はじめに
この連載の前々回では仕事を巡る環境の変化について,前回はそこから来る「プライベート」と「仕事」の葛藤と,それに対策するツールとしてのGTDについて書いてきました。
今回は,この「葛藤」について少し一般化して話を広げてみたいと思います。つまり,「仕事」を巡る「葛藤」は,「プライベート」と「仕事」の間のものだけに限らないということです。
葛藤と変化,葛藤と対立
まず最初に「葛藤」という言葉について,この連載の中での意味を少しだけ明確にしたいと思います。
たとえば,ブログを書いているといつも悩むことがあります。それは,ブログとは「表現のためのメディア」なのか,「情報提供のためのメディア」なのかということです。具体的には,自分自身の意見や独自の見解をどこまで入れてよいものかということです。
ブログを自分で書いている人から見たら,ブログは「表現のためのメディア」です。だから,当然,他人の書いたものを読む時も,それをその人個人の意見として受け取ります。当初,ブログがまだ一般的に広まっていない段階では,そういう立場に立つ人が多かったと思います。
しかし,ブログが認知され広まってくるにつれて,商業媒体に近い体制で組織によって書かれるものや,有名タレントが書くブログのように管理されているものも増えてきています。ブログを消費するだけの人から見たら,ブログとは雑誌や報道期間のWebサイトのように,情報を受け取るためのツールであり,新しい通路であるに過ぎません。
今は,このふたつの見方が混在しているのではないかと思います。
私が「葛藤」という言葉で表現したいのは,まさにこのような状況です。そして,この意味において,「葛藤」とは「変化」でも「対立」でもないということを強調したいと思います。
もしブログが単に新しいメディアの1つに過ぎないとしたら,それは「変化」であり「葛藤」ではありません。つまり,時代が変化する中で,1つの役割を担う主体が入れ替わるだけだとしたら,それは「ネットが紙になった」というだけの単なる「変化」です。しかし,ブログについては,そうはならない可能性が高いでしょう。つまり,「表現のためのメディア」である部分と「情報提供のためのメディア」である部分が,ブログという1つの箱の中に混在しているような状態が,当分の間は継続するのではないかと予想されます。
ブログを巡る問題は,一時的な過渡期を過ぎればすぐに解消される「変化」ではなく,ずっと続いていく「葛藤」です。
また,それが並立するにしても,棲み分けができているとしたら,それは「対立」であって「葛藤」とは言えません。
たとえば,商業媒体的なブログだけが多くのアクセスを集め,個人のブログと明確に違う位置づけになるとしたら,それは「葛藤」というより「対立」です。
別の例で言えば,冷戦時代の与野党の関係は「対立」という言葉にピッタリだと思います。当時,外交政策において,「資本主義陣営につくべきか 共産主義陣営につくべきか 両者と等距離に立つべきか」ということが大きな論点でした。ここにおいて,与党と野党は対立していたのですが,この問題が重要な論点であるという点については,どの政党も同じ意見だったと思います。
しかし,今の政治を巡る状況は,1つの論点の右と左で意見を戦わしているのではなく,何を論点とすべきかということ自体が重要な対立点となっています。最近話題になっているネット規制の問題で言えば,それを文化の枠で論じるべきか経済活動として考えるべきか,それともこれは治安維持の問題なのか,つまり,これをどの文脈で考えるべきかという論点を巡って大きな議論,あるいは混乱が起きています。
論点を共有できない深い対立関係にあるものを,ここでは「葛藤」という言葉で表現したいと思います。
ブログが,「表現のためのメディア」であるか「情報提供のためのメディア」であるかという問題は,1つの論点を共有してその中で意見が分かれている,というよりは,「論点を巡って対立している」という点で,まさに「葛藤」と言えるでしょう。
仕事の中の葛藤
今の仕事の難しさは,状況の「変化」でもなく,意見が「対立」していることでもなく,さまざまな価値観が「葛藤」している中で発生していると私は考えます。
逆に言えば,「葛藤」に取り組むことが,仕事の意味なのです。
たとえば,情報漏洩やコンプライアンスのような問題は,特定の部署のみが対応すればいいものではなく,全社的な取り組みが必要です。だから,各部署から代表を選んで委員会のような臨時の組織を作っている会社も多いと思います。
もし,こういう委員に選ばれてしまうと,現場と委員会との間の「葛藤」の中で苦しむことになります。
情報漏洩に対策するためには,各自のパソコンの使用法について厳しく制限することが必要になります。「委員会」はこれを周知徹底し監視する役割をそれぞれの委員に求めるでしょう。でも,そういう対策は,往々にして現場のニーズと乖離しており,現場から見ると仕事の妨げになるもので,そのような「委員」の仕事は好まれません。
これは,派閥争いとか,営業成績を巡る競争のような「対立」関係とは性質が違います。それは,「そもそも会社というものが社会の中でどういう意味を持つなのか」という価値観において,現場と委員会が違う立場に立っているからです。「論点」を取りあっている対立関係であり,私の言葉で言えば「対立」でなく「葛藤」になると思います。
会社の中に,意見の食い違いが無いことはあり得ないと思います。この点は今も昔も変わりません。しかし,昔は,会社の目的や価値観を社員全員が共有している中での「対立」関係でした。今は,もっと深いレベルにおける価値観の「葛藤」が,あちこちに見られると思います。
