Software is Beautiful

第28回 米国におけるエンジニアのライフスタイル

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「神様」として扱われるエンジニア

先日,堀江貴文氏と対談したときに注1)⁠私がMicrosoft本社で働きはじめたときのことについて聞かれたので,⁠Microsoftでは,ソフトウェアエンジニアは神様のような存在なので,プログラミングに集中できるような環境作りが整っており,とても助かった」と答えた。

神様というのは若干誇張だが,Microsoftのような企業にとってソフトウェアエンジニアは,球団にとっての野球選手のような存在だ。営業やマーケティングがいくら頑張っても,ソフトウェアエンジニアが「価値のあるソフトウェア」を作り続けない限りは,会社の存在価値がなくなってしまうのだ。

Microsoftではソフトウェアエンジニアには個室が与えられていた。集中して働きたいときには,ドアを閉めて外のノイズに煩わされずに仕事ができるようにである。会社は,シアトル郊外のレドモンドという住宅地に作られており,そのおかげで,ほとんどのエンジニアは車で15分以内のところに住むことができた。PCの購入申請などの煩わしい仕事はグループの秘書役の人がすべてやってくれたが,それはソフトウェアエンジニアがプログラミング以外のことに時間を割くのは無駄だ,という発想があるからだ。

働く時間に関しては100%自由である。コアタイムのようなものもなく,週に1~2回あるグループ会議さえ外さなければ,出社する時間も,働く時間も完全に自由である。私の場合子どもが小さかったこともあり,一度夕方6時に帰宅して夕ご飯を家族と食べて,子どもたちと一緒にお風呂に入って,その後会社に戻ってまた働くというスタイルを貫いていた。

注1)
対談の内容は次のサイトで公開されています。
http://horiemon.com/talk/11346/

米国の企業特有の厳しさ

日本では最近「ブラック企業」という言葉がさかんに使われる。低賃金で長時間働かされる,過酷な仕事環境を強いる会社のことである。

私がMicrosoftで働いていたときには,忙しいときには1日14時間ぐらい働いていたし,土日に働くこともしばしばあった。しかし,あまりつらいと思ったことはない。仕事時間が自由に設定できたし,通勤時間も短ったため,長時間働いても「家族を犠牲にして働く」というほどのことはなかったからである。

私は家族重視だったが,独身の連中はけっこうスポーツを楽しんでいた。私の同僚の一人も,私と同じように長時間働きながら,同時に地元のサッカーチームに所属して,週2回の練習と週末の試合を楽しんでいた。給料はそれほど高くなかったが,ストックオプションをもらっていたので,これが大きな励みになった。Microsoft一社で3,000人以上のミリオネア注2を生み出したのは,すべてストックオプションのおかげである。

しかし,日本とは違う厳しさもあった。徹底した成果主義である。会社は働いている時間のことは一切気にしない(タイムカードもない)が,生産性に関しては非常に厳しい評価を下す。本人がいくら努力をしようが,会社が期待する成果の上げられないソフトウェアエンジニアはすぐに解雇されてしまうのである。私自身,部下を2人解雇したことがある。そんな厳しさの中でも,個人の生活や価値観は尊重されていた。⁠息子の野球の試合がある」などの理由で会社を抜け出すのは当たり前だったし,長期休暇を取りにくい,などということもほとんどないのである。

注2)
100万ドル以上の財産を持つ人のこと。

日米の差はどこから来るのか

日米の差を一言で言えば,米国は「成果主義なので実力のない人にとっては非常に厳しいが,個人の生活や価値観が常に尊重される社会」であり,日本は「団体主義なのでめったなことでは解雇されないが,個人の生活や価値観はあまり尊重されない社会」である。この違いの背景には,個人主義と団体主義という文化的な側面もあるが,高度成長期に作られた終身雇用制と年功序列の弊害という面も大きいと私は思う。

日本では,米国のような「生産性を理由にした解雇」などは法律的にも慣習的にも許されていないので,その仕事に向いていない人を無理矢理長時間働かせることがしばしば行われる。長時間働かせることにより少しでも仕事を多くこなさせようというケースもあれば,意図的につらい労働環境に置いて自分から退社することを促しているケースもある。

また,会社全体としての生産性を上げるために,仕事ができる人にはより多くの仕事が来る傾向がある。米国とは違い,担当する仕事が終わったから自分だけ先に帰るなどは許されない社会なのだ。かと言って,実力のある人だけを優遇すると年功序列が崩れてしまうため,一部の実力のある人たちがそれほど優遇されずに会社を支えている,というのが日本の典型的なスタイルなのである。

日本のIT産業が衰退している原因の一つが,この生産性を正しく評価しない人事制度にあることはもっと注目されてもよいと思う。

著者プロフィール

中島聡(なかじまさとし)

米国シアトル在住の自称「永遠のパソコン少年」。学生時代にGame80コンパイラ,CANDYなどの作品をアスキー(現アスキー・メディアワークス)から発表し,MicrosoftではWindows 95,Internet Explorer 3.0/4.0のアーキテクトとして,Internet ExplorerとWindows Explorerの統合を実現。設立企業「UIEvolution, Inc.」「Big Canvas Inc.」。ブログ「Life is beautiful」。現在はGoogle App Engine上でのサービス作りに夢中。iPadアプリ「CloudReaders」開発中。

近著『おもてなしの経営学―アップルがソニーを超えた理由』(アスキー)

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