モヤモヤ議論にグラフィックファシリテーション!

第13回 「ホワイトボード」を使って議論を上手に進めたいと思っている人へ

この記事を読むのに必要な時間:およそ 4 分

グラフィックファシリテーターのやまざきゆにこです。さて,今回は,「どうやって議論をまとめているんですか?」「どうやって議論を構造化しているんですか?」という質問に答えます。

といっても,この質問を受ける度に,私の思考はいつも「???」と止まってしまっていました。議論を「まとめよう」とか「構造化しよう」なんて,考えたこともなかったからです。

一方で,「ホワイトボード」で上手に図式化されたり,議論が整理されていくのを見て,自分の描く「グラフィック」との大きな違いやギャップに驚くことが多々あります。

「ホワイトボード」上で議論しているときの視点と『グラフィックファシリテーション(※以下,GF)』の視点とでは何が違うのか。今回はそんな比較から,日頃の会議やブレストで使える思考のヒントを探してみました。

「本音」を削ぎ落とし過ぎてはいませんか?

Q1:「ホワイトボード」でも,絵を描けたらもっと議論が深まったりしそうでいいなと思います。

A1-1:もし「ホワイトボード」に描き足すなら,
「絵」ではなく,みんながつぶやいた「本音」

ある会議で,今後の戦略を(MECEを使って)"ヌケモレなく"10もの項目について検討しているとき,私が描いていたグラフィックには,2つの項目のことばかりが絵になっていたということがありました。

私は「みんなが一番力を入れたいのはここかあ」と思っていました。

でも,ふと「ホワイトボード」に目をやると,議論がきれいに表に納まっていてビックリ! 10もの項目すべてについて1つずつ全員で検討して,その中から重点項目を絞り込む議論をしている。その緻密さに感心すると同時に,「あれ? みんながやりたいのはこの2つなんじゃないの?」と驚きました。

GFでは,"フレーム"に納まりきらない「つぶやき」もつい拾ってしまう。しかも,それが一度ではなく二度も三度も聞こえてくると(それも1人だけでなく,3人,4人と同じことを言っていると),「本当はこう思っている」という「本音」が絵の中に残ってくるんです。

A1-2:経営者が知りたいのは,きれいな研修報告よりも
みんなの「本音」

GFを活用してくださる経営者の方から期待されることの1つに「うちの会社を第三者の目からどう見えるのか見てみたい」という声がありますが,その言葉の背景には,以下のような声があります。

  • 「いくら研修で本音を引き出しても,最終的なアウトプットにするとみんなきれいにまとめてきちゃうんだよ」
  • 「こうしたほうがいいという本音が出ているはずなのに,戦略に落とし込むと今までと何ら変わり映えがしない」
  • 「最終的に出てくるコメントは,みんな真面目なんだよ」

研修実施の目的やゴールには「ビジョン策定」「来期の事業戦略立案」「社員の意識改革」「組織活性」といったことを挙げられていますが,じつは経営者の方が知りたがっているのは,従業員の方々の「本音」なのだと感じます。「『本音』が見えないと『本気』になんてなれない」と言っているようにも聞こえます。

「ホワイトボード」にもし絵を描きたいと思うなら,それよりも,まずは皆さんのちょっとした「つぶやき」も意識して書き添えてみてはどうでしょう? 「発言」の背後にある意図や思いが目に見えるだけで,ぐっと議論が変わると思います。GFは「絵にすること」がフォーカスされやすいのですが,後々の議論の流れを変えてくれたり,堂々巡りの議論に終止符を打ってくれる力があるのは,実は,議論の合い間に聞こえてくるそんな「本音」の部分だと思うんです。

著者プロフィール

やまざきゆにこ

様々な議論の現場で,グラフィックファシリテーション(=グラフィックレコード+グラフィックフィードバック+グラフィックダイアログ)を実施する。300人超のシンポジウムから,企業も国籍も違う参加者の集まる研究会,組織を横断したプロジェクト,経営者・リーダークラスのビジョン研修,組織研修,顧客との協働プロジェクトなど多岐に渡る。企業・組織の事業判断・意思決定,プロジェクトや個人の意識・行動変革の一助になればと"絵筆を持って"活動中。

グラフィックファシリテーター(graphicfacilitator)は,やまざきゆにこの商標登録です。

グラフィックファシリテーション.jp:http://www.graphic-facilitation.jp/

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コメント

  • 顔は語る

    ホワイトボードを使って議論している時に、その書かれた内容が「平面的」、「動きがなくて固い感じ」がする、というのはよくわかります。それはきっと、ゆにさんの描くグラフィックの「柔らかい感じ」との対比によりそう感じるのだと思います。

    ホワイトボードに書きだされた言葉は、抽象度が高く、感情がのっていない言葉。それとの対比で言うと、「絵」には具体性があり、感情がのせられている、ということになります。

    具体性や感情とは、言い換えると「顔が見える」ということかな、と思いました。

    この連載の1回目にも確か、「顧客」という抽象的な言葉では抜け落ちてしまうその顧客の具体的なイメージを、グラフィックは男性か女性か、シングルかファミリーかといった視覚的イメージによって補うという話がありましたね。

    そういえばゆにさんの描くグラフィックには、顔が描かれているものが多い気がします。サーバーの絵にも顔がありますね。

    顔が描かれることによって、そこに主体性というか、人格が連想され、●●サービスというような抽象的な概念に対して、「誰が誰に対して●●を提供する」という主語のあるイメージが湧いてくるのかな。

    サーバーはモノだけど、そこに顔を書くと、サービスの提供者、奉仕する者、に見えてきますね。そうすると、顧客に喜ばれるようなサービスとはなんだろう?というような視点が出てくるのかもしれません。

    顔を描くことによって、そこに感情移入が生じて、共感を生み出しやすくなるのかも。

    Commented : #1  くろめがね (2008/07/28, 12:20)

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