『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第6話 Antichrist 裸のソーシャル王子

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ある国に若く聡明な王子がいました。その名をソーシャル王子といいます。若い頃から勉学に励み,諸国の事情にも通じておりました。しかし早とちりな面もありました。新しいものに飛びついて失敗したことも1度や2度ではありません。

ある日,ソーシャル王子のもとに旅の僧がやってきました。神の伝道師だといいます。

─⁠─よくわからないが,後学のために話だけは聞いておくか

父親である王様は,うさんくさいヤツと思って会いませんでしたが,ソーシャル王子は会うことにしました。

伝道師は見上げるほどの長身に白い僧衣をまとい,長い白髪と白髭を風になびかせていました。背は高いのですが,やせているために遠目に見ると,あまり存在感はありません。しかし謁見の間で,伝道師を前にしたソーシャル王子は,その迫力に驚きました。感じたことのない畏れが王子の全身を満たしました。近距離だとオーラが何十倍にも増幅されるようです。

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  • 「人間はすべて友達であるべきです」

それだけ聞くとどうということのない言葉ですが,すでに畏怖を感じているソーシャル王子には,神の言葉のようにありがたく思えました。

  • 「友達にはすべてをさらけ出すべきです。隠し事があってはなりません」

伝道師は続けて言いました。なぜか王子は涙してしまいました。そして心の底から,隠し事をしてはいけないと思いました。

  • 「あなたは,私の友達だ」

伝道師はそう言うと,王子の手を握りました。思わず,王子も両手で握り返します。

  • 「さあ,互いにすべてをさらけ出すのです」

伝道師は,そう言うと僧衣を脱ぎ捨てました。僧衣の下は全裸でした。乳首に⁠好き⁠と書いたシールが貼ってあります。警護の兵が駆け寄ってきましたが,王子はそれを止めると,自分も服を脱いでしまいました。そしてあろうことか,伝道師の乳首のシールを指先で押してたのです。思わず押したくなるようなシールなのです。すると王子の乳首にも⁠好き⁠のシールが現れたではありませんか。そうです。これはシールではなく,信者に神が与えたもうた⁠免罪符⁠なのでした。乳首を押してもらえばもらうほど,許しを得られるのです。問題はたくさん押されると,黒ずんでくることです。

  • 「天国の門を開くのです」

伝道師は王子を促しました。でも王子には意味がわかりません。

  • 「レバーを下げれば門は開く」

その言葉で王子は悟りました。そしてすぐに伝道師の股間で天を指しているレバーを押し下げました。すると驚いたことに,今度は王子のレバーが天を仰いだではありませんか。

  • 「門は開かれた。お前も他のものにレバーを下げさせて,天国をシェアするのだ。シェアすればするほど,天国は愛に満たされる」

ことの成り行きに仰天した兵士たちは,王子を伝道師から引き離そうとしましたが,王子は言うことをききません。伝道師のとりこになっていたのです。それだけではありません。兵士の中にも同調して全裸になってレバーを下げる者が出始めました。王宮は瞬く間に,全裸の⁠好き⁠乳首,レバー付きで満たされました。

  • 「お名前をうかがっておりませんでした」

再び鎌首をもたげてきた伝道師のレバーを押し下げながら王子が尋ねると,伝道師はおもむろに髭を撫でて答えました。

  • 「我が名はフェイス。友達を記録するブックの朗読者」

ソーシャル王子がフェイスに帰依したことで,⁠友達露出教⁠は一気に広がりました。インテリを気取っている知識層がこぞって参加し,友達の数を競うようになったのです。乳首に⁠好き⁠ボタンをつけた大人たちが全裸でレバーを押し下げ合いながら会話している光景は,傍から見ると頭がおかしいとしか思えません。庶民は,それを見て笑っていました。

しかしその庶民の間に,ナインという全裸で踊り狂う宗教が流行りだしました。レバー下ろしと会話を楽しむフェイス教徒に比べると,ナインは踊りながら知り合いを見つけ,無理矢理踊りに引っ張り込むという大変乱暴なものでした。仲間が少ないと⁠寂しいヤツ⁠というレッテルを貼られてしまうのです。とはいえ,若い男女が昼間から踊り狂い,周りの人間を引きずり込む様は,滑稽を通り越して地獄絵図に近いものがありました。

やがてソーシャル王子の国には,秘密というものがなくなってしまいました。なにしろ隠し事をしないことが美徳なのですから,行き着く先は全面公開。個人情報はおろか,財産や人生までもオープンソース化してしまったのです。オープンソースである以上,他人が勝手に利用,改変することもできます。人々は勝手に他人の家に入り,食べ物や服,金をとっていくようになりました。

その結果,ソーシャル王子の国には,あっと言う間に世界で一番貧しく,治安の悪い国になっていました。それでも狂信的な信者は,ソーシャル教によって原始共産制の世界が再現されたと主張し,これから本当の神の時代が到来すると言っていましたが,国内に餓死者が増えてくるとなにも言わなくなりました。そんなありさまでしたから国から逃げ出す者はいても,やってくる者はいません。ソーシャル王子の国は急速に衰退しました。

王子をはじめとする国民全員が「なにかおかしい」と感じ始めたとき,ひとりの子供がソーシャル王子の前にやってきて言いました。

  • 「ソーシャルは露出狂」

王子は,子供の言葉を耳にしたとき,悟りました。

  • 「親しき仲にも礼儀あり。秘すれば花。下げすぎたレバーは上がらない。親友にもほどほどの距離。朱に交わって赤くなったら破滅する」

王子が叫ぶと,周りの者も一斉に覚醒し,ソーシャルの国の人々は再び服を着るようになりました。

その後,王子は他人とほどほどの距離をとり,隠さなければならないことを隠す宗教「ほどほど教」の教祖となり,賢帝として君臨したということです。

著者プロフィール

一田和樹(いちだかずき)

11月6日東京生まれ。バンクーバー在住。

シンクタンクにてIT関連市場調査,製品開発を担当,独立後,インターネットプロバイダなどIT企業の役員,社長を歴任。人材育成にも長け,社長を務めた会社の社員の半数が起業した。

2010年島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。サイバーセキュリティミステリを中心に執筆,その他,ファンタジーやマンガ原作などもこなす。筆が速いことと,多彩な芸域が特徴。

@K_Ichida

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