第4回 ロジカルシンキング・ロジカルコミュニケーション 日本科学未来館 岡野麻衣子さん
東京・お台場にある科学館,日本科学未来館。宇宙飛行士の毛利 衛さんが館長を務めていることでも有名です。今回の対談相手は,日本科学未来館に勤務している「おねえさん」岡野麻衣子さんです。
岡野麻衣子(おかのまいこ)学生時代の専攻:生命科学。北里大学大学院医療系研究科博士課程終了。医学博士。博士課程在学中より,日本科学未来館にてインタープリターとして勤務。フロア解説員を経て学校への訪問講義や学校を中心とした地域連携活動等のイベントを行う。現在は,館の運営業務を担当。
ASIMOと毛利さんに魅せられて
“一般の方々に科学を教える”サイエンスコミュニケーターとして,内田の先輩である立場の岡野さん。名刺には“医学博士”の4文字が……
岡野「ああ,それは事情がありまして。私は北里大学に衛生学部の存在した最後の代の生徒なんです。博士課程に進学したタイミングで,今までの理学部系列の大学院から医療系全般になったので,肩書きは“医学博士”ですが私の専攻は生物科学科です」
――なるほど,ちょうど移り変わる時期だったんですね。
岡野「はい。その改編の関係から,普通は大学院の博士課程は3年ですけど,私は4年でした」
――博士4年生の頃から,非常勤として日本科学未来館(以下,未来館)でインタープリター(解説員)の仕事をしていたのですよね。博士課程最後の年に,非常勤として勤務とはハードだったかと思うのですが……。
岡野「ええ。ちょうど過去3年間の研究のラストスパートをかけようというときだったので,教授に非常に怒られました。でも“土日しか行かないし,研究には絶対支障をきたさないから”と説得してお許しをもらいました」
――教授を説得してまでも,とは岡野さんの並々ならぬ熱意がわかりますね。その“未来館のインタープリターになりたい!”と思われるきっかけは何だったのでしょうか?
岡野「実は,オープンしたばかりの未来館を背景に,宇宙飛行士である毛利さんとASIMOが握手するシーンを見て,感動しまして。その番組を観て数日後,新聞にちょうど未来館の職員募集の広告が出ていたので,応募してみました」
――感動した数日後に募集広告……絶妙のタイミングですね。
岡野「いえ,これが博士3年の3月の話だったのですが,私はてっきり次年度からの職員募集だと勘違いしていました。ですが,翌月4月からの勤務が条件だったんですね。やむを得ず非常勤という形にさせていただきました」
――そこまでしても,未来館に勤務したい,と惹きつけられるということは,もともと科学館や博物館が好きだったんでしょうか?
岡野「確かに博物館はもともと好きでよく行ってましたね。あと,私の実家が鹿児島なので,種子島の中継の横で,ロケットが実際に飛んでいる,という様子を見て育ちました。宇宙飛行士になりたい,毛利さんに会いたいという気持ちがすごくありました」
――まさかその憧れの毛利さんと一緒にお仕事できるなんて……! というお気持ちですよね。
幼少時に憧れていた人とお仕事できているなんて羨ましい! と単純に思ってしまいますが,そこに至るまでは紆余曲折があったようです。
大学4年まで苦手だった生物
――小さいときから理科や科学はお好きでしたか?
岡野「昆虫採集はしていました。屋久島まで行って,そこでしか捕まえられない蝶を追っかけたこともあります」
――贅沢な環境ですねー。だいたい理系に来る人は,おおざっぱな分け方ですが,“星”か“メカ”か“昆虫”から入りますよね。
岡野「それで考えると私は特に昆虫からですね。蝶が大好きで」
――昔から生物がお好きだったんですね。
岡野「でも,それも小学校くらいまでです。中学,高校だと受験勉強があるので,生き物に興味を持つような時間もなくなりました。そのうち生物の授業を受けても,まったく,まったく,まーったく! わからなくなり,それで嫌いになっちゃいましたねえ」
――“まーったく!”ですか(笑)! 小さい頃好きだったはずの分野が嫌いにまでなっちゃったんですか?
岡野「生物は本当に苦手でした」
――でも,岡野さんは生物科学科のご出身ですよね?
岡野「化学で受験したんです。化学や数学は好きでしたけど,生物が本当に苦手で。だって“核の中に染色体があります”なんて教科書に書かれていても,見えないじゃないですか。その上,それが二重らせんを巻いているなんて言われても…イメージがわかなくて」
――それでも,生物科学科にご入学されたと。
岡野「当時は“バイオテクノロジー”という言葉が少しずつ浸透してきた頃でした。私にとっては非常にこの言葉が魅惑的でして。生物を扱う研究分野として,とても魅力的でかつ斬新なことができそうというイメージがあったんです」
――入学後は苦労されましたか?
岡野「1年のうちは教養科目ばかりだからまだ良かったんですけど。2年で実習が始まってからが辛かったですね」
“まったく”という言葉を繰り返し使って強調する岡野さん。うーん,本当に生物が苦手だった模様。しかしながら勉強せざるをえない状況に……すると,学士卒業間際になる頃に,その面白さに目覚めたと言います。
岡野「4年で卒業研究をするときになって,研究の面白さが初めてわかったんです」
――そのきっかけは,どんなことがあったんでしょうか?
岡野「実験です。実験は実習と違って,自分1人でやらないといけませんから」
――なるほど。卒業実験で1人で全部やることで理解されたんですね。これは,調理実習で作り方の一部だけを習っても,その料理そのものを作ることはできないことと似ているかも!
岡野「そうですね。実習のように“ここの一部分を一生懸命やりました,ハイおしまい”だと,つながりは全然わからないですよね。実験を1人で行うことで,そのつながりが理解できて,それから面白くなりました」
――研究室ではどんな実験をされていたんですか。
岡野「4年生の卒業研究ではES細胞を飼っていました。あれは本当に飼うのが大変で。すぐ機嫌悪くなって死んじゃうんですよ,なので毎日声かけてましたね“おはよう,元気?”とか」
――わ,なんかそれは楽しそうでいいですねえ。
岡野「キムタクっていう名前をつけてたんですよ。木村拓哉さんは別に好きじゃないんですけど,なんとなく。そうすると,だんだん愛情がわいてきて…」
――今日もキムタク元気だなとか(笑)
岡野「そうそう(笑)。ES細胞を飼っていたときは一番神経を使いましたね。ですが,次の日に見ると本当に心筋や神経になっていたりするんですよ。感動するし,生きてるんだなあ,と実感できる。見えると実感できるけど,見えないとなかなかわからないですよね」
――生物が苦手になったきっかけからもそうなんですが,自分の目で確かめて“心から納得するまで気がすまない”というところが理系っぽいなあと。研究者マインドですよね。
ところで,修士から博士に進学する間で迷いはありましたか?
岡野「ありませんでした。というのも,修士1年目は慣れるのが精一杯で,自分の実験がほとんどできなかったんです。結果がクリアではないモヤッとした修士論文になってしまったので,これは明らかにしないと嫌だなあ,と」
――なるほど。やはり納得するまで気がすまないタイプなんですね。
岡野「あと,大きかったのは修士発表ですね。発表前日に研究室でプレゼンしたときに…先輩や先生から散々注意されて。“何て自分はまとまってないんだろう!”ということをそのときに初めて気付いたんですよ」
――よりによって修士発表前日(笑)。もっと前に指摘してくれれば…でも,気付かせてくれるなんてありがたい先輩たちですよね。
岡野「“これだけ実験しましたよ”と言うことは誰にでもできる,でも,それをロジカルにまとめて,なおかつ発表しないと,自分以外の人には伝わらない。自分は何も筋道をわかっていなかったと気付いてすごく恥ずかしかったんです。リベンジせねばと」
自らが納得いくところまで進めたいと考える岡野さん。そして,気が付けば苦手だった生物で博士課程まで進学することに。
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