おめでとうLinus! 2010年度 NEC C&C賞 表彰式典でLinus Torvalds氏が受賞講演

11月24日、東京・赤坂のANAインターコンチネンタルホテルにて、2010年度 C&C賞 およびC&C財団25周年記念賞の表彰式典が行われた。この式典に、本年度のC&C賞受賞者の一人として、Linuxの生みの親、Linus Torvalds氏が出席、受賞講演でその喜びを語った。

会場となったANAインターコンチネンタルホテル
会場となったANAインターコンチネンタルホテル

「C&C賞」とは、NEC C&C財団が1985年に創設した賞で、情報処理技術、電気通信技術、半導体デバイス技術、およびこれらの融合する技術分野(Integration of Computers and Communications -C&C)の開拓または研究、あるいはこの分野の進歩がもたらす社会科学的研究活動に関し顕著な貢献のあった人に授与される。創設以来これまでに選ばれた85名の受賞者の中には、UNIX/C言語の生みの親Dennis Ritchie、Ken Thompsonの両氏や、青色LEDの発明者中村修二氏、World Wide Webを作ったTim Berners-Lee氏など錚々たるメンバーが並ぶ。2009年度にはRSA暗号方式を発明したR(Ronald Rivest⁠⁠、S(Adi Shamir⁠⁠、A(Leonard Adleman)の三氏が選ばれている。

式典でLinus氏に送られた賞状や目録
式典でLinus氏に送られた賞状や目録

表彰台のLinus

表彰式は、同財団理事長の佐々木 元氏による「歓迎の辞⁠⁠、審査委員長の末松 安晴による審査経過および結果の発表と進み、いよいよハイライトとなる贈呈式となった。受賞者には表彰状、賞牌、および賞金1千万円が贈られる。

理事長の佐々木氏より表彰状を受け取るLinus氏。やや緊張気味か?
理事長の佐々木氏より表彰状を受け取るLinus氏。やや緊張気味か?
贈呈が終わり、カメラマンに向かって笑顔を向けたLinus氏
贈呈が終わり、カメラマンに向かって笑顔を向けたLinus氏

ぼくはさまざまな「インフラ」に支えられて今までやってこれた─Linus氏受賞講演から

贈呈式の後、受賞者による受賞講演が行われた。三番目に壇上に登ったLinus氏は自らの少年時代の話から語り始めた。

  • 「親戚に科学者がいたこともあり、子供のころは科学者になりたいと思っていました。普通の子供だったらスーパーマンや消防士になりたい、といった夢をもつ時分です。世界がどう機能しているのか、ということに興味がありました。ニュートンやアインシュタインが、ぼくにとってのヒーローだったのです。」

そんなLinus少年のその後を変えたのが、やはりコンピュータとの出会いだった。

  • 「数学者だった祖父に、コンピュータを教わりました。コンピュータで遊んでいるうちに、プログラミングが科学よりもおもしろくなったのです。」

といっても、これまでずっとプログラミングだけに没頭してきたわけでは無いのはご存知の通りだ。

  • 「ぼくが本当の意味でLinuxのコードを書くのに専念していたのは、最初の半年から10ヵ月くらいです。その後何をしていたかというと、⁠コミュニケーション⁠です。開発者同士がいかにうまくコミュニケーションをとって、開発上の問題を解決していくかが非常に重要なことを、これまでに学びました。まさに⁠C&C⁠というのは、ぼく自身のテーマなのです。」

  • 「これまで本当に多くの人が人がLinuxの開発に加わってくれました。開発者だけではありません。たくさんのコードのテストや検証作業にも多くの人が参加してくれました。これまで関わってくれたすべての人に感謝します。」

受賞講演でのLinus氏「すべての皆さんに感謝します」
受賞講演でのLinus氏「すべての皆さんに感謝します」
  • 「最近ぼくが関心をもっているのは、プログラミングよりも開発のプロセスです。コードを書くよりも、コードを書くためのサジェスチョンができることを目指しています。ぼく自身が最近開発したプログラムには、コミュニケーションのためのツールが多くあります。というのは、これほど分散した形で発展しているシステムはLinuxだけだからです。多くの国、地域、そして企業、組織にまたがった形で開発が進んでいます。そんなシステムに必要なのは、単なる開発力よりもコミュニケーションです。」

ではコミュニケーションをとるために大事なことは何だろうか?

  • 「ぼくは人生の半分である約20年をLinuxにかけてきました。その中で起こった大半の問題はコミュニケーションに関することです。必ずしもいいことばかりがあったわけではないのに、20年間コミュニケーションをなぜ続けられたのか? それは情熱を持ち続けているからです。コンピュータに関わっているような人に情熱はないと思われるかもしれませんが、ここまで続いているのがその証拠です。仲良しだけでは続きません。こうして情熱を持ち続け、コミュニケーションをとってくれた皆さんに感謝します。」

貴重なタキシード姿のLinus氏の勇姿? ⁠ペンギンのようだ」とは隣にいた某記者氏の弁
貴重なタキシード姿のLinus氏の勇姿? 「ペンギンのようだ」とは隣にいた某記者氏の弁

そしてまとめとして、Linus氏をこれまで支えてきた⁠3つのインフラ⁠について語り、謝辞を贈った。

  • 「⁠⁠インフラ⁠(Infrastructure)とは、異なる立場の人たちが共同作業をするための場といえます。その確立にはNECも大きな役割を果たしてくれています。そうしたインフラに、ぼくは助けられてきました。」

  • 「まず、Linuxがフィンランドで生まれたのは偶然ではありません。ぼくがLinuxを作ろうと思ったのは、貧乏で高いプログラムを買うことができなかったからですが、フィンランドに無料で高い教育が受けられるインフラがあったから、それだけの力をつけることができたのです。」

  • 「アメリカ西海岸を中心としたオープンソースコミュニティのインフラ。彼らのサポートのおかげで、Linuxを発展させることができました。また、⁠財団⁠(Foundation)というインフラもぼくの活動を支えてくれています。Linux Foundation、そしてこのC&C財団もそうです。こうした財団の皆さんにも感謝を贈ります。」

  • 「そして最後に、すべてのLinux利用者というすばらしいインフラに感謝します。このインフラのおかげでLinuxができました。思いもつかない利用法でLinuxを活用してくれた方、さまざまな使い方をしてくれたみんなのおかげで、いろんな意志決定が生まれました。日本のユーザもいま、組込みなどの分野で大きなインフラとなってくれています。その皆さんに感謝します。」

レセプションに向かう前のLinusご夫妻:今回の授賞式は、これまた珍しいご夫妻での出席でした
レセプションに向かう前のLinusご夫妻:今回の授賞式は、これまた珍しいご夫妻での出席でした

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