ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険

バニーから日本の読者へ

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Hello, my name is Andrew ‘bunnie’ Huang, よろしくおねがいします!
⁠訳注 ⁠よろしくおねがいします!」まで日本語で送られてきた)

この本を読む時間を作ってくれてありがとう。翻訳してくれた高須正和と彼のチームにも感謝します。個人的に,この本が日本語に訳されるのはエキサイティングだし,その翻訳者としては高須以上の人物はいない。高須たちはメイカー精神を本当によく知っているから,僕の情熱や考え方が正確に訳されていると全面的に確信している。

僕が最初に日本に来たのは,経済的奇跡の頂点だった1980年代末の日本で働く叔父たちのもとを訪ねたときだ。僕はアメリカの自動車産業の中心地デトロイトのそばのミシガンで生まれ育ったので,これはたしかに皮肉な面もある。⁠日本人はアメリカの技術を盗むことはできても,イノベーションはできない」というのが,当時のアメリカの代表的なポピュリストたちの意見だった。今やデトロイトは破綻し,トヨタやホンダといった会社は自動車のイノベーションを牽引していると世界が認めている。

多感な若い頃に,通俗メディアのレンズを通してでなく,自分の目で日本を見ることができたのはラッキーだった。僕は日本の素晴らしい技術や文化に直接触れ,日本から帰るときはいつか日本語を学び,また日本に戻ってくることを自分に誓った。

僕はその約束を果たした。MITに進学して2年間日本語を学び,たくさんのアニメを見て,日本の歴史も学んだ。少しのお金ができると,休暇を取って日本に行った。その頃,日本人はすばらしいケータイ電話を作っていた。アメリカ最高の電話がMotorolaのStarTACだった頃だ。僕が秋葉原から帰り,ケータイ電話をオフィスのドアのStarTACの隣に吊していた。当時のケータイがアメリカ最高の電話に比べてどれほど小さくて機能的か,見る人はほとんどだれも信じられない思いだった。

その後何年にもわたり,日本はバブル経済がはじけて失われた数十年を過ごしたが,日本はいつも僕にとって最高の旅行先で,2年ごとぐらいに旅行した。秋葉原が電子パーツからメイドカフェの場所になり,六本木ヒルズが躍進し,お台場が復活したのを目撃した。どういうわけか,失われた数十年があったにもかかわらず,日本は挫折していない。古い樹木が密集して空を覆っているのに,力強い新芽を伸ばすだけの回復力が若者たちにはある。

10年少し前,僕はChumby社を共同創業する幸運に出会った。この本の多くの部分はChumby社の立ち上げから最近のことについて書かれている。chumbyは最初のインターネット接続の目覚まし時計で,ベッドサイドでアプリを走らせる装置としてiPhoneよりも先を行っていた。これについては,本書の物語の1つになっている。日本人はchumbyの風変わりな革のデザインに興味を示したので,市場開拓をすることになった。やがて赤坂にオフィスを開き,年に何度も東京を訪れた。それは最高の時でもあり,最低の時でもあった。僕は日本でのビジネスのパラドックスを思い知らされた。ソフトバンクの経営会議から赤坂のショットバーまで,僕は多くの日本文化を学んだ。最も大事なことは,僕は旅行者として日本にいることはとても楽しいが,本当の意味で日本人に受け入れられることは絶対にないということに気がつかされたのだった。

僕には自分を受け入れてくれる日本人の友達がいるが,奥底では日本の社会が僕を一員として認めてくれることはないと知っている。おそらく僕が日本人の妻を迎えても,僕が彼女のために日本に行くよりも,彼女が日本を離れることのほうが多いだろう。

当時の僕は,アメリカの外のどこに住もうかという厳しい決断をしていた。ハードウェアハッカーにとって中国の深圳が重力の中心なのは明らかなことだったが,僕は中国のグレートファイアウォールという事象の地平線の中に引きずり込まれるのはいやだった。僕はこのブラックホールに頭から飛び込むより,そのまわりの衛星軌道で平穏な場所を見つけようと思った。東京とシンガポールが候補だった。より外国人にフレンドリーだったシンガポールを選んだ。

僕がはじめて深圳に行ったのは,2000年代半ばになる。僕は日本の80年代から今までの軌跡を学んだ経験を生かし,中国人に適用した。ポピュリストが80年代の日本について言っていたのと同じように「中国人はイノベーションができず,アメリカの技術を盗んでいるだけだ」と言っていたが,日本での経験を考えれば,そいつらがそんなことを言っているというのは,まさに技術領域でリープフロッグが起こるというまちがいない兆しだった。そこで僕は,市場の最も汚い一角がどうやってイノベーションを起こすかを知るために,山寨について興味津々で学んだ。そうした体験の一部は本書で書いたけれど,じつはそれが日本での体験や日本で学んだことを大枠にして描かれているのだと知ったら,日本の読者にとっては面白いかもしれない。中国のトップ企業は世界のイノベーションリーダーとして認知されつつあり,華強北は恐ろしい速度で小ぎれいになりつつある。秋葉原によく似た小汚い部品屋は,ハイエンドの電子ガジェットやコーヒーショップに急速に入れ替わりつつある。今の空気の中で台頭してきた疑問は,⁠この中国の急成長がいつ終わるのか」そして「終わったとき,彼らが失われる10年をどうやって生き延びるか」ということだ。

読者のみなさんにこの本からぜひ読み取ってほしいのは,玄関から出て行って世界を探索するのが重要だということだ。僕は叔父が若い頃に僕たち家族を日本に招待し,当時の通俗文化の偏見を超えた世界を紹介してくれたことに感謝している。この長年にわたり,どこの出身だろうと,人は同じ基本的なニーズと感情を持っていることを理解した。欠けているのは,お互いの意図や感情を正しく解釈し,それぞれにユニークな人間の欠陥を受け入れ,サポートしてくれる文化的な背景や感受性だ。

不幸なことに,それを普遍的に学ぶための本やマニュアルはない。なぜなら,人間関係の失敗の半分は,自分固有の問題だからだ。それでも僕は,多くの文化とコラボレーションするリスクをとることが,自分の人生を豊かにし,可能性を広げてくれると確信している。

僕はこの本で自分の経験をシェアすることで,みなさんももっと共同作業のリスクを取る意欲を高めてほしいと思っている。しばしば,いちばん変な人たちが,いったんよく知りあえば,最も素敵でユニークな人だったりするのだから。

Happy Hacking!
Bunnie