Webクリエイティブ職の学び場研究

第10回NHN Japan執行役員/CTO 池邉智洋氏に訊く(後編)―個人も組織も、なんでもあり”多様性の中で強くなる

前回に引き続き、NHN Japan 執行役員/CTOの池邉智洋さんにお話を伺います。今回は、中長期的視点でみたWebクリエイティブ職の育成、3社経営統合にまつわる組織の育み方、エンジニア職のキャリアパスなどを掘り下げます。

NHN Japan 執行役員/CTOの池邉智洋氏
NHN Japan 執行役員/CTOの池邉智洋氏

他社やヘッドハンターからちゃんと評価される人にしたい

では早速ですが、中長期目線で自社のWebクリエイティブ職をこう育てていこう、といったお考えはあるのでしょうか。

池邉さん「ぶっちゃけ、この業界は人の入れ替わりも早いですし、極端な話ずっといるかどうかわからないと思っていて、あまりうちの会社だけに特化したスキルとか処世術を身につけても意味がないと考えています。他社やヘッドハンターからちゃんと評価されるような、世の中にきちんと通用するような人にしていくべきかなぁと思っています。

ですから、社内で発表するくらいなら、せっかくだから社外で発表したほうがいいと思うんですよね。社内で話すのも社外で話すのも、話すことはそう変わらないんだし。社内の人も聞きたければ、それ聞きに行けばいいと思うし。まぁ、別口で社内勉強会で話すのでもいいし。

僕としては、辞めた人が評価高く他のところに移ってくれたほうが嬉しいかなぁと。まぁ移ってくれないほうがいいんですけど(笑⁠⁠、万が一転職するとすれば、ちゃんと条件良く移ってくれたほうが嬉しいかなぁと思いますね⁠⁠。

こう池邉さんは自然体でお話しされたのですが、これってなかなか聴ける話じゃないですよね。⁠ぶっちゃけずっといるかどうかわからないので、お金をかけて育てる気もない」とか、⁠他社から引き抜きにあわないように、社外での講演は慎重に考えている」とか、⁠うちのノウハウを社外に公開する意味がわからない、基本的にはお断り」といったオチならいくらでもありそうですが、池邉さんはこれとまったく逆のことをあたりまえのことのようにお話しされていたのが印象的です。

世の中にちゃんと通用する人にしていきたい、他社でも評価されるような人になってほしいという考えのもと、一人ひとりが自分の市場価値を上げていくことをバックアップする姿勢が、社員の方にしてみれば、そのままこの会社に勤め続けることの魅力になっているように思いました。

池邉さん「私がWeb業界に入って10年ちょっとなんですけど、その間にも主流のビジネスモデルとか主役のプレイヤーがどんどん変わっているじゃないですか。まさかあそこが1位から落ちるとは!といったことがたくさん起きている。そういう中で生きていかなきゃならないので、個人として生き抜く力をつけることは重要だと思っています。スタッフには、そういう力をもった人になってほしいと思います⁠⁠。

経営統合したからといって、何もかも一緒にしなくていい

激変する職場環境という意味では、NHN Japanグループの3社経営統合も社員の方にとって大きな変化だったことでしょう。経営統合から間もないですが、今の時点で何か組織を一つにまとめようみたいな働きかけはしているのでしょうか。

池邉さん「組織的にどうこうというのは、あんまり考えていないですね。統合したからといって何かを一緒にしようとしても、それって衝撃が大きい割に何が良くなるのか、よくわからない。それよりも、事業を伸ばすための必然として、プロダクトを軸に歩み寄っていくほうが、ストレスがないというか、自然だと考えています。そのためにも、経営側がちゃんと「我々は事業としてここを伸ばす」というメッセージを伝えることが重要だと思います。そうすれば自然に、みんな注力すべきところに導かれていくので。

今でいうと、もともとNAVERのプロダクトだった「LINE」が伸びているので、その過程で当然ライブドアの技術者も「LINE」関連のプロダクトに注力していくことになる。その中でお互いのエンジニアの交流も生まれますし、そうすればだんだん近寄るべきところは近寄っていくと思います。

経営統合するからといって、一緒にならなくてもいい部分を一緒にしようとするから、いろんなひずみが生まれていくんだと思うんですよね。実際は、一緒にならなくてもいい部分もいっぱいあると思う。きれいな組織図はできたけどプロダクトはぐちゃぐちゃよりも、組織がどうあれプロダクトとしてちゃんといいものを出せているほうがいい。

組織をいじっていくことは手段であって目的ではないので、そうすることでいいプロダクトが出せるのであればやるべきでしょうけど。今は、⁠LINE」であれば、合流した我々旧ライブドアのエンジニアが、⁠LINE」に対してちゃんとコミットできるようにしていくことが大事かなと思っています。余計なこと考えずに(笑⁠⁠。

机上で組織図をいじくりまわすのではなく、プロダクト軸で必然性をもって人と人がつながっていく流れを大事にしたいというお考えは、とても健やかで自然な感じがしますね。

二極対立構造に陥らない、“いろいろあってあたりまえ”の組織風土

組織は大きくなる一方ですが、組織風土の面で、入社時期によって意識の差があってぎくしゃく……とか、そういったことはないのでしょうか。

池邉さん「創業期のメンバーと、事業が伸びてから入社した人で意識の差があるとかってよくある話だと思うんですけど、旧ライブドアでいえば、割と会社として特異な人生を歩んできているので(笑⁠⁠、第何期みたいなのがいっぱいありすぎて、そうした問題はないですかね。⁠第1期と第2期⁠だけだと対立構造も生まれちゃう気がするんですけど、うちの場合、今で第5期か第6期か……(笑⁠⁠。ここまで来ると、あまりにみんな違いすぎるので、⁠いろんな人がいて当たり前⁠という感じです。

サービス面から見ても、ニュース、ブログ、コミュニティといろいろやっているので、サービスもいろいろあって、やっている人もいろいろいる、という感じですね。また、新卒をほとんど採っていないのも関係していると思います。みんな入社してくる時点で、それぞれの常識をもってくるのが普通。それがうちの会社のやり方と違う場合も当然あるので、何か問題があれば話をして、やり方を変えてもらう場合もあれば、会社のやり方を変える場合もあるという感じです⁠⁠。

こうした、⁠みんないろいろあってあたりまえ」という空気があると、フランクに話しながら変化に対応できていいですね。採用段階から、多様性を意識して組織を築いていることにも通じているように思います。

池邉さん「正直、多様性があると面倒くさいは面倒くさいんですけどね(笑⁠⁠。みんな同じ方向を向いてぴしっと動いてくれたほうが楽なことも多いと思うんですけど。ただ、いろんな人がいろんな思惑で働いてくれたほうが、結果的には組織も強くなり、生き残れる可能性は高まるのかなと思っています」

うっかりすると、エンジニアとして評価の高い人を“マネージャー”にしてしまう

では、中長期的にみたWebクリエイティブ職のキャリアパスについては、どんなふうにお考えでしょうか。

池邉さん「Webエンジニアがマネジメント職にいくかいかないかという話でいうと、キャリアパスは二本立てで考えています。マネージャーを志向する人もいれば、エンジニアとして技術方面とかサービスの企画方面で伸びていきたいという人もいると思うので。

いろいろこれまでの紆余曲折はあって、エンジニアとして評価の高い人に印をつけるような感じで⁠マネージャー⁠という名前が使われていた時期もあったんです。人事制度との兼ね合いもあって、うっかりするとそういうことをやってしまいがちなんですが、そうすると一緒に雑用もふってきてしまう。

“マネージャー⁠って偉そうなイメージがあるのが良くないなと思っていて、実際は半分くらい雑用だと思うんですよね(笑⁠⁠。ものを作る上では、割と本質ではないいろんな仕事が世の中にはあると思っていて、そんなのは、ばりばりコードが書ける人がやるより、そういうのを苦と思わずちゃんときれいにできる人がマネージャーに向いていると思っています。

ですから、研鑽を積んだエンジニアは、単に⁠すごいエンジニア⁠でいいんじゃないかという気がしています。技術が優れているなら、人を束ねるより自分で書いて一騎で突っ込んだほうが効率いいと思いますし、あんまりマネージャーの数を増やしてもしょうがないかなとも思っています。

ただ、もちろんマネージャーも1つの大事な⁠役割⁠で、大変なことも多いので、給与とか待遇面でマネージャーが一番悪いとか、そんなことはないと思いますけど(笑⁠⁠。

現在も、ライブドアの前身、オン・ザ・エッヂ時代からお勤めのエンジニアが多く所属されているのだとか。技術者のキャリアに対して理解があることの表れだなぁと思いました。

新しい海外のサービスに飛びついて、にやにやしているようじゃダメ

最後に、池邉さんご自身についてお話を伺いました。この業界に入って、擦れたなぁと吐露する池邉さんが最近気をつけていることとは。

池邉さん「Webエンジニアって、インターネットとかWebのことに詳しいから、詳しいだけにいろんなサービスを斜めから見ちゃう癖がある気がしています。楽しい楽しくないじゃなくて、実装としてイケてるイケてないとか。我々が提供しているのって、生活必需品ではなくて、人が楽しいと思うコンテンツとか、人をハッピーにするものなのに、いきなり斜めから物事をみる癖がつくのはよくないかなと。なので最近は意識して、ひと通り世の中で流行っている俗っぽいものに触れるようにしています。

たとえば、ソーシャルゲームとかも、Web業界の人って「いかがなものか」論みたいなのを展開しがちなんですけど(笑⁠⁠、そういう入りはいかんかなぁと思って、とりあえず全力で課金してみようとか。で、やってみるとやっぱり、ちゃんと面白い部分があるわけです。

Webエンジニアって、流行りのものをやっているように見えて、意外と実際のところWebの何が流行っているのか理解している人が少ない気がしています。新しい海外のサービスに飛びついて、にやにやしているようじゃダメで、⁠自分には理解できないけど身のまわりで流行っているもの⁠に目を向けていかないと。そこには、ちゃんと流行っている理由があるはずなので⁠⁠。

これは、耳が痛い人も少なくないのでは。こういう問題意識って、池邉さんの中でどんなふうに芽生えてきたんでしょうね?

池邉さん「昔は僕も、海外のサービスに早く飛びつかなきゃ!みたいなのがあったんです。でも、実際にはエンジニアが飛びついたサービスの10分の1くらいしか世の中に定着しないじゃないですか。⁠これはすごい(キリッ⁠とかブログにあっても。そこに使う時間がだんだん無駄な気がしてきて、それよりはもっとテレビとか見たほうがいいんじゃないかと。

それでいうと、この業界入って良くも悪くも擦れたなぁと思っていて(笑⁠⁠。インターネットに対して。最初の頃は、IRCとかも⁠リアルタイムで言ったことが届いて、リアルタイムに返ってくる⁠とか、ものすごいなぁと感動を覚えました。今となっては当然ですけど、当時の僕には全然普通じゃなかった。なので、あんまり擦れるのも良くないかなと、1ユーザとして使うことを意識しだしました。

それに、割とソースコードの出来と、流行る流行らないとの相関性は低いなと思っていまして。もちろん、ある程度の規模を超えると、スケールしないとか技術上の課題が出てきて詰まることはあるんですけど、最初のスタートアップでいうと、実はそんなに関係ないことが多い。だからといってコードがどうでもいいとは思わないですけど、前線でコードを書いているエンジニアが割と目をそむけがちな事実にちゃんと目を向けて考えていったほうが、個人的なキャリアの観点からみても有効かなと思っています⁠⁠。

サービスリリースから間もないうちは興奮ぎみに使うんだけど、みんなが使い出すと反動で一気に気持ちが冷めてきたり。妙に玄人的に捉えて粗探ししてしまったり。自分には理解できないけど、世の中が楽しんでいるものを、低俗なものと位置づけてしまったり。そういう無意識に振り回されてしまうと、いろんな可能性が見えなくなってしまいますよね。

人間の微妙な心の作用が働いていて難しいものだなぁと思いますが、⁠なんで流行っているんだろう」と自問自答して関心を高めながらまずは使ってみたり、純粋な気持ちで楽しんでみようと意識を持ち直すと、インターネットに出会った頃の童心?を取り戻して仕事にも向き合えるかもしれません。

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