レポート

Calcハッカー,吉田浩平氏が語るLibreOfficeの歴史と未来 ~LibreOffice mini Conference 2016 Osaka/Japan 基調講演レポート

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2013年下期から現在にかけて

その後,2013年下期から現在までの間は,LibreOfficeプロジェクトにとっても,吉田氏にとっても大きな出来事がありました。

一つは,LibreOfficeプロジェクトの設立メンバーを多く抱えるSUSEが,LibreOfficeのビジネスから撤退することとなり,吉田氏を含む主要なメンバーがイギリスのオープンソース企業Collaboraに移籍したことです。その後,CollaboraはLibreOfficeの長期サポート(Long Term Support; LTS)⁠Level 3サポート(ソースコードレベルでのサポート)⁠開発コンサルタントなどを請け負う部門Collabora Productivityを立ち上げました。

もう一つは,The Document Foundationの2つ目のプロジェクトとして,Document Liberation Project(DLP)が生まれたことです。このプロジェクトは,⁠特に開発が止まってしまって読むことができなくなった)プロプライエタリなオフィスソフトのドキュメントフォーマットに対して,フィルターを書くことでLibreOfficeから読み込めるようにして,ODFの形で保存・編集できることを目指しています。

各リリースのハイライト:2013年下期から現在まで

この時期のリリースについても,バージョンごとに振り返りました。

LibreOffice 4.2

4.2のリリースのハイライトは,Calcのセル構造を大幅に書き換え,パフォーマンスを向上するとともに,メモリ使用量を削減するという活動です。下準備は2010年頃から始まり,4.2で入れ込んだとのことです。

効果が大きかった変更ですが,非常に大変だったようです。当然ですが,表計算ソフトでは多くの処理はセルを操作します。そのため,Calcコアのコードの半分程度を書き換える大規模な変更となったそうです※5)⁠実際,4.2では安定性がかなり犠牲になってしまいました。ユニットテストは4.1に比べて2倍程度増強していましたが,その後も安定性向上に注力し続けることとなりました。

※5
技術的詳細については,2013年2014年にLibreOffice Conferenceで吉田氏が発表されたスライドが参考になるでしょう。

LibreOffice 4.3

4.3のCalcは,4.2で低下した信頼性を再び向上することに全力を注いだリリースとのことです。また,セル構造の変更に伴い4.2ではソートが遅くなってしまったので,それを書き直す作業も行ったそうです。

LibreOffice 4.4

Calcの安定性向上の戦いは続き,4.4でようやっと以前のレベルに追いついたそうです。

LibreOfficeのUI抽象化レイヤーであるVCLにOpenGLを利用するパッチが入りましたが,まだ効果は限定的でした。また,Impressのスライド切り替えでOpenGLを用いる効果はLinuxでしか使えなかったのですが,このバージョンでWindowsでも利用可能になりました。

そして,このバージョンを最後に,吉田氏はCollaboraを退職することになりました。

Collabora退職後:ボランティア開発者として

ボランティア開発者となった吉田氏は,Calcの一部から汎用的な処理を切り出したC++ライブラリである,mddsixionorcusのメンテナンスに力を注ぐことになりました。

これらのライブラリについてもやりたいことはたくさんあったそうですが,フルタイムの開発者として働いていたときは,どうしてもCalcそのものの不具合修正や新機能開発を優先しなければならず,ボランティアになってやっと手をつけられたとのことです。

機能追加やバグ修正はもちろん,ixionやorcusについてはPythonモジュールを作成したり,ドキュメントを整備したりなど,これらのライブラリの利用者を増やすための活動に注力したとのこと。

今後は,LibreOffice本体の開発への復帰とともに,⁠自分がやりたいことができる」というボランティアという立場を生かし,もっとコミュニティ的な活動も行っていきたいと話していました。

LibreOfficeの最新動向

吉田氏は,LibreOfficeの現在のホットトピックについても紹介しました。

  • LibreOfficeのUI抽象化レイヤーであるVCLについての大規模なリファクタリング。メンテナンス性の向上を狙っています。

  • 話題のLibreOffice Online。⁠デモ版が公開されたのでデモしようとしたのですが動きませんでした」と,会場の笑いを誘っていました※6)⁠
  • LibreOfficeの開発に関するドキュメントやインフラを一つにまとめたWebサイト「devcentral」。

    開発者向けダッシュボードdevcentral。Norbert Thiebaud氏が中心になって構築

    開発者向けダッシュボードdevcentral。Norbert Thiebaud氏が中心になって構築

    ※6
    LibreOffice Onlineについては開発チームがVirtualBoxで簡単に動かせるデモ環境を配布しています。筆者がデモ環境を構築して,イベントの休憩時間に披露しました。

    LibreOfficeのこれまで,そしてこれから

    発表では,吉田氏の「LibreOfficeはフォークして正解だった」という力強いメッセージが響きました。貢献者にも恵まれ,小刻みな変更がうまくいっただけでなく,Calcのセル構造変更やVCLのリファクタリングのような大規模な改善も行えたことを評価していました。

    とはいえ反省がないわけでもなく,これからのLibreOfficeについての提言もありました。

    一つは,開発者のマインドセットを変えるべきときに来ているのではないかということです。今までは新規の貢献者のモチベーションを重要視していたため,まずはパッチを取り込んで世に問うことを第一にしていました。しかし,品質を維持するという視点にシフトすべきではないかという言及は,多くのバグと戦ってきた吉田氏らしい重みがありました。

    また,クラウドやビッグデータへの対応も考えていくことが必要なことや,今うまくいっている長期的開発の支援体制や貢献者の育成について継続すること,そして大きな課題として,ヘルプのようなドキュメントが開発に追いついていない現状をどうしていくかという問題について意見していました。

    まとめ

    LibreOfficeという「techな人ではない人が使うコンシューマプロダクト」を作るプロジェクトを,開発者という立場で開始時から見てきた吉田氏の講演は,主に翻訳という活動でLibreOfficeに関わりながらもいつかは開発に挑戦してみたいと考えている,あるいは日本からの開発者を増やしたいという,筆者の立場からも大変興味深いものでした。

    LibreOfficeコミュニティは,新たな貢献者に対して非常に好意的だと感じていますが,それは発足時からそういうプロジェクトであることを目指しているのだと再認識できたのは大きかったです。

    本講演を機に,日本からLibreOfficeの開発にチャレンジしてみよう,という方が増えていただければ嬉しいです。ぜひ,一緒にLibreOfficeの未来を作っていきましょう!

    (写真撮影:近藤昌貴氏)

著者プロフィール

おがさわらなるひこ

LibreOffice日本語チーム所属。主な担当はUI翻訳や東京圏でのイベント企画など。本業は(株)SHIFT所属のソフトウェアテスト自動化アーキテクト。自由なデスクトップとしてUbuntuを愛用。

Twitter@naru0ga

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