はじめに
今回で,一年間続いたこの連載もいったん終わりになります。
この連載をはじめた時から,最後の回は梅田望夫さんについて書こうと決めていました。
梅田さんについて,この短いスペースでは語り尽くせるものではありませんが,今回は「梅田望夫の読み方」について書いてみたいと思います。
主として参考にするのは『ウェブ時代をゆく』です。
梅田さんは1000時間かけて自著の感想を精読している
梅田望夫さんの本は,どれも賛否両論の激しい議論を巻き起こしていますが,正直言って,その議論が噛みあったものになってないことの方が多いように私は感じています。「ライオンは肉食だ」という主張に対して「ゾウは草食だ」と反論しているような感じ,つまり,両者が違うものを見てそれについて意見を言っているように思えてしまうのです。
私は,梅田さんの主張の是非について考える前に,梅田さんは何を語っているのか,ということをよく考えてみるべきだと思います。そして,まず注目すべきひとつの事実があると。
梅田さんは,人類の歴史上,おそらく誰もやってないことをしている人です。それは,2万件近くの自著についての感想や書評に目を通していることです。
世の中には「これまでは言葉を発してこなかった」面白い人たちがたくさんいる。私は「ウェブ進化論」の書評や感想をネット上で二万近く読み,そのことを心の底から実感した。
『ウェブ時代をゆく』p.16
もちろん,梅田さんよりもっとたくさんの読者を獲得した作家はたくさんいるし,梅田さん以外にも読者との交流に熱心な作家もいるでしょう。
しかし,梅田さんほど,たくさんの感想がネットに書かれた作家は少ないでしょう。そして,梅田さんは仕事の中でネットを使いこなし最新情報に通じているネットの達人です。そのネットの達人がその武器をフルに使いこなして自著の感想を集め,膨大なエネルギーをつぎこんで,それについて考えているのです。
「梅田さんがネットについて語り,自分も毎日ネットを使っているから,梅田さんと自分は同じものを見ていて,同じものについて自分と違う見方をしている」
そう考えることは間違いなのではないかと私は思うのです。
私はネット上に溢れる感想を毎朝読みながら,ネットの「あちら側」に作ったプライベート空間上にノートを取り続けた。再読したい書評,感想を出展とともに転記した。それだけでも,一日の400字詰め原稿用紙で20枚から30枚,ときには50枚を越える分量になることもあった。私の本を読み,私が読んだこともない思想書や哲学書を想起される方も多くいたので,そういう本はその場でネット書店に注文し,本が届けば,なぜ私の本とその本が読者の中で結びついたのか考える時間をとった。そして,転記した長い文章の肝ともいえるフレーズを抽出し整理した。こうした一連のプロセスに,累計1000時間以上かけた。そして今思うのは,「あちら側」に作ったこのノートこそ,私が今後も知的生産活動を続けていく上での最も大きな財産になったということである。
『ウェブ時代をゆく』p.17
梅田さんが語ることは,彼の主観や意見ではなく,限りなく客観的な事実に近いものについての報告と受け止めるべきです。少なくとも,背景にある2万件とか累計1000時間というこの経験の「量」の問題を感じるべきだと私は思います。
「群集の叡智」とは,ネット上の混沌が整理されて「整然とした形」で皆の前に顕れるものではなく「もう一つの地球」に飛びこんで考え続けた「個」の脳の中に顕れるものなのだ
『ウェブ時代をゆく』p.17
梅田さんが言う「もう一つの地球」は,私たちが今見ているネットのことではないのです。それとは全く違う別の世界を梅田さんは見てきて,そこにどんな人が住んでいてどんな暮らしをしているのか,見てきたことをありのままに語っているのです。
言わば,マルコポーロの『東方見聞録』のようなものと受けとめるべきでしょう。
「黄金の国ジパング」は誇張に満ちていてほとんど嘘だったとも言えるかもしれませんが,東洋の果てに日本という島国が実在していることは事実でした。それは後に明治維新以降,西洋の歴史の中に現れてきたのです。
もちろん,それは梅田さんの言うことを100%そのままに受け入れるということではありません。ただ「それはあり得ない夢物語だ」というような批判は意味が無いと思います。
そういう批判をするなら,まず問うべきことは「本当に見たのか」と問うべきです。私は,そういうコメントを自分のブログに書いたことがあります。
エビデンスと枠組みは死守するけど数量化と客観性には拘泥しないという手法─アンカテこれは,梅田さんが,「WEBにある自著への反響は全部目を通している」と公言していることに通じるような気がする。
梅田さんへの批判や悪口はずいぶん読んだけど,これについて「本当に読んでいるのか?」と疑っているものは見たことがない。実は私はちょっと疑っている。
梅田さんのブックマークには「ウェブ時代をゆく」というタグがあって,しばらくこれを全部読んでいた。面白い記事が多いのだけど,量が多すぎてすぐ挫折した。ここに出て来るのは梅田さんが読んだもののごく一部だそうだから,本当に全部読めるのか?という疑問がある。
これに対し,すぐにご本人からtwitterでコメントがありました。
http://twitter.com/mochioumeda/status/482380162
essaさん,疑わないように。
http://twitter.com/mochioumeda/statuses/482382602
本当に全部読むの,大変なんですから(三平ふう)。しかもノートとったりブックマークしたりしながら。それを二年近く続けているんですから。
私は次のように応答しました。
http://twitter.com/essa/status/482517902
疑わないってことは,そのことの大変さがわかってないということだと思いますよ(笑)。
先のエントリの続きにはこう書いています。
でも,あの真面目な梅田さんが言うのだから,本当なのだろう。すごい労力だと思う。
梅田さんは梅田望夫論の専門家である。地球上で誰よりたくさん,網羅的に梅田望夫論を読んでいる。修行僧のように集中的にたくさんの梅田望夫論を読んで,それをベースに語る。
語るのは梅田望夫論ではなくて,WEB論だ。
ソナーで周囲を探る時,聞くのは自分が発した音である。それと同じように,梅田さんは自分の発した声の反響を集めて,WEBという世界の地形を探る。

