グラフ仕事人六道数人~陥りやすいデータ分析の誤りと効率的なグラフの利用方法

第13回万能の散布図 その1:2つのデータ系列の比較では、自由度高く使える

本稿では直感でわかるデータ分析⁠2015年9月30日、技術評論社刊)の一部内容を参考にし、データなどを転載しています。

数人の出生の秘密が暴露されてからも、六道一家は変わらぬ日々を過ごしていた。いや、むしろ妹の鳳晏などは吹っ切れたせいか以前よりも明るくなったくらいだ。そのせいか母親の美希の機嫌もいい。美希はTシャツの種類で、その日の気分がわかるから簡単だ。バンドTシャツを着ているときは、だいたい機嫌がいい。

六道家で浮かない顔をしているのは主である様也だけだ。ワンナイトラブが露見したというのに弁解も謝罪もしない妻に怒ることもできず、実の息子でもない数人を追い出すこともできず、ただこの世の虚無と己の力のなさを噛みしめる毎日である。

その日の夕食は焼きそばだった。紅ショウガの色がいつもよりも心なしか濃く見えたとき、様也は悪いことが起きそうだと直感した。

  • 「お父さん、またデータの神様の怒りを買いそうなグラフを作ってらっしゃるようですね」

いちやはやく食べ終えた数人がコーヒーを淹れながら、顔中に青のりをつけて焼きそばを食べている様也に尋ねた。

  • 「え?」

顔を上げた様也の両眼に血の涙がにじんでいる。パブロフの犬のように、数人からグラフの話をされると条件反射が起きてしまい、血の涙が湧いてくる。

  • 「コーヒーショップチェーンの各店舗の利益率と売上を比較しているグラフのことです」

数人はさわやかな口調でそう言うと、焼きそばの皿を下げた後のテーブルに、様也の作った報告書を乗せる。

店舗別売上利益率(棒グラフ)
店舗別売上利益率(棒グラフ)
  • 「いっつも食事中にグラフの話をするのね。どんだけグラフ好きなんだよ。グラフとファックしてろ」

美希があきれた口調で中指を立てて見せる。

  • 「ははははは。いつもながら母さんのギャグはおもしろいなあ」

様也は引きつった笑いを浮かべたが、誰も笑わなかった。

  • 「愚昧な話題はスルーします。さて、あなたが知りたいのは売上と利益率がともに高い店舗と、ともに低い店舗です。さて最適なグラフはどれでしょう?」

数人が冷たい声でささやくように父親に問いかけ、淹れ立てのコーヒーをひとくちすする。

一方、様也は必死で回答を考える。報告書では棒グラフを使っていた。誰がどう考えたって、棒グラフだろうと思ったからそうしたのだが、数人の様子を見ていると間違ったようだ。ではなんだ? そこまで考えて、数人が折れ線至上主義者であったことを思い出した。

  • 「折れ線グラフだね!」

青のりのついた前歯を見せて様也が答えると、数人は優雅に目を伏せ、ため息をつく。

  • 「適当に答えましたね。地獄でデータの業火に焼かれますよ。まあ、そもそもコンサルタントという職業を選んだ時点で人間であることを捨てたようなもので火あぶりは確定ですけど。間違っています。折れ線グラフはグラフ界の中のスーパースターですが、いくつかの特殊な条件下においては他のグラフの方が適しています。データ系列がふたつで、それを同時に比較したり、傾向を見たりする場合に有用なグラフといえば……?」
  • 「ええとここまで出かかってるんだけどね。ははははは」

ひきつった作り笑いを浮かべる様也を、数人は冷ややかな視線でながめる。

  • 「この場合は、散布図です。ご覧なさい。データの神に祝福された美しいグラフを! 醜い棒グラフと比べてご覧なさい」

そして1枚の紙を置いた。そこにはふたつのグラフが描かれていた。

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