他社の動きや技術追求に興味はない、「ユーザの要望」にのみフォーカスする ─AWS チーフエバンジェリスト ジェフ・バー氏

クラウドの世界でAWS(Amazon Web Services)が圧倒的な強さを誇るにはそれなりの理由があります。今回、来日したAWSのチーフエバンジェリストとして世界中のAWSユーザから慕われているジェフ・バー(Jeff Barr)氏にインタビューする機会を得たので、あらためてAWSの強さの理由に迫ってみたいと思います。

ジェフ・バー氏
ジェフ・バー氏

エバンジェリストは“ユーザとAWSをつなぐ通訳”

─⁠─ジェフさんの今回(10/4~9)の来日の目的は?

ジェフ・バー氏(JB⁠⁠:3つほどあります。まずはAWSの大切なパートナー企業であるワークスアプリケーションズの新製品ERP「HUE」の発表会への参加です。HUEはクラウドで動作するERPアプリケーションですが、これはAWS上で構築されています。ワークスアプリケーションズとは5年前から一緒に仕事をしていますが、今回、こうしたかたちですばらしいERPが世に出ることを心から嬉しく思います。

2つめはJAWS-UG(Japan AWS User Group)を含む日本のユーザの皆さんとお会いすることです。これまで15回ほど日本に来ていますが、アグレッシブなユーザの方々と話をするのはいつも本当に楽しくて勉強になります。

最後はAWSのエバンジェリストたちとのミーティングです。AWSでは現在、グローバルでエバンジェリストの数を増やしていきたいと考えているので、どういう方向性で強化していくべきかを話し合っています。

─⁠─AWSのエバンジェリストといえば、最近、堀内康弘さんがAWSを辞められてしまいましたね。

JB:彼のように優秀なエバンジェリストが離れてしまったのはとてもさびしいですが、そもそもエバンジェリストという人種はたくさんのお客様やパートナーと話をしていくうちに、逆にお客様から触発されてしまう宿命にあります。教えるているつもりが教えられているという感じでしょうか。堀内さんもAWSでたくさんのお客様と接したことでいろいろと触発され、自分の中で何かが変わり、エバンジェリストとして次のステージに行きたくなったのかもしれません。堀内さんがAWSを踏み台にしたとしても、それはエバンジェリストして自然な成長を遂げたということです。今後の活躍を心から期待しています。

─⁠─ジェフさんはチーフエバンジェリストとしてどんなお仕事をされているんでしょうか。

JB:私の主な仕事は3つあります。AWSのブログで定期的にAWSの情報を発信していくこと、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアでの発信を行うこと、そして今回のようにダイレクトにお客様やパートナーと会って情報交換を行うことです。あなたのようなプレスとのインタビューもその一環です。AWSの膨大なアップデート - 新製品リリースや機能強化、価格改定などを、その都度、一般の人々にわかりやすく伝える、これがエバンジェリストとしてのミッションです。AWSとユーザをつなぐ通訳と思っていただければ。ブログによる情報発信はもう10年続けています。

仕事の効率性という面から考えると、一度の発信でより多くの人々に伝えられるオンラインのほうが生産性が高いのかもしれません。ブログやTwitterで発信すれば一瞬で世界中にAWSからのメッセージを届けられます。しかし世界各地のユーザと直接会って話をすることも非常に有益ですし、なにより楽しい。今回も日本訪問でもたくさんのユーザやパートナーに会えてとても楽しい時間を過ごせました。とくに初めてのユーザの声を聞くときは、どんなフィードバックをもらえるのだろうかとわくわくしますね。パズルのピースをひとつひとつ埋めていく感覚に似ています。

─⁠─AWSには10年以上在籍していると伺っていますが、そもそもどうしてエバンジェリストの道に入られたのでしょうか。

JB:正確には12年(2002年入社)です。AWSの前はMicrosoftにもいたことがありますが、小さなベンチャーでエンジニアとして製品開発をしていた時期がわりと長かったですね。開発に関わっていたときは「いい製品なのにどうして売れないのかなあ」というフラストレーションをつねに抱えていました。中身は良くても製品のメリットが正しくユーザに伝わっていない、だから売れない、そのことに気づいてからはコミュニケーションの重要性を強く意識するようになりました。エバンジェリストを志したのもそういう理由からです。

ちなみに大学での専攻はコンピュータサイエンスでしたが、コミュニケーションスキルを体系的に学ぶ必要を感じ、もう一度大学に入り直しました。つい先日、ワシントン大学のコミュニケーション&デジタルメディア学部のMBA過程を修了したばかりです。

─⁠─コミュニケーションにもスキルが重要だと。

JB:エバンジェリストの仕事にはコミュニケーションスキルは必須です。肌感覚だけでなく科学的アプローチで取り組んでこそ、より多くの人々に、より正確にメッセージを伝えることが可能になります。

─⁠─エバンジェリストの仕事にも"カスタマーフォーカス(顧客中心)"というAWSの基本姿勢が見えるような気がします。

JB:ユーザの声を聞くという仕事はひとつのアートです。ユーザからはよく「こんな機能がほしい」⁠こういうサービスをはじめてほしい」と提案されます。ここでフォーカスすべきは、ユーザが求めている機能そのものではなく、その機能を求める背景、つまりユーザが実際に抱えている課題です。ユーザが本当に解決したいと考えている課題を正しく捉えるためにも、ユーザの声を聞くというエバンジェリストの役割は重要なのです。ユーザの声を聞くときも1つの企業だけではなく、複数のユーザのリクエストを分析して問題を絞り込んでいます。

もうひとつ重要なのは、現在だけでなく将来も見据えることです。新しい技術があったとしても、その技術が近い将来、どう発展するのかを予測してポテンシャルを計るようにしています。流行の技術だからという理由だけでサービスをローンチすることはありません。

"サーバハガー"は相手にしない

─⁠─AWSの新サービスや新機能がローンチされるたびに、ユーザ以上にユーザの欲しいものを理解していると感じます。ユーザ自身も気づかない真のニーズを掘り起こすことができる秘訣は?

JB:よく競合他社のサービスについて聞かれるのですが、我々は他社のサービスにフォーカスすることはありません。AWSがフォーカスするのはユーザだけです。クラウドはテクノロジありきではなく、ビジネスありきで革新が行われてきたのはこれまでの歴史が証明しています。ビジネスの課題、つまりユーザの悩みを解決することにどこまでもフォーカスしたサービスを提供していくことこそが我々のスタイルです。

─⁠─そうは言っても競合他社はAWSを気にするようです。たとえばIBMやDell、HPなどハード系ベンダはOpenStackを掲げてAWSとの差別化を図ろうとしています。こうした動きは気になりませんか。

JB:繰り返しますが、AWSは競合他社にはいっさい興味がありません。ですが、ユーザのリクエストがある場合は話が変わります。OpenStackの話をする前に、なぜクラウドの世界ではパブリッククラウドが一般的なのかを考えてみてください。テクノロジベンダが主導するプライベートクラウドはどうしてもそれらのベンダが保有する"テクノロジありき"になりがちで、ビジネスのニーズが後回しにされやすいのです。実際、プライベートクラウドを構築したものの、ベンダの縛りがきつくてAWSにしたというユーザも少なくありません。

─⁠─ではユーザからのリクエストがあればOpenStackコネクタを出す可能性もあるということでしょうか。

JB:AWSはリリースに関してははっきりと線引をしています。リリースしたものとその前段階にあるものは明確に区別されます。リリース前の情報を発信することは間違ってもありませんし、可能性に対して言及することもありません。

─⁠─では質問を変えます。最近、クラウドベンダの中にはDockerやベアメタルをサービスとして提供しているところが増えていますが、AWSはこうした「ハイパーバイザ不要論」につながりそうな技術をどう見ていますか。以前、AWS CTOのヴァーナー・ボーガス(Werner Vogels)博士にベアメタルについて質問したら、「君は50年前に戻りたいのか!?」と一喝されました…。

JB:Dockerのようなコンテナ技術は非常におもしろいですね。AWSでも「AWS Elastic Beanstalk」でDockerのサポートを開始していますが、クラウドに新たな価値をもたらす技術だと期待しています。

ベアメタルに関しては私もヴァーナーと同じ意見です。そもそもベアメタルなんて環境を必要としている企業はそれほど多くはないはずです。仮想化のほうがずっと効率的だということはいまさら言うまでもない事実ですし。

─⁠─ヴァーナー先生は「いくらハグしてもサーバはハグを返してくれないよ」と2年前のre:Inventで言われていました。

JB:その通りですね。まあ、世の中にはいつも一定数の"サーバハガー"というか、ハードが大好きで仕方がない人たちがいますから、そうしたニーズもあるのかもしれませんが。

サービスも情報提供もスピード勝負

─⁠─AWSのサービスがローンチされるとき、もうひとつ驚く点が、ほとんどのサービスがすぐに使える状態でリリースされていることです。アルファ版やベータ版であっても練りこまれていてクオリティが高い。

JB:ブログを書くとき、私がいちばん好きなフレーズは「Get Started Now. ─すぐにお使いになれます」というものです。これはAWSが過小評価されていると感じている部分なのですが、我々は基本的にほとんどのサービスを世界同時にリリースしています。先ほど「リリースされているものとリリース前のものにははっきり区別をつける」と言いましたが、その理由もここにあります。AWSのサービスは、世界で誰もが使えるクオリティに達してはじめてアウトプットする価値をもつからです。

─⁠─そういえばジェフさんのブログがアップされると、数日、ときには数時間以内で日本語でブログがアップされるのにもいつも感心します。

JB:エバンジェリスト間の連携も緊密に行われています。ブログに関しても高いレベルでの正確性とスピードが要求されますが、一度アウトプットすると決まったら、可能な限り速く出さねばいけません。出すまでのハードルは高いですが、出してからはスピード勝負です。そういう意味では、AWSはすべてのスタッフがリアルタイムエンタープライズのアプローチで仕事をしているといえますね。クラウドでユーザにリアルタイムエンタープライズを実現してもらおうとしている以上、それに従事する我々がもたもたしているわけにはいきませんから。

─⁠─お話を伺っていると、なかなか競合他社が追いつくのは難しいように感じるのですが、逆に、どうしてほかのクラウドベンダはAWSのようにはいかないんだろうと不思議です。

JB:先ほども触れましたが、競合と言われるテクノロジベンダとAWSではそもそもの立ち位置が違います。AWSは親会社にAmazonという世界最大級のリテール企業をもちます。つまりユーザ、それも途方もなく大きなエンタープライズ企業のバックエンドを支えるべく開発を続けてきたのです。膨大なリソースを使って、何年も何年も研究を積み重ね、データモデルを構築し、リアルタイムに需要を予測しながらインフラを組み上げてきました。

Amazonの場合、適切にサービスを動かすことができなければ、それは売上の低下に直結します。テクノロジありきのベンダとはそこが大きく異なります。また、AWSと同じ"規模の経済"を小さなクラウドベンダがやろうとしても、さすがに無理でしょう。

─⁠─たとえば「1時間で○○なスペックの1000台のサーバを用意する」といっても、ほかのベンダではAWSと同じレベル(価格、パフォーマンス、セキュリティ、高可用性、etc.)で提供することは難しそうです。クラウドのメリットである「必要なリソースを必要なときだけ、それも安く」というのは"言うは易く行うは難し"の典型のように思えます。

JB:AWSは開発に数多くのプロフェッショナルがいます。そして彼らはデータというものを熟知しており、数学的モデルにも精通しています。ハードウェアの需要予測なども非常に高い精度で行われているので、ハードウェアリソースのフレキシブルな準備はもちろん、価格の頻繁な改定も可能になるのです。AWSは何度も価格を下げてきましたが、マーケティングの戦略で行っているわけではなく、本当にその価格で提供できるから実現しているのです。需要と供給のバランスを正確に取れるか否かは、ユーザに快適なクラウドを提供する上で欠かせない要素です。

─⁠─この勢いはまだしばらく続きそうですね。

JB:AWSの成功はアーリーアダプターのユーザが多かったことも大きな要因です。リスクを負ってでも新しいことに果敢に挑戦していくようなパワーのあるユーザが積極的にAWSを採用し、彼らがクラウドを牽引したことで、さまざまなビジネスに変革が起こりました。

ひとつ事例を挙げましょうか。世界的な製薬企業のブリストル・マイヤーズはAWSを採用したことで、新薬のシミュレーションにかかる時間を60時間から1時間に短縮しました。開発の工程がこれほど大幅に短縮されれば、臨床も短くなります。結果としてより速く患者に新薬を届けられるようになる。こうしたビジネスのトランスフォーメーションはいたるところで起こり始めています。

─⁠─日本でも同様のことが起こり得るでしょうか。

JB:もちろんです。日本のユーザグループであるJAWS-UGは本当に熱量の高い、世界的に見てもトップクラスのユーザグループだと評価しています。48も支部があるなんて、本当にすごい。日本のユーザがAWSのクラウドで"Go Global"に羽ばたく事例がひとつでも増えるよう、我々も全力で支援していきます。

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