RubyKaigi2008 スペシャル★レポート

RubyKaigi・アンド・ナウ――日本Ruby会議2008運営委員長の個人的なふりかえり

高橋さんと「日本でもこういう感じのRuby Conferenceをやりたいねえ」という話もしてて、やるとしたら次のゴールデンウィークあたりがいいかな? と考えてます。

――青木峰郎ruby-list:31889)

はじめに

日本Ruby会議(RubyKaigi)は2006年から毎年開催されている、日本における事実上の公式Rubyカンファレンスです[1]⁠。3回目の開催となった今年のRubyKaigi2008は、いくつかの課題を残しながらも基本的には成功したイベントだったと思います。怪我や混乱もなく無事に会期を終えることができたのも、さまざまなかたちでRubyKaigiの運営を支えてくださった方々と、参加者のみなさんのおかげです。この場を借りて御礼もうしあげます。

本記事では初回から運営に携わっていた者の個人的な視点から、RubyKaigiのこれまでをふりかえり、今後の展望をお伝えします。

その前に、運営委員長という役割を簡単に説明しておきます。日本Ruby会議実行委員会は2007から実行委員長、プログラム委員長、運営委員長の3役を中心にチームを編成しています。実行委員長は、開催についての最高責任者、RubyKaigiの「顔」です。プログラム委員長は、セッションや企画といったコンテンツの責任者です。RubyKaigiの「頭脳」ですね。運営委員長は、会期中の運営をつつがなく行うための準備とオペレーションに責任を持ちます。RubyKaigiの「首から下」です。会期中の現場では、他の実行委員や当日スタッフとチームを組んでオペレーションを行います。

新しいRubyKaigiのあり方を探る試み

RubyKaigi2008の趣意書にもある通り、今年のRubyKaigiのテーマは「多様性」でした。これはRubyKaigi2007の基調講演でDave Thomasが私たち日本のRubyistに向けたメッセージ、⁠Prepare to welcome new people(新しい人々を迎える支度をしよう⁠⁠」を踏まえたものであり、Ruby on Railsの普及に伴うRuby利用者層の拡大と多様化、次世代Rubyである1.9.0のリリース、JRubyやRubinius、IronRubyにMacRubyといったさまざまなRuby実装の出現、といった昨今のRubyを取り巻く状況を反映させたものです。

……というのは表向きの理由で、実行委員会として多様性をテーマに打ち出したのにはもう一つ理由があります。それはRubyKaigi2008をRubyKaigi2007を越えるRubyKaigiを開催するための道を探る試みとするというものでした。昨年のRubyKaigi2007は「Rubyコミュニティの一体感の演出」という意味で成功し過ぎてしまいました。高橋征義さんによるRubyist Magazine 0021号の巻頭言がそのことを端的に語っています。曰く「基調講演はRubyコミュニティの一体感を強烈に演出したのだが、しかしながらその一体感は、実際にはそこにそぐわない部分を捨象した、一種の幻想にすぎない」と。

そこでRubyKaigi2008では、これまでのRubyKaigiを支えていた一つのRuby、一つのRubyコミュニティという思想から離れたRubyKaigiのあり方、すなわち「いくつのものRuby、いくつものRuby処理系、いくつものRubyコミュニティに分かれながら、それでもどこかでつながりあい、影響しあっていく。そのような流れにあるRubyの姿を確認し、その流れを歓迎しつつ、さらなる発展を目指すための足がかりを得る」ために、次のようなチャレンジを行いました。

  • 0th dayとブース出展
  • 「RubyKaigi2008 Golfコンペ」と前夜祭
  • 海外からの招待基調講演の取りやめ
  • マルチトラック化とセッション司会制
  • Ustream.tvによるストリーミング中継
  • RejectRejectKaigi

改めて並べてみると、RubyKaigi2008はチャレンジづくしでした。そして、⁠今後のRubyKaigiのあり方を探る」という意味では収穫の多い開催となりました。今回実践した結果からのフィードバックを踏まえて、次回以降のRubyKaigiに活かしていきたいと考えています。

「0th day」とブース出展

これまでRubyKaigiの会期は土・日の2日間でしたが、RubyKaigi2008は金・土・日の3日間に会期を拡大しました。平日開催は初めての試みだったので「0日目(0th day⁠⁠」と呼称し、内容についてもビジネス寄りの内容を多くしてみました。とはいえ、ビジネス一辺倒にするのでなく国内外のRubyコミュニティを紹介する時間も設けました。

当初は平日の開催で果たして人が来てくれるのか心配だったのですが、終わってみれば200名近い参加者を集められ、盛況な開催となりました。

「0th day⁠⁠ 会場の様子
「0th day」 会場の様子

「RubyKaigi2008 Golfコンペ」と前夜祭

今回は参加型の企画としてRubyKaigi2008 Golfコンペと参加者の飲食物持ち込みによる前夜祭を実施しました。きっかけは「ビジネスといえばゴルフでしょ」という冗談から始まった企画でしたが、出題者にゴルフ場オーナーの浜地慎一郎さんを迎え、多数の景品を用意するなど、全力で冗談を実現してみました。前夜祭での表彰式や浜地さんによる講評も大いに盛りあがり、予想以上の反響を得ました。Golfコンペの表彰については、RubyKaigi日記にまとめておきますので、こちらも参照してください。

また、Golfコンペの表彰とあわせて実施された前夜祭も「参加者が飲食物を自分で持ち込む」という参加者主導のカジュアルな形式で行いました。一般参加者が参加できるような企画は今後も考えていきたいです。

海外からの招待基調講演の取りやめ

RubyKaigi2006ではRuby on Railsの作者であるDHHことDavid Heinemeier Hanssonを、RubyKaigi2007ではDave "達人プログラマー" Thomasを招待して基調講演としていましたが、今年はそれを取りやめて、発表はすべて一般公募(Call For Presentation : CFP)に応募してもらうことにしましたruby-talk:286198⁠。

この募集に対するDave ThomasからのRubyKaigiは私がこれまでに参加したなかで最も暖かく歓迎されたカンファレンスの一つという応援メッセージの効果もあってか、当初は日本語による発表よりも英語による発表の応募のほうが多いという状況でした。

結果的にRubyKaigi2008では海外参加者から、次のような方々が発表してくれました。

  • Chad FowlerとRich Kilmer(RubyConf、RubyGems)
  • Aaron Patterson(WWW::Mechanize、johnson.rb)
  • Charles Nutter(JRuby)
  • Evan Phenix(Rubinius)
  • Laurent Sansonetti(MacRuby)
  • Alex Kane(Tunecore.com)

また、厳密には海外参加者ではありませんが、会場に遊びに来てくれていたRamazeの作者であるMichael Fellingerさん(現在日本に在住しているそうです)からRejectKaigiでRamazeの紹介がありました。

発表者だけでなく、参加者についても昨年までに比べると格段に「日本人ばなれした」風貌の参加者が増えたのもRubyKaigi2008の特徴の一つでした。

今年参加してくれたChad Fowlerからは来年はもっと日本人以外の参加者が増えて言語障壁も低くなるといいねとも言われています。YAPC::Asiaの国際性を見習って、日本だけでなく世界中のRubyistから認知されるRubyKaigiにしていきたいと考えています。

マルチトラック化とセッション司会制

RubyKaigi2008ではメインセッションとサブセッションのマルチトラック化を採用しました。これはもちろん「多様性」という今回のテーマに応える試みでしたが、同時に「応募が多過ぎて1トラックではフォローしきれない」という切実な問題への対応でもありました。

また、メインセッションでは昨年までのような総合司会を置かずに、セッションのまとまりごとに識者にセッション司会をお願いする形式を採用しました。これは、セッション内容に造詣の深い人を起用することで、より深い良い発表に導ける可能性に挑んだものです。もう一つの狙いとしては、進行について「昨年との違い」を演出するものでもありました。

マルチトラック化そのものはおおむね好評だったと認識しています。RubyKaigi2008の参加者やスピーカのみなさんからいただいたフィードバックを踏まえて、進行やタイムテーブルを改善しながら今後もマルチトラックを前提にしてく予定です。

Ustream.tvによるストリーミング中継

公開までのタイムラグはさておき、RubyKaigiでは初回からセッションの録画を公開しています。今年は、従来通りのセッション録画に加えて、Ustream.tvを通じた会期中のストリーミング中継にチャレンジしました。

中継は会場に来れなかった人にも、雰囲気や内容を楽しんでもらえるようにという「参加形態の多様性」を実現する試みでした。配信の準備および現場での作業は、録画・配信の特別編成チームKaigiFreaksが中心に動いてくれました。

KaigiFreaksが今回のために作成したネットワークおよび録画・配信に関する資料がRuby札幌のサイトで公開されています。今後のカンファレンス運営の参考になれば幸いです。

事前のアナウンスが不十分だったこともあり、今回のストリーミング中継については賛否や懸念もいただいていますが、たとえ運営側で禁止したとても、今や誰にでも簡単に同様のことは行えてしまいます。であるならば、運営側が積極的にサポートしていくほうが賢明だと考えています。

RejectRejectKaigi

RubyKaigiでは第2回の2007年から発表を公募する方式(Call For Presentation : CFP)を採用しています。予定していた発表枠に対して非常にたくさんの応募があり、残念ながら多くを却下(Reject)せざるをえませんでした。こうした、RubyKaigi本編に通らなかった(または通りそうにない)発表を集めた「RejectKaigi」というイベントを、RubyKaigi2007終了後に開催しました。昨年のRejectKaigiでは19の発表が行われました(1つの発表あたりの時間は2分30秒です。これは丁度、ライトニングトークの半分の時間です⁠⁠。

RubyKaigi2008でも昨年と同様にRejectKaigiでの発表を募集したところ、昨年を大幅に上回る31本の応募がありました(うち2本は発表者都合によりキャンセルされました⁠⁠。そのため、RejectKaigiからさらにRejectせざるをえない事態になりました。かといって、RejectKaigiまでRejectして発表できないというのも応募者が浮かばれないので、急遽「RejectRejectKaigi」を実施することにしました。ただし、会場を借りている時間帯や撤収の都合もあるので、以下のような構成をとりました。

  • 1つの会場でRejectKaigiとRejectRejectKaigiを同一タイムラインで同時進行
  • 公平を期すためにマイクの利用はなし

本編終了後のカジュアルなイベントであることに発表者のヤケクソ感が重なり、双方の発表者が大声を上げ、歌い、ピアニカを鳴らすというかなり混沌としたイベントとなりました。おもしろかったです :-)

ただ、数多くの発表が却下され続ける状況というのも好ましくありません。⁠もっとおもしろいRejectKaigi」を求めるよりは、RubyKaigi以外にRubyに関する発表を行える場を用意するのが健全だと考えています。私がRejectKaigiの最後に発表したRegional RubyKaigiの御提案はそうした主旨にもとづくものです。

RejectKaigiの最後に発表した「Regional RubyKaigiの御提案」
RejectKaigiの最後に発表した「Regional RubyKaigiの御提案」

RubyKaigiの課題

RubyKaigi2008は新しいRubyKaigiのあり方を探る試みという点では一定の成果を出せましたが、一方で課題も残されています。

  • 開催規模と運営負荷
  • 多様性と文化摩擦
  • RubyKaigiという名前の重み
RubyKaigi、RejectKaigi等の全日程終了後のスタッフふりかえり
RubyKaigi、RejectKaigi等の全日程終了後のスタッフふりかえり

開催規模と運営負荷

スピーカーやスタッフも含めたRubyKaigiの開催規模は年々拡大しています。2006年は約200名、2007年は約400名、2008年は約600名でした。今後、規模の拡大を目的に拡大するつもりはありませんが、⁠参加してみたいと思った人がチケット完売で悲しい思いをする」という事態をなるべく減らしたいと考えています。そのためには、余裕を持った規模での開催が望ましいのですが、現状の素人を中心にした運営体制には限界を感じ始めています。

過去のRubyKaigiは「次がなくても今回が最高のものにしたい。継続性を求めて小さくまとまるよりは、二度とできなくてもベストを目指すべき」という方針で取り組んできました。そのため、基本的には会期中に次回の開催を考えることはしていませんでした。ところが、RubyKaigi2008のクロージングでは、高橋征義さんから「2009年のいつか」⁠日本のどこか」で開催されることがアナウンスされました。これはRubyKaigiの歴史としては大きな転換点です(実際には何も決まってませんが……⁠⁠。

そろそろ運営の体制やスケジュールなど、継続的な開催を可能にする仕組みを整備していく機が熟しつつあるかなと考えています。また、規模が大きくなると、扱う金銭の額も大きくなります。この点については、RubyKaigi2008で新しく主催に迎えたRubyアソシエーションとの連携を深めていくことで対応したいと考えています。

多様性と文化摩擦

Rubyの認知度の高まりや開催規模の拡大、Ustream.tvでの中継といったさまざまな要因によりRubyKaigiの参加者層が多様化したことで、バックグラウンドの異なる人たちとの間で文化的な摩擦が起こるようになってきました。yuta4839さんのエントリは今回の文化摩擦を象徴しています。ここでも、私にはDave ThomasがRubyKaigi2007の基調講演で残した言葉が思い起こされます。

  • 「Protect what we have(自分たちを大事にしつつ⁠⁠」
  • 「But learn from them"(彼らに学ぼう⁠⁠」

「彼ら」とはこれからRubyと、Rubyの文化に触れることになる人たちのことです。RubyKaigiについて「内輪受けに過ぎる」という参加者からのフィードバックは初開催のRubyKaigi2006から毎年寄せられていますが、Rubyist Magazineのキャッチに倣っていえば、RubyKaigiはRubyistのRubyistによるRubyistとそうでない人のためのイベントです。Rubyistが自分たちの所属するコミュニティでの「年に一度のお祭り」を楽しむとともに、Rubyコミュニティ外の文化を背景に持つ人たちとの間で、お互いがお互いを尊重しあえるようになるといいなと思っています。

RubyKaigiの会期運営中のスタッフのモットーはMatz is nice and so we are nice.です。これはMINASWANと略されることもある、英語圏のRubyコミュニティで生まれた標語です。⁠Matzがイイ奴だから、僕らもイイ奴なんだ」という標語に、⁠優しい独裁者」モデルで開発されているRubyコミュニティらしいユーモアを感じて、私は気に入ってます。⁠Matz is nice and so we are nice.」――RubyKaigiがそんな気持ちに満ちたナイスな場であり続けられるようにしたいと考えています。

RubyKaigiという名前の重み

3年間続けた甲斐もあって、RubyKaigiは国内のみならず海外のRubyコミュニティからも一定の認知度を得るようになりました。

たとえば、最新版スナップショットである1.9.0-2はRubyKaigi2008をリリース目標としてアナウンスされましたruby-core:17162)[2]⁠。Rubyの開発にとってマイルストーンとなるイベントとして認知されることは、運営している身として素直にうれしいです。ちなみに、JRuby 1.0のリリースアナウンスはRubyKaigi2007で行われました

海外のコミュニティにRubyKaigiはde-facto authoritative Ruby conferenceとして紹介されています。ほかにも、コンポーネントスクエアの田島さんの尽力もあってInfoQのニュースとしても取り上げてもらっていますその1その2)。

一方で、青木峰郎さんから「Rubyリファレンスマニュアル刷新計画」の枠について、文字通り忌憚のない意見123をいただいたことは襟を正す機会となりました。誤解や行き違いはあったにせよ、青木さんにこうした感情を抱かせてしまったのは事実ですし、同時にこれはRubyKaigiの運営側に対して「日本Rubyの会主催のイベントである」という自覚を持て、というメッセージだと受けとめています。

今後のRubyKaigiでは、こうした周囲からの期待や注目に恥じない運営を目指すとともに、当初からのモチベーションである「運営している自分たちも楽しむこと」を忘れずにRubyKaigiを運営していきたいと考えています。これからもよろしくお願いします。

これからのRubyKaigi

当初は軽くまとめるつもりだったのに随分と長くなってしまいましたが、最後にこれからのRubyKaigi周辺の活動予定を、確定している範囲でお伝えします。主に3点です。

  • RubyKaigi2009
  • Regional RubyKaigi(地域Ruby会議)
  • RubyConfとの連携

RubyKaigi2009

来年もRubyKaigiは開催します。場所や日程は未定です。規模については、可能ならば今年よりもいくらか拡大したいと考えています。また、YAPC::Asiaを見習って、もう少し国際化/多言語化に配慮したいと考えています。

なお、毎年参加者から寄せられるフィードバックにある「英語スピーカーに通訳を」という意見については、今のところ採用する予定はありません。同時通訳は費用や準備での負担が大きいこと、逐次通訳は現状の過密なセッションスケジュールでは発表時間の実質的な密度が低くなってしまうことがその理由です。

Regional RubyKaigi(地域Ruby会議)

年1回のRubyKaigi以外にも、RubyKaigiのようなイベントを開催しようというプロジェクトです。プロジェクトの概要や枠組みついての詳細は、後日、日本Rubyの会メーリングリストでアナウンスがあるはずです(私の提案が日本Rubyの会に受け入れられました!⁠⁠。

「Regional RubyKaigiの御提案」発表時に挙げたSolution
「Regional RubyKaigiの御提案」発表時に挙げたSolution

RubyConfとの連携

RubyKaigi2008には、2001年から毎年米国でRubyConfを開催しているRuby Central,Inc.のChad FowlerとRich Kilmerが参加してくれました。これをきっかけに、米国のRubyConfとも何らかの連携をしたいと考えています。といっても、具体的にはまだ何も決まっていないのですが :-)、この場でも改めて「一緒になにかやります」という私たちの意志を表明しておきます。

Chad Fowlerと筆者
Chad Fowlerと筆者

おわりに

改めてまとめてみると「これからのRubyKaigi」として決定していることはほとんどないことに我ながら驚きます。

RubyKaigiについての続報はRubyKaigi日記日本Rubyの会メーリングリストでお伝えします。RubyKaigiの今後に興味を持たれた方は、こうした情報源もチェックしてください。

ではまた、みなさんとRubyKaigiでお会いできることを楽しみにしています。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧