知識労働とは
マスオさんのような生き方が難しくなっているということは,この連載全体のテーマです。SoulHacksとは「マスオさんのように仕事をこなす仕事術」とも言えます。
でもそれはとても難しいことです。なぜかと言えば,職種や業種を問わず,仕事の中で「知識労働」という側面が増えているからです。
「知識労働」とは,単に身体を使わないオフィスワークという意味ではなくて,仕事の進め方を本人が考える必要のあるような仕事を指します。
ソフトウエア開発がその典型ですが,顧客や上司は,成果物については語れても,その成果物が生まれてくるプロセスに関して,詳細な指示を出せません。無理に出そうとすると,的外れなものになってしまいがちです。
これは,組織や個人に特定の知識が欠けているからではなくて,そういう仕事の中で求められる成果物の性質から必然的にそうなってしまうのです。
「知識」を組み合せて別の「知識」を作る以上は,新しい「知識」が生まれるプロセスの中にも,必然的に新しい「知識」が含まれます。事前にそれを知ることができないから,その「成果物」が求められているのです。「知識」というのは原理的には無料でコピーできますから,プロセスに新しい「知識」が不要の仕事であれば,それはどこかに存在しているはずです。
すでに存在している「知識」のコピーを入手することに価値がつくのは人為的にコピーを制限しているからで,長くは続きません。
たとえばOSがいい例ですが,OSを新規に開発する必要はめったになくて,ほとんどの場合,WindowsやLinuxやMac OS/X等の既に存在しているOSをコピーすればいいわけです。もちろん,そのコピーは有償になりますが,この価格は原価の無い所に人為的に価格をつけているわけですから,普通の商品の価格とは全く違います。
OSを開発する仕事があるとしたら,そのOSには,既存のOSに無い新しい機能が求められるはずで,そのための仕事の手順について,完全に理解しコントロールできる人は,いないはずです。もし,それがドライバーのように,既存のOSに対する付加機能として開発できるなら,その開発プロセスは体系化されているのかもしれませんが,本当の意味で新しいOSを開発するなら,その開発プロセスの中にも,何か冒険的で未知の要素が含まれているはずです。
そういう意味でOSの開発は純粋な「知識労働」です。現実の仕事は,ここまで純粋ではありませんが,同じような「知識労働」的要素が含まれていない仕事は少ないと思います。
つまり,経験者であっても,その仕事が完成するまでの道筋を事前に予測することが難しいということです。予測できる仕事の価値は低くて,価値の高い仕事には,必ず未知の要素が含まれているのです。
そのことは,アジャイル開発の方向性に表れていると思います。つまり,アジャイルはウォーターフォールと違って,トップダウンに体系化されたシステムになりません。どちらかと言えば小さな「プラクティス」の集合となっています。どれを選びどう組み合せるかは,個々のチームがプロジェクトごとに微調整をし続けるということが前提になっています。
つまり,アジャイルは,最初から現場での個別の判断を少なくすることを諦めています。判断を行うのは管理者でなく作業者で,管理者はファシリテータと呼ばれ,むしろ作業者の判断をどうサポートできるかを問われています。判断が仕事の主体,本質であり,全ての作業者に「判断」が求められます。開発手法や管理者は,「判断」をサポートしてくれますが,判断を代行してくれることは決してありません。
そして,「判断」という仕事において最も難しく,また従来の「仕事」と根本的に違うことは,「判断」の結果が目に見えないことです。誰も,「あなたは自分の仕事を完全にやり終えた」と保証してくれる人がいないのです。
これが「知識労働」というもので,時間や目に見える成果物で計量できる仕事とは全く違う性質の仕事に我々の多くは従事しているわけです。
ソフトウエア開発以外でも,実態としてそういう要素が多くなっている仕事は増えていると思います。だから,「仕事が終わった」という実感が持てなくて,マスオさんのように定時に頭をカラッポにして家に帰ることが難しくなっているのだと思います。
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