エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #8 「厳密さ」「客観性」以外にもうひとつ支点を持とう

2008年12月15日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5 分

今回取りあげるのは,河合隼雄氏の「カウンセリングを語る」という本です。上下2冊ですが,平易で河合氏らしいユーモアにあふれた語り口で,すらすら読める本です。

今回,私がこの本を「エンジニアのためのSoulHacks」の1つとして推薦しようと思ったのは,いくつかの理由があります。それを順番に説明していきたいと思います。

まず,そのひとつは,今やカウンセリングに全く縁が無い人はいないだろうということです。自分自身がカウンセリングを受けようと考える人は少ないかもしれませんが,自分の身の回りにカウンセリングを受けている人がいるケースは,意外と多いのではないでしょうか。

それにもかかわらず,それがどういうことなのか知られてないように感じます。この本は,専門知識や詳細には触れずに,「カウンセリングとは何か」ということをわかりやすく紹介している本です。

カウンセリングとは何か

最近は,メンタルヘルスの問題がさまざまな形でクローズアップされていて,カウンセリングという言葉もよく耳にするようになりました。しかし私は,この言葉が広まることによって,ますます誤解が広がっているようにも感じます。

カウンセリングは,普通の「相談」とは全く違う要素があります。それは,カウンセラーは専門家として上から出来合いの回答または診断を与えることを主な目的としてないということです。カウンセリングにおいては,相談を受ける側,クライアントが自分自身で回答を導き出すということが重視されています。

この本の中では,そのことの意味が,さまざまな事例の中で少しづつ語られていますが,中でも私が一番ポイントだと思った所はここです。

カウンセリングは,極端に言うと手術するのに似ているんじゃないかと思います。結局はその人のいちばん痛いところにさわっていくことになります。しかもこちらがさわるのじゃなくて,その人が自分自身でだんだんさわっていく。自分は痛いところにさわりたくないので,あいつが悪いんだ,こいつが悪いんだと言うておられる。私と話をしているうちに,だんだんその人のことば自体が自分の痛いところへさわっていくわけです。

(上巻p.100)

私自身の経験から,少し補足してみましょう。

私は,以前,ある民間のクリニックでカウンセリングを受けていましたが,その中で劇的に問題が解決した経験があります。メインの相談内容は個人的なことなので省略させていただきますが,それに関連して業務上のある悩みについてカウンセラーに話しました。

それは,当時開発していたオープンソースソフトウェアの英語ドキュメントをどうするかという悩みでした。

あるソフトウェアを開発していて,そのソフトと日本語のドキュメントを公開していたのですが,これをさらに多くの人に使ってもらう為に,英語のドキュメントを書く必要があったのです。

「自分では英語が書けないので,誰かに手伝ってほしいのだが,頼める人がいない」

私は,自分の悩みを,最初そういうふうに説明しました。それで,当然ですが,カウンセラーの人はオープンソースはもとより,ソフトウェア開発の業務について何も知りませんので,それを順番に説明していきました。

そして,不思議なことに説明が終わる頃には,実際は,自分の悩みは次のようなものであることに気がつきました。

「自分では(何とか意味の通じる英語なら書けるが),正確な英語は書けないので,それを公開することは恥ずかしい」

ソフトウェアのドキュメントは,定型的なものですから美しい英語である必要はありません。他のドキュメントを真似て,単語の羅列をして,ソースコード等で補って,意味が通じるギリギリのレベルでいいなら,英語力はそれほどいりません。特にオープンソースですから,他の人がミスを修正し補足してくれることは十分期待できます。

当時の私には,へんなプライドがあって,自分が書いたものを他人に直されるのが嫌だったのです。つまり,「恥」にこだわっている所が,河合氏の言う「痛いところ」だったということです。いいかげんな英語ドキュメントを公開して,文法的な誤りを指摘されたりすることが恥ずかしい,というのが,私の本当の悩みでした。

そして,自分ではそれが「痛い」ので,無意識のうちに「頼める人がいない」というふうに問題をすり替えていたのです。

当時,何人かの人に同じ相談をしましたが,常に問題は「人がいない」ということでした。それが,(全く専門外であるはずの)カウンセラーの先生と話してみたら,不思議なことに自分でこのことに気がつくことができました。その違いはどこにあるのは自分ではわかりませんが,そこにプロのカウンセラーの技術が隠されているのだと思います。

そして,重要なことは,これを他人から指摘されたのと自分で気がつくのでは,全く私の反応が違うということです。ソフトウェアの専門家から,この「痛いところ」を指摘されたら,私はおそらく反発して意固地になり「いや,自分の英語力では書けない」と言い張っていたと思います。

世の中の問題で,本当に解決のつかない問題はそんなにありません。それよりは,わかっていても「痛いところ」に触るので,その解決策を受け入れることができない問題の方がずっと多いのだと思います。

カウンセリングの主たる目的は,クライアントが自分からそこにアプローチすることを援助するということです。「痛いところ」というのは,そういうアプローチでないとなかなか解決しないものです。

一般的な「相談」は,援助する側が解決策を与えることが目的になります。カウンセリングも,臨床心理学の専門知識をもとに解決策を与えるという側面もあるかもしれませんが,ポイントはそこではなく,むしろ,解決策が見えてからが本番なのです。

私の場合も,「恥」という問題に気がついてから,内面的な葛藤やさまざまな紆余曲折がありましたが,結果的には,自分のひどい英語で書いたドキュメントを公開しました。そして,もくろみ通り,英語圏のユーザにそれをしっかり直してもらうことができました。そして,これはその問題だけでなく,自分の生活全般の様々な問題について違う見方ができるようになったきっかけともなりました。

「カウンセリングを語る」には,この部分の難しさとその意義が,具体的な事例を含めて,非常にわかりやすく説明されています。これは,むしろカウンセリングを受ける当人より,その回りにいる人が理解すべき点かもしれません。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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