エンジニアのための「失敗学」のススメ

第3回 失敗の「病理」学

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前回述べた心理的な問題を克服し,過度に落胆すること無く自分の失敗に向き合いさえすれば,すべてが解決するかと言うと,残念ながら必ずしもそうではありません。

最初のステップとして「失敗に向き合うこと」が重要であるのは確かですが,1つ1つの症状から医者が病気の原因を特定していくように,失敗に向き合った上で失敗の原因を徹底的に掘り下げることが必要です。

さて,失敗の原因を掘り下げるとは言いましたが,いざ「失敗の原因は何か?」と大上段に構えても,得てして何も考えつかないものです。

もしもズバズバと失敗の原因がわかるようであれば,それだけわかっていながら失敗を防がなかったということですから,むしろ道義的に如何なものかと思います。

しかし,考え付かないからといって何もしないのでは意味がありません。

そこで,まずは俎上に上がっている失敗に対して,防止策を考えることから始めてみましょう。

防止策を考えたなら,それを徐々に改善していくことで,失敗の原因(あるいは根治方法)へと迫っていきましょう。

具体性~脱「精神論」

ありがちなのは,原因を深く追求しないままに,「良く考える」「頑張る」「気を付ける」といった精神論的対策を立ててしまうケースです。

これら精神論的対策は,何の役にも立たないどころか,対策を立てたつもりになって思考停止状態になってしまう点で,対策を立てないよりもタチが悪いかもしれません。

たとえば,弊社の新入社員研修において,研修者に「技術文書を適切に書けていない」という「失敗」に対して防止策を考案させた場合,大抵は「文章の書き方に気をつける」とか「ちゃんとした文章を書く」といったものになってしまいます。

しかし,この対策は

  • これまでも自分なりに「ちゃんとした文章」のつもりだったのでは?
  • 「ちゃんとした文章」で無いことを,その時点で自覚することは可能なのか?
  • そもそも「ちゃんとした文章」とはどういう文章のことなのか?

といった点で,如何に実質無策であるかがわかるのではないでしょうか?

世のビジネス書が「目標は明確に」と主張するのと同じように,失敗防止の対策を講じようとする場合,具体的でなければ意味がないのです。

しかしその一方で,「ちゃんとした文章を書く」という対策を具体化しようとすれば,あまりにも雲を掴む様な漠然とした話ですから,早晩行き詰るのが落ちです。

確かに「ちゃんとした文章」を定義することは非常に難しいですが,「駄目な文章」を定義することはそれほど難しくありません。なぜなら,今まさに問題点が指摘されている研修者自身の文章が, 紛れも無く駄目な文章の例なのですから,指摘された失敗の防止策を考えればよいのです。

局所最適に陥ってしまう可能性もありますので,このアプローチが常に妥当とは限りませんが,少なくともスキルレベルがあまり高くないうちは,比較的効果のある方法だと思います。

たとえば弊社では,研修者の文章に対して,以下のような問題点を徹底的に指摘するようにしています。

  • 理解している単語で書かれているか?
  • 理解している述語で書かれているか?
  • 主語と述語の対応は整合性が取れているか?
  • 修飾・披修飾の関係に紛らわしさは無いか?
  • 直前までに書かれた内容との不整合は無いか?

こうやって列挙すると,極めて基本的なことですが,「ちゃんとした文章」が書けない人は,そもそもこの水準ですらクリアできていません。

しかし,上記のような点を繰り返し指摘されることで,「ちゃんとした文章」「駄目な文章」という漠然としたものではなく,具体的な問題点が見えてきますから,次第に「失敗」を防止するための対策が立てられるようになるわけです。

もちろん,必ずしもすべての人が「対策を立てて実践」できるようになるわけではありません。

たとえば「主語と述語の対応関係の不整合」を繰り返し指摘された際に,個別の指摘そのものは理解できても,それらの指摘を「主語と述語の対応関係の不整合」という一段抽象的なレベルで把握できるようになるまで,非常に時間を要する人もいます。

「駄目な文章(or ちゃんとした文章)」(抽象度:高)と,個々の具体的な指摘事項(抽象度:低)両極端な抽象度でしか捉えられない人もいるかもしれません。

あるいは,あまりにも基本的な点を指摘されていることに対して,その事実を認めることができない人もいるでしょう。仮に指摘された事実は認めても,「そのうち自然に解消される」(根拠無く)楽観している=過剰な想定達成率を期待しているような人もいると思われます。

このような場合,前回述べた心理的な問題を直視しない限りは,早々に過剰な落胆に見舞われてしまいます。

そういう意味では,基本的な点を指摘されていることを認めた上で,「ちゃんとした文章を書けなくても良いという覚悟の元で「面倒な対策は実施しない」という判断を下す方が,幾分かはマシと言えるでしょう。

もっとも,大概の場合は「覚悟を決めている」のではなく,「そのうち自然に解消される」ことを期待している(あるいは起死回生の一発逆転策が無いか探している)場合の方が多いと思います。

このような状況において,どのように対処すればよいかは,正直なところ筆者もよくわかりません

少なくとも,「ロジカルシンキング」のような思考方法を習得する,といった「技術的方向」と,前回述べたように「隠れた才能の発現願望」を捨てるといった「心理的方向」の両方からのアプローチが必要なのではないか,と筆者は考えています。

著者プロフィール

藤原克則(ふじわらかつのり)

Mercurial三昧の日々が嵩じて, いつの間にやら『入門Mercurial Linux/Windows対応』を上梓。凝り性なのが災いして,年がら年中アップアップな一介の実装屋。最近は仕事の縁が元で,OpenSolarisに入れ込む毎日。

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