少し前から「若者の○○離れ」というような表現でモノが今までの売れなくなったことを報じる記事をよく目にするようになりました。サービス業の分野でも,グローバル化の影響もあり,いろいろな仕事の単価が急落しているように感じます。そして,昨年の金融問題がこれに拍車をかけていると思います。
これは仕事というものが根本的に見直されていく長期的なトレンドの一部だと私は思います。そして,このトレンドと対策を考える為にアーノルド・ミンデルの「紛争の心理学」という本がヒントになるのではないかと考えています。

紛争の心理学―融合の炎のワーク
アーノルド・ミンデル著/青木 聡,永沢 哲 訳
Unbundling of conflict resolution
まず,オフィスワーク,あるいはホワイトカラーの仕事とはそもそも何なのかについて考えてみましょう。
表面的に見ると,オフィスワークとは,広義の情報処理に見えます。たとえば,システム開発という仕事であれば,ヒアリング結果という情報をドキュメント(仕様書)に変換し,その仕様書を動くコードに変換するという情報処理です。その処理内容はコンピュータにはできない複雑なものになることもありますが,コンピュータによる情報処理と同じく,入力→処理→出力という流れでとらえられるものです。
しかし,実際には,ほとんどの仕事において,このような情報処理というモデルには集約できない要素が埋めこまれています。明示的に業務マニュアルに書けるようなものではないけど,自分にしかできない大事なことをしている,だけど,それが何であるか言葉で表現することは難しい,自分の仕事でも回りの仕事でもそのように感じる方が多いのではないでしょうか。
ここでは,その言語化しにくい部分を,conflict resolution(葛藤解決)と表現してみたいと思います。つまり,オフィスワーク=情報処理+conflict resolutionというモデルで考えてみます。
ネットの普及やグローバル化は,オフィスワークの中の情報処理という部分で飛躍的な効率アップを可能にします。これはみなさんが日々実感している所ではないかと思いますが,「SoulHack #4 電車と同じくらいネットの存在を当たり前に受け入れよう」の回で触れたように,ネットによる国際的な協業の技術の進展ということを考えると,今,日本で目にしているものはまだまだ序の口で,これからこの傾向はもっと加速すると考えざるを得ません。
ただ,それは,オフィスワークというものが無価値になっていくということではありません。影響を受けるのは,広義の情報解決という側面のみです。ここが効率化されコモディティ化されて,相対的に重要ではなくなっていくのです。
そして,残ったconflict resolutionという側面の重要性が認識されクローズアップされるのではないかと私は考えています。
ちょうど,汎用大型コンピュータの時代にはハードのおまけでしかなかったソフトが,ハードと切り離された単体の製品となった「アンバンドリング」に相当することが起こるということです。
つまり,Unbundling of conflict resolutionがこれからのオフィスワークの鍵になると私は考えています。
システム開発における部門間の対立という事例
このことについて,私が経験したひとつの事例によって説明したいと思います(基本的には私が経験したことですが,内容はかなり脚色しています)。
かなり前のことですが,ある企業の販売管理システムの開発に,ベンダー側の技術者として携わったことがあります。この企業はアパレル衣料の販売を主な事業としていましたが,当時,ファンシー雑貨の部門が急成長しており,この分野を統合した新しいシステムを開発することになりました。
そうすると,たびたび問題となったのが,衣料と雑貨では商品の特性がかなり違うということです。たとえば,衣料の部門では,売上をさまざまな角度から分析したいという要望がありました。そのためには,商品の登録を行う時に,付加的な属性を多く入力する必要があり入力者の負担が大きくなります。
衣料は1年単位の計画に基づいて販売計画を練るので,入力の時間がかかることはそれほど問題にはなりません。しかし,ファンシー雑貨は,突発的なブームに依存している部分が大きいので,計画的にデータを登録することができないのです。ですから,長期的な分析より登録の手間を無くすことを重視しています。
プログラムを工夫することで,両部門の要望を両立することも検討しましたが,それも限度があります。基本設計の段階で,2つの部門の要望が対立してしまい,なかなか作業が進みませんでした。
そのプロジェクトでは,ユーザ側の電算室長の方がこの問題を非常にうまく解決したのです。
その方は,基本的には衣料部門の要件に添った形でいったん設計案を整理しました。その上で,雑貨の部門のキーマンと個別に面談して,具体的に入力が困難となる少数の項目をピックアップしました。そして,別の機能では雑貨部門の要望を優先することを約束して,その部門の納得を得たのです。
ポイントは,雑貨部門が「うちの業務では入力できない」と言っていた項目の中に,本音の部分とそうでない部分が混っていたことです。
本当に入力が困難となる部分を絞りこんで,ここについては開発コストをかけてシステム的に対策をすることにしました。本当は入力できるのにできないと言っていた項目はそのままにして,その代わり,別の機能の開発では,電算室長が雑貨部門の要望を優先する約束を与えることで納得してもらいました。
急成長している雑貨部門の側には,長年の間,鬱積した不満があったようでした。「会社の中で自分たちは売上に見当った評価をされてない」という不満があって,これが問題の対立の底流となっていたのです。電算室長はそのことを見抜いて,そこを手当てする形で仕様をまとめたわけです。
この場合,情報処理としては商品マスタの項目一覧を出力しただけですが,conflict resolutionとして,対立していた2つの部門の葛藤を解決するという仕事を同時に行ったことになると思います。
もし,両部門の歴史的な対立関係が無かったら,基本設計という仕事は,ヒアリング結果を入力して基本設計書を出力するという単純な情報処理になります。そういう仕事は一定の知識と技能があれば海外の技術者にもできますから,今後,そういう仕事の価格は大きく下がるでしょう。
しかし,人間の集団の中にはほとんどの場合,何らかの「葛藤」があります。そして,それを言語化するのは非常に難しいものです。言語化できる葛藤ならば,それは情報処理の対象となるわけですが,葛藤というのは,それがどういう葛藤であるかについて両者の見解が違うのでこじれるわけです。
そういうよじれた葛藤に取り組むことに積極的な意味を見出すことで,自分の仕事の本質的な価値,世の中の動きに影響されにくい価値を高めることができるのだと思います。
