ふつう,野菊である。ノコンギク,ユウガギク,ヤマシロギク,さらにヨメナなどをひっくるめてノギク,野の菊という。
本来のキクと区別してのこと。そちらは野ではなく栽培される。それも丹精こめてつくられ,とっておきが菊花展に出品される。あるいは華やかな菊人形をつくる。「菊の御紋章」などと呼ばれ,かつては「国花」にもひとしかった。
同じキク科でも,ノギクはまるでちがう。ひっそりと野にあって,つつましやかだ。痩せ地や河原や山地といった条件の悪い土地でもスクスクとのびて,白と黄色の清楚な花をつける。そんなところが俳人や歌人に愛されてきたのだろう。句集や歌集には,きっと野の菊がうたわれている。
秋草のいづれはあれど露霜に痩せし野菊の花をあはれむ
(伊藤佐千夫)
歌人左千夫には歌だけで終わらなかった。幼な恋の恋人を野菊にたとえた。つまり「野菊の如き君なりき」。野にあって清らかで,やさしい人。恋を恋とも思わないような少年の日の思いをつづった。
娘の名前は民子。早くに気のそまぬまま嫁にいって死んでしまった。幼いころからノギクが好きだった。伊藤左千夫の小説「野菊の墓」に語られているところでは,少年が葬式の日に見かけた花の印象が強かったようだ。
「不思議に野菊が繁っている」
弔いの人に踏まれても,なおスックと茎をのばし,青々とした葉をひろげている。
「民さんは野菊の中へ葬られたのだ」
多少ともおセンチな小説のせいで,ノギクはかよわげなイメージをおびているが,山野のどこであれ見かけるように,これはたくましい植物である。道ばたや放りっぱなしの埋め立て地にも,よく見ると,ノギクが点々とグループをつくって咲いている。
少しくわしくいうと,キク科にはキク属以外にもシオン属,ヨメナ属などがあり,おなじみのノジギクはキク属で開花は主として十一月,わりと遅い。シオン属のノコンギクやヨメナ属は,八月ごろから咲いていて,晩秋にまで咲きつづける。いずれも野性のつねで生命力にみちている。それでいて北海道では見かけないのは,寒さが苦手のせいだろう。
丈は50センチから1メートル。葉は長楕円形で,ふちに大ぶりの歯形がある。茎の先っぽに四つ,五つと花をつけ,花びらは白,たまに紫がかったのや,淡い黄色をおびたのがある。まん中の管状花は濃い黄色。
ノコンギクはヨメナとそっくりだ。植物学では冠毛の長短で分けるようだが,シロウトにはまず区別がつかない。「ヨメナ摘む」は季語になっているが,たいていはノコンギクを摘んでいるのではなかろうか。こちらは俳句にはなりにくいだけのこと。
ノギクと出くわすたびに注意していると,花のちがいがわかってくる。舌状の花びらの幅,花弁のひろがり,花弁同士の間隔が微妙にちがう。海岸など強い風にさらされるところでは舌が大きくて厚く,密生している。当然,茎も太く,葉が大きい。
風がこなくて日当たりのいいところでは,舌が細くて薄く,花弁の間隔があいている。風土に合わせ,ちがう種類が棲み分けているのだろう。
その点,ノコンギクは,ほどのいい大きさ,かたち,色合いをしている。小説「野菊の墓」は江戸川の矢切の渡しに近い農村を舞台にしている。少年が目にしていたのはノコンギクだったのだろう。野の草花にまじり,どこか隠れるようにして花をつけているものだ。

