著者の一言

「オウンドコミュニティって何?」

そう思って、この本を手に取ってくださった方も多いのではないかと思います。

「コミュニティ」という言葉は、最近あちこちで聞かれるようになりました。

でも、“オウンド”と付くと、急によくわからなくなるかもしれません。

「オウンドコミュニティ」とよく似た言葉に、⁠オウンドメディア」があります。

「オウンドメディア」は、企業が自社で保有・管理する情報発信媒体です。

「オウンドメディア」「オウンドコミュニティ」には、それぞれ次のような特徴があります。

【オウンドメディア】

  • 情報を「一方通行に届ける」
  • 検索流入を増やす(SEO)
  • リード獲得やナーチャリング(購買意欲を段階的に高める)につなげる

【オウンドコミュニティ】

  • 顧客やファンと「双方向に関わる」
  • ブランドへの愛着や共感を育てることで、UGCや共創を生み出す
  • 長期的な関係資産を構築する

どちらも

「企業が自ら保有・運営する顧客接点(Owned⁠⁠」

である、という共通点がありますが、目的・機能・関係性の深さはまったく異なります。

ひとことで言えば、オウンドコミュニティは「企業がブランドを“ 顧客と育む ”関係性の場」のことです。

今、マーケティングの最前線では、この「関係性」という言葉が注目を集めています。

それは、近年私たちが信じてきたマーケティングの常識が、静かに、しかし確実に揺らいでいるからです。

CPA、ROAS、CTR、CVR…そんな指標を血眼で追いかけ、ひたすら効率化と最適化を突き詰めてきたデジタルマーケティングの世界。

AIの活用により、分析、ターゲティング、そしてクリエイティブ制作は誰もが容易に行えるようになりました。しかし、その手軽さゆえに、アウトプットが画一的になる傾向も見られます。その結果、広告費をどれだけ投下できるかが成果の分かれ目となっているような状況です。

そして、相手のことを考えることも、温度も感じることもなく、商品を"売る"という行為そのものが、あたかもボタン1つで完了する…。そんな、無機質なマーケティングへと変わりつつあるのです。

もちろん、このようなマーケティングのKPIは現代のビジネスにおいて非常に重要な戦略です。

けれどその一方で、私たちのどこか深いところに、こんな感覚が芽生えてはいないでしょうか?

「なんだか、大事なものを失っている気がする」

「昔の広告は楽しかったな」

こうした違和感は、マーケティングされる側の生活者もまた、同様に感じているものです。

広告の精度は上がった。でも、なぜか響かない。

フォロワーは増えた。でも、会話は生まれない。

売上は立つ。でも、その後に続かない─⁠─。

もしかすると、私たちは“人間らしさ”や“面白さ”を、マーケティングから置き去りにしてきたのかもしれません。

そしてオウンドコミュニティは、“人間の面白さ”を、もう一度マーケティングの中心に取り戻そうとする挑戦です。

この本で扱う「オウンドコミュニティ」は、単に商品やサービスを売るための場所ではありません。むしろ、ブランドとファンが向き合い、共に語り合い、感じ合いながら、関係性そのものを育てていく“場”です。

ここで大切にされるのは、ひとりひとりの声。機能や価格では測れない、共感や感情、日常の中にある小さな体験や気づきが、ブランドとのつながりを少しずつ、でも確実に強くしていきます。

言い換えれば、オウンドコミュニティとは、⁠企業からの一方通行」ではなく、⁠企業と生活者が共に歩むプロセス」をデザインする新しいマーケティングの形です。

ここで1つ、注意喚起をしておきます。

コミュニティは、今すぐに“目の前の売上”を上げる手段ではありません。

オウンドコミュニティの本質的な目的は、関係を育てることにあります。

たとえば、⁠利益は後からついてくる」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは、短期的な売上や利益ばかりを追いかけるのではなく、まずはお客さんや社会に対して本当に価値のあるものを提供しよう、という考え方です。満足や感動、感謝を積み重ねていくことで、結果的に利益もあとから自然と生まれてくる。そうした長期的な視点が大切だ、ということです。

コミュニティも、まさにそれと同じです。

関係を丁寧に築き、共感や信頼を積み重ねていく。すると、不思議と売上もついてくるのです。しかも、ここで生まれた「つながり」は、ただの一時的な売上ではありません。それは“関係資産”と呼べるもので、長く持続し、価値を生み続けてくれる存在になります。

そしてこの“関係資産”は、適切に運用すれば、まるで貯金や投資のように未来の成長を支えてくれるものです。

一見まわり道のように見えるかもしれませんが、実はとても堅実で、持続可能なアプローチなのです。

AIやテクノロジーを使ったデータドリブンなマーケティングは、私自身もフル活用していますし、その可能性には大いに賛同しています。

反面、あらゆるものが“数値化”され、“効率化”されていく中で、気づかないうちに失われてきたものがあるようにも感じています。

たとえば、ふとした気遣いや、雑談の中に滲むその人らしさ、心がふっと動くような共感や信頼。そうした“あたたかさ”や“人間らしさ”は、数字では測れないけれど、確かにそこにある価値です。

だからこそ今、⁠人と人との関係が生み出す価値」にもう一度、しっかりと目を向けるべきタイミングが来ているのではないでしょうか。

テクノロジーの進化とともに歩みながらも、見落としてはいけない“非認知”の領域。感情や関係性がもたらす力にこそ、これからのブランドや企業の可能性が広がっています。

「オウンドコミュニティ」は、そんな人間らしさを、ただの“綺麗事”ではなく、これからの時代に通用する“価値”として捉え直す、ある意味で“温故知新”のマーケティング手法です。

テクノロジーが進化しても変わらない、人の心の動きや関係性にこそ、これからのビジネスの可能性が宿っていると、私たちは信じています。

それが、この本が伝えたい最も大きなメッセージです。

この本では、オウンドコミュニティの基本的な考え方から、設計・構築・運用の具体的なステップまでを、⁠実例や実践的なフレームワーク」を交えて、順を追って丁寧に紹介していきます。

読後には、⁠あ、これなら自社でも始められそう」⁠ブランドは一社じゃなく、一緒に作るんだ!」と感じていただけるはずです。

マーケティングが「戦い」「奪い合い」ではなく、⁠育み」「協働」になる未来へ。

本書が、あなたとあなたのブランドが“ファンとともに育つ”新たな第一歩となることを願っています。

福田晃一(ふくだこういち)

LIDDELL 株式会社  代表取締役 CEO

2000年よりタレントを起点とした“ファン・コミュニティマーケティング”に取り組み,その後,芸能プロダクションとマーケティング戦略を融合させたハイブリッド企業「ツインプラネット」を創業し,多くの人気タレントやアーティストをプロデュース。数々のヒット商品や話題のイベントを手がけ,時代のトレンドを牽引。

2014年,インフルエンサーという存在がまだ一般化していない黎明期にリデルを設立。インフルエンサーマーケティングのパイオニアとして,SNS・コミュニティ・AIを基盤とした新たなマーケティングのかたちを提示。5万人を超えるインフルエンサーと7,000社の企業が登録するプラットフォーム「INFLUFECT(インフルフェクト)」を中心に,“個人の影響力”を活用した価値創造を推進。

AIの躍進により,マーケティングは「人間らしさ」が問われる時代へと進化している中,コミュニティが重要なポジションになり, “人間の力”を社会に活かすことにもなると考えている。

著書に『買う理由は雰囲気が9割』(2017年),『影響力を数値化 ヒットを生み出す[共感マーケティング]のすすめ』(2018年)など。

独自の感性と論理を融合させた視点は,次代のマーケティングを考える上で多くの示唆を与えている。