングレッスン』⁠いずれもSBクリエイティブ)なども読みました。結城さんの本はどれも読みやすくて,その後もTwitterで活動を追っていたので,今回,インタビューを申し込ませていただきました。最初に結城さんの経歴などを教えていただいてもいいでしょうか。

結城:こんにちは,結城浩です。よろしくお願いします。もうずっと以前のことになりますが,ソフトウェアを開発する会社でさまざまな仕事をしていました。現在は会社勤めはしておらず,執筆業一本で生活しています。本を書くことがメインで,そのほかにSoftware Design⁠技術評論社)で連載記事を書いたり,cakesでWeb連載注1をしたり,有料メールマガジンを毎週配信したりという活動ですね。

竹馬:今日,結城さんにお聞きしたかったのは,僕の周りのエンジニアだと,執筆ってそれ自体では儲からないので,名前を売ったり,転職を有利にする手段と割り切っている人が多いんです。実際のところ執筆一本で食っていけるものなんでしょうか。

結城:いきなり執筆一本で生活しはじめたわけではありませんね。連載や増刷やメルマガで定期収入もあるから,なんとかなっているという感じです。当然ですが,フリーランスとしての危機感はいつもありますよ。竹馬さんもフリーランスでしたっけ。

竹馬:2年前からフリーランスです。会社に所属しているわけではないです。

結城:開発の仕事だけど会社に所属しない状態というのは,不安ではないんでしょうか。

竹馬:仕事があるうちは大丈夫かなーと思っています。最初は会社に勤めながら副業をやっていて,忙しくて受けられない副業の依頼が増えてきたから,フリーランスでいけるなって感覚がありました。結城さんもそれに近いんでしょうか。

結城:近いと言えば近いですね。さまざまな要素が組み合わさって,執筆で生活できるくらいの収入が見込めるようになったので,フリーランスで生活できているという感じです。

注1)
数学ガールの秘密ノート

「無駄」な作業が良い本を生む

竹馬:実際どういう風に本を書いているのか,本ができあがるか,お聞きしてもいいですか。

結城:今一番たくさん出ているシリーズは『数学ガールの秘密ノート』です。これはcakesというWebサイトで毎週連載をしているもので,1回分が20,000文字ぐらい。10回分たまって一冊になります。

ただし,Web連載の10回分がそのまま本になるわけではないです。再構成してLaTeXに直して,プリントアウトして読んで,直してはまたプリントアウトしての繰り返し,そういう「無駄」な手間をかけます。はじめからアウトラインを決 めてきっちりと固めてからがいいって思うかもしれませんが,荒削りな段階で最終的な本に近いPDFを作って,読んでは直すという繰り返しです。

一見「無駄」なんですけど,なぜかそのほうが良い本になるんですよ。本に近い状態までしてから,自分で読む。気になるところを探して直す。そういう泥臭いことを,わざとやっています。

竹馬:これはエンジニアだから気になっているんですが,執筆に使っているツールはどんなものでしょうか。

結城:特殊なツールは使っていませんね。書籍執筆ではVimとLaTeXが基本です。⁠数学ガール』には数式がたくさん出てくるので,LaTeXがなかったら絶対書かなかったと思います。バージョン管理はGitで,ほかのツールはEvernoteにSimplenote,自分一人で使うSlackといったものです。普通すぎて,全然参考にならないですね(笑)⁠

竹馬:特殊なことをしていないっていうのが,逆に参考になります。自分が変にツールに凝ってできあがらないタイプなので……。

技術書典は書き手と読み手をつなぐ

竹馬:技術書典が最近盛り上がっています。結城さんがこれをどう思っているのかお聞きしたいです。個人的には,流行のライブラリだったり,その組み合わせだったり,ちょっと旬が短い本が多いんじゃないか,と懸念していたりするんですが。

結城:えらそうなことは言えないんですが,技術書典のムーブメント自体はすごく良いと思っています。たしかに技術には賞味期限が短いものもありますが,技術者じゃないとわからないニッチなニーズってありますよね。それをさっと企画にして書くのは,技術者でないとなかなか難しいでしょう。

ある技術をよく知っている技術者が,その技術を文章にして本にまとめる。それは書き手にとっても勉強になるでしょうし,たとえニッチでも「これが知りたかった」という読み手もいるでしょうから,たとえ旬が短いとしても重要な活動と言えますね。技術書典のような場があって,そういう活動がプッシュされるのはとても良いことだと思います。書き手と読み手がつながりますから。

ただ,本の執筆をどのようにとらえるかという意識は,書き手によって千差万別でしょうね。文化祭のようなノリでわいわい書いて満足する方もいるでしょうし,それでは満足できないという方もいると思います。もっと深い内容を伝えたいと考える人,もっと広い読者に読んでもらいたいと考える人など。自分はどういう心持ちで本を執筆するのかを意識するのは大事だと思います。

竹馬:たしかに,同人と商業では同じ心持ちにはならなそうです。

結城:私はもともと,ベストセラーよりもロングセラーを作るのが好きです。長く売れる本,長く読まれる本が好きなんです。増刷がかかってくれると,自分の時間を使わなくても収入になってくれますし。現在私は数学物語のほうにシフトしていますが,それは私の性分に合っています。古くならない本が好きです。そういう意味では数学に関わる本を作るのは好きですね。

著者プロフィール

竹馬光太郎(ちくばこうたろう)

フリーランスで先端技術の導入などを行う。

GitHub:mizchi
Twitter:@mizchi
URL:https://mizchi.hatenablog.com/