奈良県立磯城野高校にて実践型体験ワークショップ「つくりかたの未来講座」開催~アドビ・慶應SFC研究所・県教委による産学官一体となった未来の教育への取り組み

2018年3月17日、奈良県立磯城野高等学校にて、奈良県内の高校生を対象とした実践型体験ワークショップ「つくりかたの未来講座」が開催された。

会場となった奈良県立磯城野高等学校
会場となった奈良県立磯城野高等学校

本ワークショップは、慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアム内の高大連携教育ワーキンググループが中心に行う活動の一環として開催されたもの。去る2018年1月にアドビ システムズ株式会社が同ワーキンググループに参画し、共同で授業レシピの開発を進めることを発表し、そのうちの1つとして実施された。

授業レシピとは?

授業レシピとは、名前のとおり、授業のためのレシピで、教育機関が授業を行うにあたり、役に立つノウハウが体系的にまとめられている。特徴的なのは、インターネットで共有できる「授業」であること。スタート時点は、高大連携教育ワーキンググループが中心となってレシピを公開しており、インターネットを通じて誰もがそのレシピを活用できる。

加えて、実践レシピはFabbleと呼ばれる、Fabプロジェクトのためのドキュメンテーションサービスを通じて公開され、授業に参加した生徒によるレポートなど、その成果がどんどんアップされ、共有されていく点が、この授業レシピの最大の魅力である。

後述する「つくりかたの未来講座」の実践レシピももちろん公開されている。

つくりかたの未来講座
http://fabble.cc/fabsteps/recipe201803

つくりかたの未来講座レポート

それでは、3月17日に実施されたつくりかたの未来講座の模様をお届けする。ワークショップは、朝9:00~15:00(うち1時間は昼休み)の午前・午後に分けて開催され、午前中は、ワークショップの目的および与えられたテーマに関してのアイデア出しおよびアイデアを形にするトレーニングを、昼休みをはさみ、午後には実際にレーザーカッターなどを使ったものづくり、そして、ここまでのワークの発表までを行った。

参加したのは、奈良県内から集まった34名の高校生のほか、高大連携教育ワーキンググループの慶應SFC研究所と、企業メンバーであるアドビ、ヤマハ株式会社、奈良県のICT活用教育エバンジェリスト育成プロジェクトに参加する奈良県内の教員ら。

全体のファシリテーターを務めたファブラボ鎌倉代表の渡辺ゆうか氏
全体のファシリテーターを務めたファブラボ鎌倉代表の渡辺ゆうか氏

全部で7つのチームに分かれ、各テーブルに大人たちがメンターとして参加し、午前・午後のワークを実施するスタイルで進行した。

1チーム4~5名に分かれ、メンターが付きながら、準備されたレシピを用いてワークが進んだ
1チーム4~5名に分かれ、メンターが付きながら、準備されたレシピを用いてワークが進んだ 1チーム4~5名に分かれ、メンターが付きながら、準備されたレシピを用いてワークが進んだ

講座では、参加した生徒たちが、アドビのデザインソフト「Illustrator⁠⁠、トロテック社のレーザーカッター、ソニーのブロック型電子タグ「MESH⁠⁠、オープンプラットフォームカメラ「OLYMPUS AIR⁠⁠、その他、タブレットPCなどが使える環境が用意された。

午前:アイデアを形に

今回用意された課題は「掃除を楽しくする」というテーマ。生徒たちにとって、放課後の掃除時間は心理的にもめんどくさいと思ってしまうもの。それを、いかに楽しくするか、生徒たち自身で考え、それを、IoTテクノロジーを活用して解決するための方法を考え出してもらう内容となった。

午前の部で行われたのは、以下のもの。

  • テーマ設定
  • アイデアの選定
  • アイデアの具現化

前述の実践レシピの中にある、ワークショップ用のシートのほか、ポストイットや実際に利用するMESHを活用し、さらに、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)で実践されているアイデアスケッチなどの手法を取り入れたワークが行われ、開始当初は戸惑っていた生徒たちも、ファシリテーターやメンターのアドバイスを参考にしながら少しずつ自分たちのアイデアを発言するようになり、各チームとも「アイデアを表現する」プロセスを体験した時間となった。

準備された授業レシピおよび専用のシートに記入する形でアイデアを明文化していく(左)
各チームで記入したシートやポストイット、カードなどを組み合わせて自分たちのアイデアを「形」にする作業が進む(右⁠

準備された授業レシピおよび専用のシートに記入する形でアイデアを明文化していく(左) 各チームで記入したシートやポストイット、カードなどを組み合わせて自分たちのアイデアを「形」にする作業が進む(右)

また、今回は、MESHとアイデアスケッチを活用することで、アイデアを具現化するという、最も難しい創造活動の部分がサポートされていたのが印象的。というのも、MESHにはMESHで実現できるデザインパターンカードが用意されているため、そのカードの組み合わせ=実現可能なプロダクトになるからだ。

まず言語化したアイデアとMESHのアクションを、カードを並び替えて動きにしていく(左)
カードの動きに沿って、MESHの動きをタブレットPCでプログラミングする

まず言語化したアイデアとMESHのアクションを、カードを並び替えて動きにしていく(左) カードの動きに沿って、MESHの動きをタブレットPCでプログラミングする

このデザインパターンカード(の元データ)は、MESH公式サイトからダウンロードし、クリエイティブ・コモンズライセンスのもと誰でも使用することができる。

MESHデザインパターンカード
http://blog.meshprj.com/entry/designpatterncard

午後:プロトタイピング&ファブ実践、プレゼンテーション

昼休みをはさみ、午後には各チーム午前中にまとめたアイデアを形にするための作業を行った。

このタイミングで、まず、チームを「プログラミング」⁠デザイン」⁠プレゼンテーション」の3つに分けた。プログラミングチームは、MESHを使ってどのように実現するか、自分たちのアイデアを形にする担当。デザインチームは、自分たちのアイデアのビジュアルイメージなどを担当。そして、プレゼンテーションチームは、自分たちのアイデアと形にしたものをどのように発表するか、プレゼンテーションの内容を担当するもの。

とくに、プレゼンテーションチームを準備し、プレゼンテーションそのものではなく、自分たちが行ってきたワークの内容を含め、アイデアを説明する部分を言語化するチームが用意されたのが印象的だった。

(左)MESHの動きをプログラミングするプログラミングチーム
⁠中)Fabbleを使い、発表のストーリーと資料を作るプレゼンテーションチーム
⁠右)MESHの外装やアイデアのビジュアルを考えるデザインチーム

(左)MESHの動きをプログラミングするプログラミングチーム (中)Fabbleを使い、発表のストーリーと資料を作るプレゼンテーションチーム (右)MESHの外装やアイデアのビジュアルを考えるデザインチーム

プロトタイピング&ファブ実践では、Illustratorによるプロトタイピング(2Dデータデザイン・制作⁠⁠、そのデータをもとにしたファブ(レーザーカッターによる⁠⁠、また、MESHプログラミングなどを、実際に試しながら行っていた。各チームとも、アイデアを形にするというプロセスに悩んでいる様子もあったが、取材している観点からは、⁠ものづくり」をチームで体験することを、生徒たちが皆、楽しんでいるように感じた。

トロテック社のレーザーカッター(左)

担当が制作したデータをつかってカッティングする手順を説明する(中)
手前の6つのケースはレーザーカッターでつくられたMESHの外観(右⁠

トロテック社のレーザーカッター(左) 担当が制作したデータをつかってカッティングする手順を説明する(中) 手前の6つのケースはレーザーカッターでつくられたMESHの外観

Fabbleを活用したプレゼンテーション

最後に、各チーム発表を行った。発表にあたっては先ほど紹介したFabbleを使い、ここに各チームのプレゼンテーション内容がまとめられ、チーム内はもちろん、チーム外全員に共有形で発表資料が制作された。

Fabble
http://fabble.cc/
各チーム、自分たちのアイデアについて、自分たちの言葉で発表を行った。アイデアを考えること・アイデアを形にすること・アイデアを伝えること、それぞれの違い、難しさ、何より楽しさを体験できたのではないだろうか
各チーム、自分たちのアイデアについて、自分たちの言葉で発表を行った。アイデアを考えること・アイデアを形にすること・アイデアを伝えること、それぞれの違い、難しさ、何より楽しさを体験できたのではないだろうか 画像

今回のワークでは発表の仕方について伝える時間があまりなかったこともあり、生徒一人ひとりの個性による発表が多かったが、皆、自分たちのチームが目指したアイデアを形にし、それを人に伝えるという「創造的」な活動を、学びの場で体験できた半日となったのではないだろうか。

ICTを中心に新技術活用し、チームで行うものづくりを体験できた時間となった
ICTを中心に新技術活用し、チームで行うものづくりを体験できた時間となった

生徒たちだけではなく、教員にも気づきの多いワークショップ

約6時間をかけて行われたワークショップ。短い時間ではあったが、非常に内容の濃いプログラムだったのではないだろうか。最後に、奈良県教育委員会 奈良県立教育研究所 研究開発部ICT教育係の小崎誠二氏は「学校の壁、生徒の壁、教員の壁を越えた新しい授業の1つの形を見せられたと思います。とくに教員の皆さんには、これも1つの授業として行える可能性を感じてもらうこと、それが今回のワークショップです。1回だけではなく、継続して取り組んでいくこと、そして、全員の底上げが教育のつながるはずです」と、この日の講評、そして、これからの意気込みについて力強くコメントし、つくりかたの未来講座を締めくくった。

今回のワークショップは生徒たちの参加だけではなく、奈良県から集まった教員が客観的に授業を見て各々の意見や感想をアウトプットする場も準備された(ポストイットに書かれている⁠⁠。このように、生徒たちだけの満足度を上げるだけではなく、実際に授業を行う教員の意見を取り入れ、改善していく仕組みがあるのも、授業レシピの特徴の1つ
今回のワークショップは生徒たちの参加だけではなく、奈良県から集まった教員が客観的に授業を見て各々の意見や感想をアウトプットする場も準備された(ポストイットに書かれている)。このように、生徒たちだけの満足度を上げるだけではなく、実際に授業を行う教員の意見を取り入れ、改善していく仕組みがあるのも、授業レシピの特徴の1つ 画像

産官学一体となって取り組むこれからの教育の姿

以上、⁠つくりかたの未来講座」の様子をお届けした。最後に、この「つくりかたの未来講座」が開催された背景について、運営メンバーに話を聞く機会があったのでその内容をお届けする。

写真右から、楠藤倫太郎氏(アドビ システムズ株式会社教育市場営業部⁠⁠、中澤仁氏(慶應義塾大学 SFC研究所 准教授⁠⁠、石井宏典氏(奈良県立教育研究所副所長⁠⁠、松下征悟氏(奈良県立磯城野高等学校環境デザイン科長 ICT活用教育エバンジェリスト⁠⁠、小崎誠二氏(奈良県教育委員会 奈良県立教育研究所 研究開発部ICT教育係)
写真右から、楠藤倫太郎氏(アドビ システムズ株式会社教育市場営業部)、中澤仁氏(慶應義塾大学 SFC研究所 准教授)、石井宏典氏(奈良県立教育研究所副所長)、松下征悟氏(奈良県立磯城野高等学校環境デザイン科長 ICT活用教育エバンジェリスト)、小崎誠二氏(奈良県教育委員会 奈良県立教育研究所 研究開発部ICT教育係)

まず、なぜ奈良で行われたかという点について、奈良県立教育研究所副所長の石井宏典氏は、⁠奈良県はつい最近まで、全国の教員のICT活用力の調査で47都道府県の中で最下位という結果にありました。まず、この状況を真摯に受け止め、改善に取り組むこと、それがはじまりです」と、開催の前提となる背景についてコメントした。

この点について、奈良県教育委員会 奈良県立教育研究所 研究開発部ICT教育係 小崎誠二氏も「最下位という現実を目にし、私たちが取り組もうと考えたアプローチの1つが教員の育成です。具体的には、奈良県の教員たちに対して「ICT活用教育推進エバンジェリスト」を認定する仕組みを準備した他、2014年にはアドビと包括的協力関係を結び、県下の教育組織でAdobe Creative Cloudを利用しやすい環境整備などに取り組み、教員がICT活用をしやすくすることで、教育現場のICT活用率とその成果を高めることを目指しました」と、現状から導き出した課題として、今回の取り組みにつながったことを補足しました。

そして、今回、奈良県で実施された背景には、高大連携教育ワーキンググループの企業メンバーにアドビが参画していることも大きな理由となったそうだ。

この点について、アドビ教育市場営業部 楠藤倫太郎氏は、⁠当社が実施した「学校現場における『創造的問題解決能力』育成に関する調査」によると、日本の教員の約7割が「創造的問題解決能力」を育成するためのツールや知識習得機会が十分に得られていないと回答したことが明らかになっています。今回の取り組みは、こうした学校現場における課題に応えることができるのではと考えております」と、日本国内の教育現場が直面する課題、とくに「想像力の育成」に対して、アドビが最も得意とするクリエイティブツールの提供により、そのサポートを実現したい思いがあることを述べた。

最後に、高大連携教育ワーキンググループリーダーを務める、慶應義塾大学 SFC研究所 准教授中澤仁氏は、ワークショップを終え、次のように感想と考察をコメントした。

⁠今、日本ではICT教育への注目が集まっているが、私たちは情報など、ICTにまつわる教育だけではなく、それ以上に、従来の科目(数学や国語など)でのICT化、ICT化活用が重要だと考えています。今回のワークショップで実現したように、アドビのデザインツールや3Dプリンタなどを、生徒たちが鉛筆を使うように活用できれば、生徒の可能性は大きく広がります。一方で、現場の先生が先端技術を活用した授業を実施するというのは大変困難であることも事実です。今回「授業レシピ」を活用して行われた授業に参加する生徒の姿勢を見て、この取り組みが、教育現場の課題を解決していけると実感しました。今後も新しい授業の立案、実証、共有を繰り返し、この取り組みを広げていきたいと考えています⁠⁠。

高大連携教育ワーキンググループでは、これからも産学官が一体となって、これからの教育を、教員側・生徒側どちらの立場もふまえながら、新しい技術と環境を取り込み、生み出していくとのこと。

人が学習し成長するのと同じように、時代も変わり、環境も変化していく。そうした中、これからの教育がどのように変わっていくか、継続して注目し続けていきたい。

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