ソースコード・リテラシーのススメ

第6回 辞書を引く技術/引かない技術

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日中は残暑が厳しいものの,朝夕はずいぶん涼しくなって夜の時間も長くなってきました。「灯火親しむころ」とばかり,久しぶりにじっくりと本を読もうとしてみても,最近はウェブ閲覧時のクセで,一冊の本に集中できる時間がずいぶん短くなってしまいました。本連載では技術文書に対しては速読や乱読を進めていますが,その一方でじっくりと一冊の本を熟読する機会も失いたくないものです。

さて,前回は大学院生時代に教わった,論文を手際よく読むためには結論から先に読んでおく,という方法を紹介しました。この読み方と共に当時の先生から教わったのが「知らない単語があっても辞書は引くな」という考え方です。

「論文は結論から先に読む」という方法を乱暴と感じたように,「辞書は引くな」という考え方も,当初は「知らない単語の意味を調べずには英文を理解できない」と感じました。しかし,実際に辞書を引かずに単語の意味を推測しながら読むことに慣れてくると,その方が論文そのものに対する理解も深まるように感じました。

自分なりに,辞書を引く読み方と引かない読み方を比較したこともあります。手元に辞書を置き,わからない単語は辞書で確認して単語の下に意味をメモしながら読み進めてみると,それぞれの単語の意味は明確になるものの,辞書を引くことに意識がそがれて,文章全体の意味や著者の主張はむしろ曖昧になりやすく,知らない単語の意味を最後まで調べた上で,全体を再度読み直すことになりがちでした。

一方,辞書は引かずに,知らない単語もその意味を推測しながら読むようにしてみると,知らない単語の意味はぼやっとしているものの,その前後の主張を繰り返し吟味するためか,一度読み通すだけでほぼ内容が理解できるように感じました。辞書を引かずに章や節のまとまりを読み通した後で,キーワードになっていそうな知らない単語を改めて辞書で引いてみると,推測が正しくてうれしかったり,間違っていたため,なぜ間違ったのかと改めてその単語の前後を読み直して著者の意図をとらえなおしたりして,より理解が深まるように感じました。

このような経験から「知らない単語があっても辞書は(できるだけ)引かない」というのは英語文書を読む際のコツのひとつだと考えるようになりました。今回はこの方法について考えてみたいと思います。

知らない単語は読み飛ばす

前回,「つまみ読み」という方法を解説した際にも触れましたが,たいていの技術文書は一語一句をくまなく読まなくても理解できるように書かれています。また,一つの文の中でも中心になる部分とそうでない部分があるので,著者の主張の中心部分とは異なるところに出てきた知らない単語は無視して読み飛ばしてしまうというのも一つの手です。

前回紹介したGNU Emacsのドキュメントの最初に出てきた "the GNU incarnation of .." のincarnationという単語は,ここでの著者の主張(GNUEmacs の特徴の例示)とは直接関係がなさそうなので,「GNU版の何か」程度くらいの認識で読み進めていくことが可能です。

ユーミンのアルバムや昔の映画のタイトルで「リーインカーネーション」(生まれ変わり,再生)というのがあり,その言葉を知っている人は "re-incarnation" から"incarnation"の意味(宗教的には「肉体化」とか「肉体の示現」といった意味ですが,ここではそれらを踏まえた「実装」とでも訳すのが適当でしょう)を推測することが可能になります。後で説明しますが,知らない単語でも,部分に分解して接尾辞や接頭辞,語根等から考えるとその意味の見当が付くことがよくあります。

文脈の中で意味を推測する

一方,この単語の意味がわからないと文全体の意味もわからない,といった場合もあります。これも前回紹介した Emacs の info ファイルからの例です。

 "Customizable" means that you can alter Emacs commands' behavior in simple ways.

この文章の場合,"alter" というあまり見かけない単語が使われいて,どうやらこの語がこの文の中心的な部分を占めていそうなことを感じます。そのような場合は単語の意味を前後の文脈から推測していくことになります。

単語の意味を推測する場合,まず最初に考えないといけないのは,その単語が名詞なのか動詞なのか,あるいはそれ以外なのかということです。技術文書の場合,重要なのはたいてい名詞か動詞で,それ以外の形容詞や副詞などは読み飛ばしても致命的な問題になることは少ないでしょう。

もちろん,RFCのように,must や should,may といった助動詞に重要な意味が込められている文書も存在するので注意が必要です。

また,たいていの英語の文章は「主語 + 述語 + 目的語」という構造をしているので,意味を知らない単語が主語にあたる場合は述語と目的語から何がそのようなことをするのか,目的語にあたる場合は主語と述語から何をしようとしているのか,述語がわからない場合は主語と目的語の関係からどのような動作や行為が考えられるか,それぞれ推測していくことになります。

上記の例文では,alterはcanという助動詞がかかっていることからも述語にあたる動詞であることがわかりますし,文章の全体から"Customizable"という言葉を説明する部分で使われていて,主語(you)も目的語(「Emacs のコマンドの動作は単純な方法で」) も分かるので,あとは主語と目的語の関係からalterは「変える」とか「設定する」といった意味を持つ単語だろう,ということが推測できるでしょう。

このあたりは方程式の数と変数の関係のようなもので,文を構成する「主語+述語+目的語」の3つの要素のうち,2つがわかれば残りの1つを推測することは比較的容易なのに対し,1つの要素しか分からない場合はその文だけから意味を推測することはかなり困難です。そのような場合は前後の文章の流れから何を言おうとしているかを考えることが必要になります。前回紹介した「つまみ読み」の場合では,最初の文だけではなく,2つめ,3つめの文も合わせて読んで何を言おうとしているのかを考えることが必要となります。

著者プロフィール

こじまみつひろ

Plamo Linuxとりまとめ役。もともとは人類学的にハッカー文化を研究しようとしていたのが,いつの間にかミイラ取りがミイラになってOSSを仕事にするようになってしまいました。最近はスペシャリスト養成を目的とした専門職大学院で教壇に立ったりもしています。

URLhttp://www.linet.gr.jp/~kojima/Plamo/index.html

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