ハードウェアハッカー

本書のダイジェストと読みどころ

第1部 量産という冒険

コスト、納期、品質をそれぞれトレードオフできることで、話は一変した。僕はその後、必ず違ったプロセスを見つけようとして、アイデアから製品までの期間を短縮し続けた。

この第1部は、バニーがChumbyではじめて経験した、大量生産について書かれている。

第1章の「メイド・イン・チャイナ」では、中国の深圳にこれまで集積してきた産業の圧倒的なスケールと、そこで働く労働者の価値観や献身性といったディテール豊富な人間性、「大量生産」を支える射出成形やテストといったそれぞれの技術、そして製造プロセスの外注、現地で手に入る書籍など、ナマの知識と体験が興奮に満ちて語られる。はじめて読むときわめて詳細に書いてあるように思えるこの第1章は、最終的にはこの本全体を駆け足で語ったガイドラインにもなっている。これぐらい詳細に記しても、広大な深圳の製造エコシステムをサラっと撫でたにすぎない。なにより、実際に製造するプレイヤーとしての視点で見ることでリアルさが伝わってくる。プレイヤーとして自分のハードウェアを作るスタートアップにとっても、中国の研究者にとっても、それは貴重な視点だ。

第2章の「3つのまったく違った工場の中身」では、量産を支える工場で具体的に何がおこなわれているのかをレポートしている。あらゆる電化製品に入っているPCB基板を製造しているイタリアの工場、ありふれているが中身は高密度な半導体であるUSBメモリスティックを製造している中国の工場、そして信じられないほど安いコストで作られているジッパーの工場が、具体的にどのような技術とプロセス、そして市場の理由によって作られているか。その検証から、「実質的な価値でなく見た目の小さな理由で製品コストが上がるプロセス」などの知見を導き出す過程は、バニーならではのものだ。ダイジェストやサマリーから入るのではなく、実体験をベースに抽象化した知識がこの本全体に詰まっている。

第3章の「工場に発注するためのHowTo」では、実際に手元でプロトタイプしたものを工場で発注する際にどのような手順を踏むべきかが、具体的にわかりやすくまとめられている。「この章の教訓は、ハードウェア製品を最初のプロトタイプから数十万台ほどの中ボリューム製造まで立ち上げようとする人ならだれでも適用できるものだ」とあるように、この章は理解しやすく無駄のない教科書になっている。しかも、彼の教科書は単なる発注ガイドでなく、スタートアップにとってきわめて重要なキャッシュフローの改善や歩留まりの工場まで配慮されている。最小限のマニュアルであるにもかかわらず、記述は多い。その多さが、「実際にやってみるまで意識できない、プロダクト開発の難しさ」を伝えてくれる。彼はHAXやMITで経験の少ないスタートアップや学生に「深圳での量産の仕方」を教えるメンターでもあり、教わる側/教える側両方の経験から深圳の体験を深めている。

第2部 違った考え:中国の知的財産について

議論が分かれるからというだけで、女性が投票せずに黒人がバスの後部座席にすわり続けていたら、アメリカはいまだに人種分離が続き、女性選挙権もなかっただろう。人種平等や普通選挙に比べるとリバースエンジニアリングの権利はたいしたものではないけれど、前例ははっきりしている。

ここでは中国から出てくるおびただしい発明や模倣品について、それがどういう知財の扱いと市場原理によって生み出されるか、そしてその考え方が西欧社会でもイノベーションを生むためにどう有効なのかについて書かれている。

中国は模倣品の中心地だが、その模倣品を生むエコシステムがイノベーションを生むためにも有効に作用している。ほとんどは自然発生的に生まれたものだが、意図的に設計されて今もイノベーションを生み続ける仕組みもある。バニーは法制度に対してもさまざまなハックをおこない、アメリカ政府のプロジェクトにも協力している。法制度も「システム」と考えることで、できることやうまく活用する方法が見えてくる。ハッカーにとって何よりも大事なのは、良い悪いといった判断の前に、「ありのままをきちんと把握する」ことだ。

第4章の「公开イノベーション」では、深圳で見られる安価で粗悪な製品が、西欧の基準とは違う、彼らの目的に合わせて巧妙に設計されていることを、12ドルの携帯電話を分解し、自らそのコピーを作る行為を通じて浮かび出させている。山寨(Shanzhai)についてはこの本を手に取るような人なら聞いたことがあるかもしれないが、実際にどういう設計プロセスでそれらが作られているかが書かれたレポートはきわめて少ない。バニーは携帯電話を分解し、設計について調べながら、それを生んだ深圳のビジネスモデルまでをわかりやすく解説する。「山寨とは起業家のことだ」とバニーは語る。ジョブズやウォズと山寨を生んだ起業家を同じ目線で捉えるバニーの視点は、電気街に並ぶガジェットを生みだす発明家たちを見せてくれると同時に、僕らの住んでいる西欧社会の知財の扱いがいかに今の時代に合わなくなっているか、どこを改善すべきかについて有効な警鐘を鳴らしてくれるものだ。

第5章の「さまざまなニセモノたち」では、ニセモノ製品を検証するために高倍率の顕微鏡で見る、チップの表面を酸で溶かす、さらに外部の解析サービスを使うなどして深いレベルの解析を行っていく、ハードウェアハッカーとしてのスキルが遺憾なく発揮される。

ここでは、発覚したニセモノを、販社を通じて交換を求める行為を通じて、さまざまなニセモノが不可避に生まれてしまうプロセスと市場原理が記されている。第4章「公开イノベーション」と同じく中国の技術レベルやアイデアの巧妙さを語る内容だが、アウトプットされるものはバニー自身が悩まされたニセモノ、ダークサイドだ。ここでの模造品は、バニーのプロジェクトだけでなく、米軍のサプライチェーンにも混入されて、大問題を引き起こしている。

見事な模造品を作れる技術レベルなら、正当に用いられたほうが利益を生みそうなものだ。なぜニセモノが生まれ、どう流通するかについて、この章では技術的な問題と社会問題の両方から明確な答えを与えてくれる。

第3部 僕とオープンソースハードウェア

会社やVCの支援を受けていた頃よりはずっと慎ましい暮らしだけれど、僕はずっと独立している。黄金の手錠とアーロンチェアか、リュックサックとはるか彼方の面白そうな場所のどっちを選ぶかという話だったんだ。僕は、今も自分にとって大切なものを集めなおしているところだし、魅惑と不思議の価値について、まだゆっくりと学びなおしているところだ。

この部は、バニーが手がけたchumby、Novena、Chibitronicsというプロジェクトを通じて、技術だけでなく製品開発/経営/マーケティングについて総合的に語るものだ。分析的な内容ながら生き生きした文章に満ちたこの本の中で、自らの体験を1人称で語るこの部はさらにエモーショナルだ。大組織ではない、個人やコミュニティ、スタートアップから起こるイノベーションについて、オープンソースという手法がどれだけ有効で、今後も可能性に満ちているかをバニーは語る。

ほとんどのプロジェクトは、商業的にはうまくいっていない。世間に出る前に終わったものもある。そうしたプロジェクトの知見はまず共有されないから、彼の経験を追体験することは貴重だ。何よりも、製品を作り上げる具体的な行為である、企画、プロトタイプ、資金調達、量産設計、量産、資金繰り、宣伝、カスタマーサポートといったすべてを当事者として体験した彼の言葉は重い。

第6章のchumbyの物語は、その後のスマートフォンのコンセプトを先取りし、世界最初期のIoT端末ともいえたchumbyについて、製品開発の狙いから設計、製造、ビジネスモデルについて語るものだ。2007~8年当時のchumbyは話題のプロダクトで、当時chumbyを扱ったいくつかのブログは200ブックマークを超える大人気、2010年になってもSonyのインターネットビューアがchumby OSを採用するなど、1つの時代を築いたといっていいハードウェアだった。もちろん今chumbyを目にすることがないように、市場では成功しなかった。製品計画の見直し、事業のピボットなどのさまざまな生々しい施策を、当事者のレポートから追体験することができる。ハードウェアをどう設計し、どう製造するかは、資金繰りやプロモーションにまで影響する。逆も同じだ。スタートアップをするのであれば、小さいチーム、究極的には1人ですべての側面をハンドリングする必要がある。そして、すべてをハンドリングできたとしても、成功できるとは限らない。

プロジェクトを終えた後にバニーがたどり着いた、「オープンソースハードウェアの時代はこの後に来る」の節は、技術的な進化が、むしろ個人開発者の可能性をもたらす時代について、ポジティブで説得力のあるビジョンを見せてくれる。

第7章の「Novena自分自身のためのラップトップをつくる」で題材になった完全にオープンソースのノートPCであるNovenaは、クラウドファンディングで資金を集めた、バニー自身が欲しいハードウェアだ。自分で組み立てる必要があり、ネジ回しが同梱されている。あらゆる部品は、完全なデータシートがダウンロードできるもので構成されている。ほかにもハードウェアハッカーなら技術的にも法的にもうれしくなる仕組みが満載の、「電子版スイスアーミーナイフ」だ。

Chumbyでの彼は後からプロジェクトに参加しているが、Novenaは彼自身が始めた製品だ。Novenaを開発する彼は、Chumbyよりもさらに楽しそうに、「自分が作りたいモノを作る」喜びにあふれている。しかも、よりニッチで先鋭的なマーケットを狙ったこのプロジェクトは、プロジェクトの目的をしっかりと果たした。Novenaも世界のみんなが知っているとはいえない製品だが、クラウドファンディングキャンペーンは成功し、製品は出荷され、今もサポートを続けている。

第6章・第7章とも、技術的なディテールが参考になるのはもちろんだが、特にスタートアップではそうした技術的なディテールと製品コンセプトが不可分なこと、製品ごと・開発チームごとに最適なマーケットサイズやポジションがあることの発見は、大きなヒントになる。

技術的にも、ノートPCのような複雑なモノのすべてを少人数のチームで作りきるのはとてもチャレンジングなテーマだ。部品の調達、システムの設計はもちろん、プラスチックの射出成形や木工など、外装の構築について具体的に語られ、個人やメイカースペースのツールでは体験できない工業の段階の知識は大いに参考になる。

第8章の「Chibitronics:サーキットステッカーをつくる」で題材になっているサーキットステッカーは、曲げられるフレキシブル基板の技術を使って子供の教育用製品を作るという、より「これまで存在しなかった」製品だ。バニーはこの「シールのように剥がして、くっつけられる電子回路」で教育向けのプロダクトを作るスタートアップChibitronicsの共同創業者となった。ChibitronicsはchumbyやNovenaに比べればはるかにシンプルで安い、コンシューマ向けといっていい製品だ。そして、このChibitronicsは成功したスタートアップとなり、いまも成功し続けている。このプロジェクトは2013年頃、メイカームーブメントやSTEM教育の流れが大きくなっているときに生まれ、ついにバニーのスタートアップは成功した。

これまでのプロジェクトよりもデザイン性が高い製品をチームで作り、世界に類のない製品を実際に中国で製造して出荷するまでの難易度は、ほかのプロジェクトに劣らない。旧正月の具体的な影響や、船便と航空便の使い分けにまつわるトラブルなども、この章ではじめて具体的に説明されるものだ。

第4部 ハッカーという視点

エンジニアリングとリバースエンジニアリングは、同じコインの裏表にすぎない。最高のメイカーは自分のツールをハックする方法を知っているし、最高のハッカーはしょっちゅう新しいツールを作る。

この部の序章はすべて重要で、要約しづらい。

「エンジニアリングは創造的な活動だ。リバースエンジニアリングは学習的な活動だ。その2つを組み合わせれば、どんな難しい問題でもクリエイティブな学習体験として解決できる」

そう語るバニーのスキルは、彼の好奇心がもたらした、さまざまなハードウェアのリバースエンジニアリングによってもたらされたものだ。技術がますます重要になっていく時代に向けて、技術へのアクセスと学ぶ方法の重要性を訴え、実際の行動でその価値をバニーは立証していく。

第9章の「ハードウェア・ハッキング」では、マイコンのシリコンそのものやSDカードの中身をハッキングし、いじくり回して遊ぶ。「ハードウェアは物理的に存在するので、顕微鏡を使ってどんな情報も見ていくことが可能で、ソフトウェアのように保護することは実際にはできない」とバニーは語り、その実例が披露される。

マイコンのハックでは、通常コンピュータから操作するマイコンのパッケージを開いて紫外線を当てることで書き込み保護を無効にする。デジタルの壁をアナログ的に突破するハックだ。

SDカードのハックでは、なんとSDカード内のメモリコントローラを普通のコンピュータとして使ってしまう。このハックが、アメリカのサイバーセキュリティの一環として、DARPAの予算でおこなわれたのも面白い。

NeTVのハックでは、コンテンツ保護のための仕組みを合法的に乗り越えて、テレビ番組にTwitterなどを重ねて表示する製品を開発してしまう。このプロジェクトは現在も有効で、本書の発売後の2018年、NeTV2のクラウドファンディングキャンペーンが始まった。

そしてこの章の最後、山寨電話のオープンソース化プロジェクトFernvaleで、物理的、ソフトウェア、法的な問題すべてを駆使して山寨電話をハックし、オープンソースに移植する試みが詳細に語られる。Fernvaleは、開発中により有力なプラットフォームが出てきたことで、実質的な引退に向かう。そこの記述では、オープンソースのプロジェクトを牽引することの難しさがあわせて語られる。

第10章の「生物学とバイオインフォマティクス」では、これまで紹介してきたようなハッキングの考え方やツールを生物に適用する。

「コンピュータウィルスと豚インフルエンザを比べる」では、メモリの内容を読むようにDNAを読み、エミュレータを作るように中身を書き換える。「スーパーバグをリバースエンジニアリングする」では、SDカードのハックでおこなったように、異なる個体を比べることで特性を洗い出す。使われるツールも、Unixのシェルスクリプトだ。そして、この章の最終節「遺伝子解析についての神話を打ち壊す」では、よくある期待の中身を検証し、システムとしての限界を検証する。生き物も「ハードウェア」には違いない。

そして最後の11章では、バニーのキャリアを総括するインタビューが2本紹介される。全体のまとめでもあり導入部にもなっていて、ここから読み始めてもいいかもしれない。

ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険