ソースコード・リテラシーのススメ

第5回英語に負けるな

日中はまだまだ暑いものの、ようやく朝晩は涼しい風が吹くようになりました。多少すごしやすくなったかと思うと、身体が暑さに慣れてしまっているせいでしょうか、さっそく寝冷えをして風邪気味になってしまいました。身体も考え方も、一度身についたものを変えるのは容易ではないようです。

さて、前回まではソフトウェアに付属の文書の種類や役割、インターネット上の情報の探し方といった話題を紹介しました。最近では、これらの情報の多くが日本語でも読めるようにはなっていますが、コンピュータ業界の標準語は英語なので、最新の情報やオリジナルの情報を調べようとする場合は英語のドキュメントを避けて通るわけにはいきません。そこで今回は、英語の技術文書の読み方のコツを考えてみようと思います。

「英語が苦手」という人へ

筆者は専門職大学院でゼミの指導をしたことがありますが、コンピュータ業界を目指そうという学生の中にも英語が苦手な人が多いことは気になりました。彼らの話を聞いてみると「英語の文書は読むのが面倒くさい」⁠読むのに時間がかかって大変」というような印象を持っている人が多く、「読むのが面倒だから読まない」⁠めったに読まないから、たまに読もうとするとさらに時間がかかってイヤになる」といった悪循環に陥っているように感じました。

筆者自身も大学院に進むころには英語の壁にぶつかった記憶があります。大学院に進み、研究者としての道を選んでまずしなければならないことは、その分野の基本的な文献を大量に読むことです。それらの文献の多くは英語の論文で、指導教官からは「最低でも1日1本の論文を読むこと」を求められましたし、ゼミの輪読では英文の教科書を毎週のように読み進めていく必要がありました。

そのような大量の英文を、中学や高校で学んだように一文一文をしっかり訳しながら読もうとすると、いくら時間があっても足りません。そのために身につけたのが、質よりも量を求める速読的な読み方です。筆者は、この「質よりも量」に考え方を切り替えることが、英語の技術文書を読む際のコツだろうと考えています。

英語技術文書の特徴

私たちが英語や国語の教科書で触れる文章は、高名な小説家やエッセイストが推敲を重ねた名文で、一行一行を味わうように読まされてきたように思います。しかし、実社会で読まなければならない技術文書は、そのような「名文」の類ではないと割り切ることが必要です。

本来、文書というのは他者に何らかの情報(メッセージ)を伝えるために書かれるものであり、中でも技術文書の類は、伝えるべき情報が間違いなく読み手に伝わることが最も重要です。著者もそのためにさまざまな工夫をしているので、一行や二行読み損ねたところで、全体の意味が間違って伝わることはまずありません。その程度に割り切って、質よりも量を重視した読み方をするのが、英語技術文書を読む際のポイントでしょう。

パラグラフ単位の「つまみ読み」

技術文書は芸術作品としての書かれたものではないので、⁠質」よりも「量」が重要だ、と言いました。そのような「量」を読むためのコツのひとつがパラグラフ単位の「つまみ読み」です。

ある程度まとまった文書の場合、文書全体は複数の「章」から構成されており、各章は内部に複数の「節」を持ち、それぞれの節は「パラグラフ(段落)」というまとまりから構成され、各パラグラフは複数の文から構成される、という構造になっています。このような構造の文書では、文ではなくパラグラフを最小単位と考える方が、全体像を読み取りやすくなります。

たいていの英語技術文書では、それぞれのパラグラフは最初の数行でそのパラグラフで主張したいことを述べ、残りの行はその主張の根拠や補足を述べるようなスタイルになっています。すなわち、パラグラフが多少長くても、そのパラグラフの主張は最初の1、2行にあるので、残りの部分は読み飛しても著者の意図を読み損なうことは少ない、ということです。

もちろん、最初の数行では現状や問題点を論じ、著者が主張したいことはその後から述べる、という表現上の工夫をする例もよく見られます。しかし、そのような部分は前後と話の流れが異なっているので気がつくことが多いですし、別に最初の1、2行しか読んではいけないわけではないので、著者の主張に疑問を感じたら、適宜そのパラグラフを読み進めてみればいいでしょう。

ただし、1つのパラグラフに時間をかけすぎて、全体の思考の流れを損なうことがないように注意しましょう。1つのパラグラフに集中してしまうと、それまでの議論の流れを忘れてしまい、再度頭から読み直すはめに陥りがちです。たいていの文書は「節」の単位で1つの話が終わるので、少々不明瞭なところがあっても「節」の終わりまでは立ち止まらずに読んでしまう方が著者の思考の流れを追いやすく、内容を理解しやすくなるはずです。

「つまみ読み」の実例

⁠つまみ読み」が本当に有効なのか、実際の文書で確かめてみましょう。例としてGNU Emacsのinfoファイルの"Introduction"の章を取りあげてみます。紙幅の都合で、以下では各パラグラフの後半を省略していますので、元の文章に興味のある人は、ターミナルでinfo emacsを実行したり、EmacsからM-x info emacsを実行して、全体を眺めてみてください。

  You are reading about GNU Emacs, the GNU incarnation of the advanced,
 self-documenting, customizable, extensible editor Emacs.  (The `G' in
 `GNU' is not silent.)

最初のパラグラフは全体が1つの文なのでざっと目を通してみます。incarnationと言った見なれない単語がありますが、前後を見ると「Emacsは高機能なエディタである(先進的で、自己解説機能を持ち、カスタマイズが容易で...)」と言っていることがわかります。

    We call Emacs advanced because it provides much more than simple
 insertion and deletion.  It can control subprocesses, indent programs
 automatically, show two or more files at once, and edit formatted text.
 ....

このパラグラフでは先頭の文で「Emacsを先進的と呼ぶ理由は、単に挿入と削除といった(エディタに必要な)機能よりもずっと多くの機能を提供しているからである」と、最初のパラグラフで使った"advanced"という言葉の意味を説明しています。2行目以降はそこで述べた「多くの機能」の例をあれこれ羅列しているに過ぎません。

    "Self-documenting" means that at any time you can type a special
 character, `Control-h', to find out what your options are.  You can
 also use it to find out what any command does, or to find all the
 ...

このパラグラフでも先頭の行で、最初のパラグラフにあった"Self-documenting" という言葉を説明し、"Control-h" を押せば、どのようなオプションが指定できるかがわかるということを述べています。2行目以降は、その機能が他にどのような場合に使えるかの補足説明です。

   "Customizable" means that you can alter Emacs commands' behavior in
 simple ways.  For example, if you use a programming language in which
 comments start with `', you can tell the Emacs
 ...

このパラグラフでも、最初のパラグラフで述べた"Customizable"という言葉の意味を先頭の行で説明し(「Emacsのコマンド類の動作は簡単に変更できる」)、以下の行ではその使い方の具体例を述べています。

    "Extensible" means that you can go beyond simple customization and
 write entirely new commands--programs in the Lisp language to be run by
 Emacs's own Lisp interpreter.  Emacs is an "on-line extensible" system,
 which means that it is divided into many functions that call each
 ...

同様に、このパラグラフでも最初のパラグラフにあった"Extensible"という言葉の意味を先頭の行で説明し(「単なるカスタマイズに留まらず、新しい機能を追加することも容易」)、以下の文ではそれをどうやって実現しているのかの説明になっています。

   When running on a graphical display, Emacs provides its own menus
 and convenient handling of mouse buttons.  In addition, Emacs provides
 many of the benefits of a graphical display even on a text-only
 ...

最後のパラグラフでも、先頭の行で「グラフィックス画面で起動すれば独自のメニューやマウス機能が使える」旨を説明し、次の文以降は「それ以外にもあれもできる、これもできる(In addition,,,)」といった機能を紹介しているに過ぎません。

このように見てみると、この章では最初のパラグラフでEmacsの売り文句(advanced, self-documenting, customizable, extensible)をざっと並べて、それ以降のパラグラフでそれぞれの売り文句をより詳しく説明していく、その説明の仕方も先頭の文でまず大事なことを述べて、それ以降の文では先頭の文への追加や補足の説明をする、という ⁠概要を示してから細部に進む」 構成になっています。

このような構成の場合、細部の説明にこだわると全体の流れをつかみ損ないがちなので、各パラグラフの先頭の数行を読んでいく「つまみ読み」の方が著者の思考の流れを読み取るのに有効と言えます。

英語技術文書では多くの場合、この例のように「概要を示してから細部に進む」という構成になっています。頭からまんべんなく読み進むのではなく、その文書の構成に注意してメリハリを付けて読むことが、英語技術文書を効率よく読むためのコツです。

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