エンジニアのための「失敗学」のススメ

第1回「失敗学」とは

第1回の今回は、⁠失敗学」および本特集の概要について説明したいと思います。

「成功体験」の限界

昨今の書店の店頭には、⁠成功する秘訣」を記した書籍が山のように積まれています。

これらの書籍では多くの場合、成功した人にとって「印象的な成功要因」が語られていますが、成功した人にとってことさら言及するまでも無いと思える「常識」や、幸運な「偶然」については言及されませんから、⁠成功事例」をなぞったとしても、成功を再現できるとは限りません。

例:

登山家の書いた著書だけを頼りにヒマラヤに登頂しようとしたならば、遭難するのは火を見るよりも明らかです

また、⁠成功事例」をなぞることで成功を再現できた場合、往々にしてマニュアル化・定型化(ソフトウェアで言うなら、フレームワーク化・ライブラリ化)が進められますが、そういったことが徹底された場合、原理・原則や背景に対する理解は時と共に薄れやすくなりますから、前提とする条件が突然変化した際には対応できない、といった事態に陥りがちです。

例:

普段から整備されたメインストリートしか通ったことがない人は、事故や渋滞を迂回しようと入り組んだ脇道にそれた途端、方角を見失ったり一方通行の制約を受けるなどして、簡単に迷ってしまいます

「成功」への到達を強く意識するあまり、特効薬としての成功要因を求め勝ちですが、⁠成功」の陰で積み重ねられた無数の「失敗しないための対策」や、あるいは「失敗」した際の「根本的な原因⁠⁠/⁠適切な対応」といったものに光を当てよう、というのが失敗学の考え方です。

「責任」よりも「原因」

失敗学では、失敗の要因は10の要因に分類されています。

表1 失敗の10大要因
 要因概要
1 未知 既知の対策が通用しない未知の領域に由来すること
2 無知 知識の欠落により既知の対策を実施できないこと
3 不注意 本来防げていたものが注意力の低下により防げないこと
4 不遵守 本来守るべき約束・習慣・規則が守られないこと
5 誤判断 判断における基準・手順・検討項目等に誤りがあること
6 調査・検討不足 判断に用いる情報の量や質、判断そのものの深さが不十分なこと
7 制約条件の変化 前提としている事柄が想定外の変化をすること
8 企画不良 計画自体に無理があること
9 価値観不良 内部の価値観が周囲の価値観と著しく乖離してしまうこと
10 組織運営不良 組織が正常に運営されていないこと

ここに挙げた各要因ごとに失敗経験を挙げだしたなら、誰もが枚挙に暇がないのではないでしょうか?

失敗学の提唱者である畑村洋太郎氏が「千三つ」⁠成功するのは1,000回のうち3回)という言葉を度々使用しているように、失敗学では「失敗はありふれたもの」というのが大前提となっていますから、無闇に失敗を恥じることはありません。

とくに、新たな知見をもたらしてくれることから、⁠未知」に起因する失敗は良い失敗とみなされています。

また、個人レベルで見れば「無知」も一種の「未知」ですから、⁠よい失敗」にこそ分類されていませんが、⁠無知」による失敗よりも、それを恐れて挑戦をしないことに対して注意を喚起しています。

つまり失敗学では、失敗は「忌避」するものではなく、その先の成功のために「利用」するものなのです。

ただし注意して欲しいのは、失敗学における「良い失敗」⁠失敗はありふれている」という考え方は、⁠失敗は良いもの」⁠失敗しても構わない」という考え方とは異なります⁠無闇に失敗を恥じる」必要は無いと言いましたが、⁠恥ずかしい失敗」というものが無いわけではありません。

また、たとえ失敗学的には「良い失敗」であっても、それによってもたらされる被害に対する免責が成立するわけでもありません。⁠原因」「責任」のうち、失敗学で扱うのは「原因」についてのみである、というだけです。

本特集の位置づけ

筆者の所属する株式会社アスケイドでは、新入社員の導入研修において:

  • 自分の失敗に対する振り返り
  • 失敗予防の対策立案および実施

といったことを研修者に「意識的」に取り組ませる、という失敗学的なアプローチを組み入れています。

すでに用意された「手順書」で予防しようとすると、先述したように「マニュアル化」の弊害がありますので、何をどのように予防するのかは、研修者が自分で考えるようになっています。

本特集では、弊社でのこのような取り組みにおける研修者の振る舞いを筆者が個人的に観察、考察した結果を、失敗学に関する取り組みの一事例として紹介させていただく予定です。

弊社での失敗学に対する取り組みの歴史自体も浅く、決して多くない事例を元にした考察ですので、必ずしも一般性を持っているとは限りません。

また、考察はあくまで筆者の個人的見解であり、能力・適性が無いことで失敗・挫折した個人的な経験を元にしていますので、極めて「悲観的」な状況を前提としている可能性もありますが、凡庸な能力で成果をあげるために、悪戦苦闘した末に辿り着いた考察の1つとして参考になれば幸いです。

参考資料紹介

本特集では各回ごとに、取り扱うトピックに関してより詳細を知りたい方に、お勧めの参考資料を紹介したいと思います。

今回は失敗学の概要説明でしたので、失敗学について学ぶ上での導入に適したものを紹介します。

「失敗学のすすめ」

失敗学の提唱者である畑村洋太郎氏による、失敗学の入門的位置づけの書籍が、失敗学のすすめです(本特集のタイトルもここから頂きました)。

具体的な事例を交えながら、失敗学全般について丁寧に書かれていますので、失敗学について詳しく知りたいのであれば、まずはこの書籍から入るのが良いでしょう。

持ち歩いて気軽に読める文庫版という点でも本書はお勧めですが、⁠もう少し分量が少ない方が…」という方には、著者は違いますが新書版の「失敗をゼロにする」のウソがお勧めです。

「だから失敗は起こる」

NHK教育テレビで放送されている知るを楽しむにおいて、畑村氏が出演していた放送分のテキストに、放送内容を収録したDVDを加えたものが、だから失敗は起こるとして販売されています。

映像資料と畑村氏の語りが加わることで、個々の失敗事例の臨場感が格段に増しますので、⁠文章を読むのはちょっと…」という方にもお勧めできます。

図解雑学シリーズ「失敗学」

「失敗学のすすめ」が入門書なら、図解雑学シリーズの失敗学は、折に触れ振り返って確認するのに便利な、ハンドブック的位置づけにあると言えます。

図版を多用した簡潔な内容になっていますので、失敗学を知るための入門用に使うにはちょっと物足りないですが、要点に目を通して再確認したりするのにはうってつけです。

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