オープンソースの「ゼロサムゲーム」終止符? ―MicrosoftがGitHubを75億ドルで買収

MicrosoftとGitHubは6月4日(米国時間⁠⁠、Microsoftが75億ドル(約8230億円)でGitHubを買収したことを発表しました。Microsoftは全額をMicrosoft株で支払い、2018年内には買収をクローズさせる予定としています。買収完了後、GitHubのフィナンシャルはMicrosoftのインテリジェントクラウドセグメントに帰属することになります。

買収のニュースを伝えるGitHubのブログ記事
A bright future for GitHub | The GitHub Blog
GitHubの輝かしい未来(上記記事の日本語抄訳)
サンフランシスコのGitHub本社内にある「考えるオクトキャット」
サンフランシスコのGitHub本社内にある「考えるオクトキャット」

買収後もGitHubの企業としての独立性は維持されることになりますが、GitHubの新しいCEOにはMicrosoftでデベロッパサービス部門のコーポレートバイスプレジデントを務めるナット・フリードマン(Nat Friedman)氏が就任することになりGitHubの現CEO兼共同創業者であるクリス・ワンストラス(Chris Wanstrath)氏はMicrosoftのテクニカルフェローになる予定です。GitHubの現経営陣の多くはフリードマン氏にレポートすることになると見られています。フリードマン氏はMicrosoftに買収されたXamarinの創業者でもあり、オープンソースコミュニティに精通する人物としても知られていますが、XamarinをMicrosoftにマージさせた経験を活かし、GitHubの独立性を保ちながらもMicrosoftとのシナジーを高める役割を担うことになります。

「GitHubを10年前(2008年)に立ち上げたときには、こんなヘッドラインを想像すらしなかった。Gitはパワフルではあったけどニッチなツールであり、クラウドなんて本当に雲の上にある存在で、Microsoftはいまとはまったく違う会社だった。オープンソースとビジネスの関係について、当時はみんな"水と油を混ぜるようなものだ"と言っていた」―ワンストラス氏は4日付のブログでこうコメントしています。

GitHub CEO クリス・ワンストラス氏
GitHub CEO クリス・ワンストラス氏

創業から10周年を迎えたGitHubのエグジットに関しては、かねてからいくつかの噂がありましたが、最終的にMicrosoftをパートナーに選んだ理由としてワンストラス氏は、ここ数年に渡ってMicrosoftと多くのオープンソースプロジェクト(Git LFSからElectron)でコラボレートしてきたこと、MinecraftやLinkedInのようなオープンを掲げる企業の買収とその後の運営を成功させていること、そしてAzureがデベロッパにとってのイノベーティブなプラットフォームに成長していることを挙げています。Microsoftに所属するGitHubコントリビュータの数は1万7000人を超えているとも言われており、GitHubプロジェクトへの同社の貢献度からみても、今回の買収はそれほど不自然ではないでしょう。

またGitHub自身も、次の10年を見据えたビジネスの展望を示す必要に迫られていたことは事実で、ここ1、2年は「GitHub Enterprise」を中心とするエンタープライズビジネスや、No Code/Row Codeを意識した文書管理システムなどノンプログラマ向けのプロジェクトの支援にフォーカスしていました。企業として一段上のステージに行くためにも、Microsoftによる買収はタイミングとしても資金的な側面から見ても適切だったように思われます。

サンフランシスコ市内にあるGitHub本社。1Fから屋上に至るまで、すべてのフロアがデベロッパネイティブに作られている。セクハラ事件以来、あらゆる人種や性別を配慮したダイバーシティな構成になっているのも特徴
サンフランシスコ市内にあるGitHub本社。1Fから屋上に至るまで、すべてのフロアがデベロッパネイティブに作られている。セクハラ事件以来、あらゆる人種や性別を配慮したダイバーシティな構成になっているのも特徴

Microsoftのサティア・ナデラ(Satya Nadella)CEOは「Microsoftはデベロッパファーストの会社であり、GitHubの力を借りてデベロッパの自由、オープン性、そしてイノベーションにコミットすることをさらに強化していく」と明言していますが、かつては自他ともに認める「オープンソースの敵」だったMicrosoftがGitHubを取り込むことに不安を覚える向きは少なくありません。たとえば、テキストエディタのAtomなど、Microsoft製品/サービスとかぶる位置にあるGitHubポートフォリオの今後を不安視する声は多いようですが、買収完了後にはなんらかの形で両者によるポートフォリオの整理と統合が進められる可能性は高いでしょう。ここでデベロッパやユーザを失望させないプロダクトやサービスを提供することができるのか、MicrosoftとGitHubチームに期待されているところだと思われます。

もっともMicrosoftはナデラ氏のCEO就任にともない、社内に存在していた多くの製品プロジェクトを中止、または組織を変更し、同じような技術を基盤とするオープンソースプロジェクトへの投資に切り換えてきた経緯があり、並列分散処理基盤の「Dryad」やソースコード管理製品の「Team Foundation Server」などはその代表です。したがって、GitHubとのポートフォリオ統合においても、ユーザの希望を最大限尊重するかたちで進められることが期待されます。

筆者は昨年、サンフランシスコで開催されたGitHubの年次カンファレン「Universe 2018」に参加したのですが、その際、MicrosoftのVisual Studio Team Services プログラムマネージャ(当時)のエドワード・トムソン(Edward Thomson)氏がセッションで「オープンソースはゼロサムゲームではない」と語っていたことが強く印象に残っています。オープンソースもオープンソースビジネスも、誰かが何かを得れば、もう一方が何かを失うような類のものではなく、ミッションを同じくするチームがコラボレートすることで新しいイノベーションを生み出していく ―世界最大級のクラウド&ソフトウェアカンパニーと、世界最大のコラボレーションプラットフォーマーがひとつになることで、どんなシナジーが生まれるのか、世界中のユーザが大きな期待といくばくかの不安をもって見つめています。

「Universe 2018」でセッション中のエドワード・トムソン氏。もとGitHubの中のひとでMSに転職、そしてまたGitHubのメンバーと一緒に仕事をすることに
「Universe 2018」でセッション中のエドワード・トムソン氏。もとGitHubの中のひとでMSに転職、そしてまたGitHubのメンバーと一緒に仕事をすることに
トムソン氏による⁠Open Source is NOT a zero-sum game.⁠のスライド。映画「ウォー・ゲーム」の有名な画面ですね。
トムソン氏による“Open Source is NOT a zero-sum game.”のスライド。映画「ウォー・ゲーム」の有名な画面ですね。

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