本書の元になった連載記事をWindows NT World誌(IDGコミュニケーションズ)に書き始めた1997年当時,僕はアラフォーのごくごく普通のサラリーマンだった。変わったところがあるとしたら,NECのPC-9801シリーズにアンガマン・バス社(その後のネットワンシステムズ)のNICを突っ込んで,10BASE-5のLANを作ったり,モデムを並べてパソコン通信ホストを運営する,といった少しばかり暗い過去を持ち,オフラインと称する宴会(もちろん仕事とは無関係)が多かったことぐらいである。
しかしそうした人付き合いのおかげで,パソコンやネットワークに関する最新情報には困らなかったし,Windowsに触れ始めるのも早かった。業務用システムを構築するためにWindows NT3.1ASに触れたのは1994年であり,そこから試行錯誤が始まっている。なにしろ情報がないのだ。NTサーバの画面が真っ青になったら,秒単位でリセットボタンを押すような毎日だった。今から思い出しても泣けてくるのだが,その体験が本書の源泉となっている。
その頃に仕事で使っていたパソコンの主流はPC-9801シリーズ。それを徐々にWindows 3.0で置き換えつつ,Lotus 1-2-3やMultiplanで動いていた集計表をExcel版に修正する作業も多かった。そんな毎日は,同時にエンドユーザが置かれた状況について情報交換する日々でもある。
僕はパソコン通信にはまっていた頃からCSCW(Computer-Supported Cooperative Work)に興味を持ち,勉強していた。それもあって,どちらかというと,Windowsの技術そのものよりも,そうした技術がエンドユーザにどのように受け入れられ,ユーザがどう変わっていくかに興味がある。つまり,IT技術と人のインタラクション問題だ。
あっという間に大型コンピュータの端末がパソコンに変り,それがWebのクライアントと化し,今ではモバイルが主流になろうとしている。そうしてIT技術はどんどん進歩していくので,それを使う人間との間のインタラクションもどんどん変わる。インタラクションが変わると,それを経験した人々の生活や人間関係も変わっていくはずだ。そうした興味から,僕は自然と組織論や情報社会論を勉強するようになった。
こうした経験のおかげで,現在の僕は複数の大学で情報系の科目を非常勤で担当している。そこには,僕の息子よりも若い二十歳前後の学生がいて,彼らがIT技術とどう向き合っているのかを知ることができる。企業でサラリーマン生活を続けていたら経験できない貴重な時間だ。これからも,僕の体力が続く限り,人とIT技術の関係を見つめていきたいと思う。
さて,青本,赤本,黄本と派手な表紙が続いた『システム管理者の眠れない夜』だが,リバイバル版として出版社も変わり,やっと落ち着きを見せたようだ。表紙の文字が従来のゴシックから明朝体に変わっているのが,その証拠である(?)。
ただ,月刊誌連載の初回から変わっていないこともある。それは編集を担当していただいたのが,岩切薫氏だということだ。13年前から編集担当者が変わっていないというのは,ある意味では奇跡的なことであって,彼の手による編集がなければ,この本は生まれなかっただろう。