はじめに
今回は,ゲイリー・ハメル氏の『経営の未来』という本を紹介したいと思います。
この本は,見た目と中身が全く違う本で,まず,そこを強調しておきたいと思います。
ゲイリー・ハメル氏は,著名なコンサルタントでビジネススクールの教授です。スーツの中のスーツです。そしてこの本も,一見,その経歴にふさわしく,非常に論理的にバランス良く書かれています。つまり,概論→事例→理論的分析→具体的な対策の提示→結論と進んでいて,それぞれの章がバランス良く配分されています。きれいに刈りこんである本です。
非常にユニークな経営方針を持つ企業を多く調査して,そのような新しい経営方法を主導する原理を導き出し,さらに,そういう原理を既存の組織に適用するにはどうしたらよいかということを綿密に論理的に考え抜いた本です。表面的には対象する読者は,大企業の幹部およびその候補生といった所でしょう。これを読んでいる庶民(失礼!)のみなさんには縁がない本かもしれません。
しかし,書かれている中身はその外見とは正反対で,八方破れといってもいいくらいの,とんでもないことが書かれています。
ひとことで言えば,これは「いかに組織を解体するか」についての,非常に実践的で具体的なハウツー本なのです。つまり,大きな組織の頂点に立とうとする人に,彼らが君臨するべきその組織そのものを解体するにはどうしたら良いかを教える本です。
私が,これを取りあげようと思ったのは,今組織の中で働いている人,これから組織の中に入ろうとしている人に,「上の人たちはこんなことを考えている」少なくとも「あなたが属している組織(入ろうとしている組織)はこんなとんでもないことを考えている組織と競争している」という認識を持ってほしいからです。
組織=階層構造という根深い呪縛
といっても,この本の中で「組織の解体」という直接的な表現は使われているわけではありません。「21世紀の経営をつくり出すためには,新しい経営原理─伝統に縛られたプロセスや慣行に劇的な変化を引き起こす力のある重要なアイディア─を見つける必要がある(同書p.186)」というような,もっともらしい表現が使われています。
しかし,経営者になろうと真剣に思ったことがない人にとっては,「新しい経営」というような言葉遣いでは「上の人が何かよくわからないことを言っている」というくらいにしか思えないでしょう。つまり,組織には「上の人」と「私たち(現場,一般の人)」という埋められない分裂がある,という思いこみはかなり強いと思います。
『経営の未来』は,この分裂が,いつから何故どのように始まったのか,その歴史を解明しています。
実をいうと,「エンプロイー(従業員)」という概念は近代になって生み出されたもので,時代を超越した社会慣行ではない。強い意思を持つ人間を従順な従業員に変えるために,二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ,それがどれほど成功したかを見ると,マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業化社会の職場が求めるものを満たすために,人間の習慣や価値観を徹底的につくり変える必要があった。
- 生産物ではなくて時間を売ること
- 仕事のペースを時計に合わせること
- 厳密に定められた間隔で食事をし,睡眠をとること
- 同じ単純作業を一日中再現なく繰り返すこと
これらのどれ一つとして人間の自然な本能ではなかった(もちろん,今でもそうではない)。したがって「従業員」という概念が-また,近代経営管理の教義の他のどの概念であれ-永遠の真実という揺るぎないものに根ざしていると思いこむのは危険である。
(『経営の未来』p.163から引用)
つまり,「指示する人」と「手を動かす人」が分かれたのは,そんなに昔のことではないし,人間の本性に添ったものでもないのです。むしろ,近代工業化社会という特定の時代の特定の状況が,それを要求し,かなり無理して,我々は自分たちをそれに適応させてきたのです。
そして,これを根本的に見直し,常識はずれの経営をして稼いでいる会社がいくつもあるのです。
- 現場の社員が,新しい社員の採用,配属について拒否権を持っているホールフーズというスーパーマーケットチェーン
- 給与の額を社員が自分で決めるセムラーという会社
- チームのメンバーが自由にリーダーを選ぶW・L・ゴアという会社
他にもたくさんの驚くような事例が出てきますが,どれも長期的に利益をあげている会社で,たとえばゴアの場合は,「1年たりとも赤字を出すことなく50年近く着実に収益を伸ばしてきた」そうです。
こういう会社にも「組織」があって「経営」があります。それが何であるかが『経営の未来』のテーマですが,それは,一般的な常識から見たら「組織の解体」と表現した方がイメージしやすいようなものになっています。上と下に分かれた階層的な組織という意味での組織は,そういう会社にはもうなくなっているのです。

