だれも教えてくれなかったコンテンツビジネス儲けのしくみ

第5回 コンテンツビジネスは,なぜ金の管理がルーズでも生き延びられるのか

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人のコストがメインになるものは,ごまかしがききやすい

人材募集の告知をリクルーティング関連のサイトに掲載し始めると,税理士の加藤が米田にある人物を紹介したいと連絡してきた。人材募集広告を見て,事業内容に興味を持ったのだという。最初は求職者かと思ったが,そうではなく,コンサルタント会社の経営者だった。コンテンツ事業に関心があり,情報交換したいのだという。加藤の話によれば会って損のない優秀な人物だというので,会うことにした。

その人物,土屋当歳(つちや とうさい)は,米田の事務所にやってくると無遠慮に事務所の中をじろじろを見回した。30後半くらいの男で,がっちりした体躯と鋭い目をしている。身体になじんだジャケットとジーンズ姿はラフなのだが,妙に威圧感がある。申し訳程度の打ち合わせスペースに案内すると,今度は米田の顔をじっと見つめた。

⁠はじめまして,米田と申します」⁠

名刺を差し出すと,

⁠ああ,どうも。加藤さんから噂は聞いてます。土屋です」⁠

初めて言葉を発した。名刺交換をすませて腰掛けると,土屋は軽く自己紹介をし,それから米田の始めようとしている事業についてくわしく聞きたがった。米田は,妙に人なつっこく,詮索好きな土屋をいぶかしく思いながらも話を続けた。

ひととおり,米田の話を聞いた土屋は,おもむろに口を開いた。

⁠言っちゃ悪いが,計算が甘い。キャッシュがショートするのは目に見えてる。コンテンツビジネスってのは,とどのつまり,人件費がポイントだろ。自分や社員の給料を止めりゃ,仕事を続けられる。だからなんとかなるって思っちまうんだ。オレに言わせれば,それはビジネスじゃない。趣味だ」⁠

裁量労働制でも労働時間は設定されている

突然のぶしつけな発言に米田はむっとした。

「……詳細はご覧に入れられませんが,ちゃんと資金計画,キャッシュフローの予想も作ってあります。ご心配には及びません」

「人件費は,君が考えているよりも多くかかる」

土屋は自信満々に言い返してきた。

「社会保険の費用や残業代を加味していないだろう? それに有給休暇をとられると,その分ほかの人間に働かせることになるから,実質労働コストが上がる。ブラック企業と呼ばれてもいいなら別だが,そうじゃないんだろう? 繰り返しになるけどな。コンテンツビジネスとかコンサルティングとか,人のコストがメインになるものは,自分や社員が我慢すればなんとかなるからごまかしがききやすい。金がなくなったら,ちょっと給料を待ってもらえばいい,なんてな。そうやって生き延びてる。でも,それはビジネスじゃない」

「ブラック企業なんて考えてません。ちゃんとビジネスしたいと思ってます。残業代までは考えていませんでしたが,裁量労働制にすればいらないんじゃないですか?」⁠

⁠おいおい,仮にも経営者がそんなこと言っちゃいけない。裁量労働制だって,労働時間が設定されているんだ。たとえば9時間労働だったら,それを超えた分は残業手当が必要になる。それだけでなく,深夜や休日の労働コストは別途プラス分を払わなきゃいけない。ずっと固定の給与を払ってりゃいいってもんじゃない。コンテンツ商売やってる連中は,経営者も社員も金について甘すぎる」⁠

そうだったのか……米田は驚いた。

「それに,入金のタイミングも企業によって違うってのを忘れてるだろ。2カ月先,3カ月先に支払う会社はざらにある。どの会社も1カ月後に入金してくれるなんてことを考えていると,とんでもないことになるぞ」⁠

「いや,しかし僕の経験では翌月がほとんどでした」

「そりゃ,ルーティンで回っている仕事か,金額が10万円以下の稟議不要で簡単に通るものだったんじゃないのか? 新しい契約先にはどこも冷たいもんだぞ」⁠

疑うよりも,信じて失敗するほうがコストが低い

「……おっしゃるとおりかもしれません」

冷や汗が流れてきた。もしも土屋の言うとおりだとすると,キャッシュフローは見直ししなければならなくなる。計画のやり直しを考えると,いささか気が滅入った。

「計画を変えるのはちょっと面倒だよな。場合によっては資本金を足さなきゃいけなくなる」

土屋の口調が穏やかなものに変わった。おや? と米田は思う。

「手伝ってやろうか?」

「え?」

「オレが君のとこに出資すれば,当面の資金需要はまかなえる。計画の見直しも楽になる」

「せっかくのお言葉ですが……」

「引いてるな。初対面の人間に『金だしてやる』って言われて,すぐに信じないのはいいことだ」

「少し考えさせてください」

「時間は最も価値のあるリソースだ。軽々しく『考えさせてください』なんて言うんじゃない。オレの経歴や実績は,ここに書いてあるとおりだ。ウソ偽りない。これでこの場で判断できなきゃ,お前はこれから何度も絶好の商機を逃すことになるぞ」

土屋は米田の目の前に,数枚のコピーを差し出した。土屋の会社の概要と彼自身の略歴が載っている。これだけで判断しろというのか? 無茶だ。断ろうと思った米田は,昔佐久間に言われた言葉を思い出した。

あるプレゼンで佐久間と同行した際のことだ。先方の担当者のひとりが妙に知ったかぶりで,佐久間に突っかかってきた。帰りの電車の中で佐久間は言った。

「世の中には,いろんな人がいるもの。今日みたいに意味もなく突っかかってくる人もいる。ウソをつく人もいる。人は平気でウソをつくし,約束を破る」

入社したてだった米田は,そういうものかとうなずいた。

「相手の言うことをあまり真に受けないほうがいいんですね」

「あ,それはちょっと違う。用心深いことは悪いことじゃないけど,効率的ではないの。疑ってかかるよりも,信用することから始めたほうが,ずっとコストは低い。失敗を織り込んでもね。それに人生楽しくないしね」

人を信用して失敗することをコストと考えるのが,米田には新鮮に聞こえた。そして,⁠疑うよりも,信じて失敗するほうがコストが低い」というのも驚きだ。慎重に物事を判断したほうが無難,という常識を否定された。

佐久間に言われたように,土屋を信用してもよいのだろうか? いや,待て,これは自分の会社の経営権の問題だ。安直に判断していいはずがない。熟慮すべきなのはたしかだが,そもそも判断に必要な情報はすでに出そろっている。わからないのは,土屋のねらいと人となりだ。

著者プロフィール

一田和樹(いちだかずき)

11月6日東京生まれ。バンクーバー在住。

シンクタンクにてIT関連市場調査,製品開発を担当,独立後,インターネットプロバイダなどIT企業の役員,社長を歴任。人材育成にも長け,社長を務めた会社の社員の半数が起業した。

2010年島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。サイバーセキュリティミステリを中心に執筆,その他,ファンタジーやマンガ原作などもこなす。筆が速いことと,多彩な芸域が特徴。

@K_Ichida

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