草花の知恵

第16回 「森の忍者」

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とびきりフシギな花を一つといわれたら,即座にあげられる。コシノコバイモ(越の小貝母)である。ユリ科の植物で,身のたけ十センチばかり。

いたって小柄だが,同じように小さな花はいくらもある。コシノコバイモがフシギなのは,分布がかぎられていることだ。名前に「越」がつくとおり,越中・越後を中心とした本州中部の日本海側。北限は山形県鶴岡あたり。西は石川県,東は岐阜県北部。その一方で静岡県から伊豆半島にコシノコバイモの飛び地がある。どうしてこんなヘンテコな生態をもつのか,専門家にもわからない。

花の季節の短いことでも特色がある。咲くのは,せいぜい二週間。落葉樹林の林床などでひっそりと花をつける。小さい上に保護色のような緑の花なので,なおのこと見つけにくい。まごまごしているうちに季節が終わり,地上から消えている。そんな幻の花であって,森の忍者というものだ。

越の小貝母(コシノコバイモ)
画:外山康雄

越の小貝母(コシノコバイモ) 画:外山康雄

カタクリやキクザキイチゲと同じく春植物なので,いまのような夏には,むろん対面できない。居場所の見当をつけようにも,茎も葉もない。森や林が緑につつまれると,さっさと冬眠に入って夏を過ごす。ものみな生命力あふれた季節は,寝て過ごす偏屈者である。秋雨のころを迎えると,やっと目を覚まし,地下の鱗茎から根をのばしはじめる。このころに土を掘ると,ラッキョとそっくりなのが顔を出す。土をもどして,目じるしをつけておけば,忍者のシッポをつかんだぐあいである。

そんなに手のかかる花だが,手をかける値打ちはある。ラッキョから芽が出て,十センチばかりのびるとサヤ状の葉をつけ,葉柄からつり鐘形の花が一つ。花弁がわれて,中に蜜をためる。虫を誘う装置はそなえているが,なにぶんにもカタクリと同じ早春のころなので,クマバチやマルハナバチなどは飛んでいない。まだ送粉役がほとんどいないのに,ちょうどそのころ花をつけるのはどうしてか。この点でもよくわからない。

全体は小さいが,花はふつうのスケールなので,不つり合いに大きく見える。数少ない虫をおびき寄せる手段らしい。やがて二ミリほどの種ができる。先端に「エライオソーム」というのがついていて,これが匂いを出す。アリへのサインであって,アリに散布の役をつとめさせる。

もともと「越」地方にかぎられていたのが,静岡や伊豆に飛び地をつくったのは,アリが運んできたからだろうか? あるいは何かの土や樹とともに移ってきたのか。

花を咲かせ,種子をつくったあと,またもや大きく変身する。茎の先が一枚葉だけになり,サヤ状であったものがウチワ形に丸みをおびて大きくなる。この期間を入れても,コシノコバイモの生息期間は一ヵ月にみたない。ほんのかぎられた地上の温度でないと生きられない。ラッキョ型のエネルギー源が尽きてしまうせいらしい。

だからといって弱いわけではない。冬眠のあいだに鱗茎をつくり,それが一定の大きさに達すると,それで成長は打ち切りにして,茎と葉と花に集中する。短期間に種子をつくれば,上の面々はお役ごめん。エライオソームつきの種が地下で鱗茎をつくっていく。自転車操業のように慌しいが,やりくりの能力は抜群にある。

山裾や林は宅地用に目をつけられやすく,開発の手がのびると,やりくり上手でも,ひとたまりもない。生育地を保護区にしてもいいのだが,それをすると忍者探しの欲深い人間が入りこむ。いずれコシノコバイモは,文字どおりの「幻の花」になるのではなかろうか。

著者プロフィール

池内紀(いけうちおさむ)

1940年兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者。エッセイスト。

主な著書に『ひとり旅は楽し』(中央公論新社)『ぼくのドイツ文学講義』(岩波書店)『町角ものがたり』(白水社)など。『カフカ小説全集(全6巻)』(白水社)など翻訳書も多数。新刊は『森の紳士録』(岩波新書)。


外山康雄(とやまやすお)

1940年東京深川生まれ。新潟県浦佐で育つ。2002年南魚沼郡塩沢町に古民家を再生したギャラリー「野の花館」開設。

画集に『折々の花たち 1~4』(恒文社)『野の花の水彩画』『私の好きな野の花』『野の花 山の花』(日貿出版社)など。

外山康雄の野の花館:

URLhttp://www.toyama-yasuo.jp/

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