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第16回[特別編]人生の記録~ゴードン・ベル

8月に開催されたEvernote技術カンファレンスについて、第13回第14回で紹介してきたが、今回はその最終回、ゴードン・ベルのセッションをご紹介する。

Evernoteを創業するにあたって最もインスピレーションを受けた人物

セッションの始めに、EvernoteCEOのフィル・リービンは、Evernoteを創業するにあたって最もインスピレーションを受けた人物であるとゴードンを紹介している。Evernoteのコアコンセプトである「外部脳」「100年続く企業」のビジョンにも最も影響を与えた人物そうだ。フィルいわく、Evernoteはゴードンのビジョンを10年ぐらい未熟にして、そのクレイジーさを少しだけ控えめにし、一般のマーケットに受入れられるようにしたものを目指しているという。

ゴードン・ベル
ゴードン・ベル

現在、ゴードン・ベルはMicrosoftのリサーチャーで、ライフロギングとクラウドコンピューティングの研究に主に取り組んでいる。彼は1998年にMicrosoftでMyLifeBitsという有名なプロジェクトを始めた。

ある日、友人が電話をかけてきて、本をスキャンしてWebにアップロードしたらどうかと言われたのが始まりだったというこのプロジェクトでは、身の周りにある本、書類、写真、CD、画像など日常のあらゆる情報をデジタル化して記録するという、彼自身の人生を材料にした壮大なものである。電話の会話や読んだWebページもすべて記録してきたというゴードンは、SenseCamという日常生活記録用の特殊カメラを身に着けて会場にも現れた。

実は、このMyLifeBitsプロジェクト、1945年にヴァネヴァー・ブッシュが発表した論文「As We May Think」の中にでてくる、蓄積された個人データを高速で検索できるMemexというシステムを実現しようと試みたものである。ビル・ゲイツは、1996年に出版した著書『The Road Ahead』の中で「いつの日か、人生で見るもの聞くものすべてを記録できるようになる日がやってくるだろう」と述べているが、ストレージを中心としたテクノロジーの進化により、ゴードンがプロジェクトを始めた1998年から13年がたった今、こうしたことはいよいよ現実味を帯び始めている。

すべてを記録するということ

「すべてを記録していることによって人生はどう変わりましたか?」との質問に、ゴードンは次のように答える。⁠自由で、開放されたように感じるよ。すべてを覚えていなくてもいいのだからね。覚えている必要があるのは、データが保管されているということと、そこから必要なことを取り出すための関連付けのタグとなる情報だけだ⁠⁠。

トークセッション
トークセッション

頭の中に記憶しておかなくても、外部に記録されているデータと組み合わせれば誰よりも記憶していることになる、と彼は言い、覚えていなくてもよい強みと安心感を強調している。このあたり、Evernoteがいかにゴードンの影響を受けているのかがうかがえる。

ゴードンに言わせれば、Evernoteなどの情報を溜めておく場所は、いわばTrue Memory、自分の頭にあるのはそこへのURLだけでよく、場所や時間などをヒントにそこから必要な情報を引き出すのだ。

そういえば、一昔前は友人などの電話番号は暗証して記憶したものだった。しかし、携帯電話とそこに付随するアドレス帳機能が充実するにつれ、電話をかけたい友人の番号が記録されているという事実、職場や学校などどのカテゴリから検索するのが一番手っ取り早いかだけ覚えていれば事は済むので、番号を暗唱するということはほとんどなくなった。そもそも、以前のように番号を入力するというプロセスもなくなって、登録されているものをクリックするだけでよくなったのだから。他の情報も、Evernoteに入れておいたということと、だいたいどのタグを付けてあるかさえ覚えておればすぐに引き出せる。

記録することと公開することは違う

「記録することによって、他人がそのデータにアクセスできるようになる。盗まれるかもしれないし、死後のことはわからない。心配ですか?」との質問に「全然心配していないよ。そんなことを心配するぐらいならプロジェクトを始めなかった。データは、複製して子供や孫にでもプレゼントしようか」と笑いながら彼は話す。

もっとも、ゴードンは、データを記録することとそれを公のものにすることは別物で、彼の研究のフォーカスは前者にあると言っている。個人がサイバースペースに記録し続けた膨大なデータをどうするかということは、そろそろ皆が考え始めていいる課題だ。家族に残したいと考える人もいれば、死んだ瞬間にすべてが消去されるような仕組みが欲しい人もいる。

生活を記録する

ゴードンは、カメラや録音装置だけではなく、運動量を記録するfitbitなどの健康用ガジェットも常にポケットに入れている。健康用ガジェットの元祖、bodybuggのファウンダーとも知り合いであり、ずっと使っているそうだ。ゴードンは、こうしたガジェットが吐き出す数値化された記録は医療用に大変有効だとし、個人レベルで使える健康記録用ツールはこれから数年のうちに普及が加速するという。

ゴードンがやっていることはクレイジーだと見なされがちだが、10年後ぐらいには、意識していようがいまいが皆が同じようなことをしているようになると思うというゴードンの主張は興味深い。最近、Big Dataが話題になっているが、ゴードンのMyLifeBitsプロジェクトの話は、ティム・ホワイト著の『Hadoop The Definitive Guide』⁠O'Reilly)でも言及されている。2009年に発行されたこの本では、第1章に次のような一節がある。

「Microsoft ResearchのMyLifeBitsプロジェクトは、近い将来に当たり前となっているかもしれない個人情報の保存・アーカイビングの世界を垣間見せてくれるものだ。」

無意識のうちに記録している

「意識していようといまいが」他人がアクセスできる場所に「記録」することが我々の日常で当たり前になってしまっていることは思っているより多い。我々が普段なにげなく使っているクレジットカードや、銀行でのお金の出し入れでさえ、そうした意味では記録する行動だ。Eメールもそうだし、写真をWebサイトにアップロードすることも普通になった。TwitterやFacebookでの会話、GPSの機能をとりいれたさまざまな健康用ガジェットやロケーションサービスでは個人の行動が記録され続ける。テクノロジーの進化に合わせて、少しずつ、少しずつ、世の中は確実にそちらの方に向かっている。気づいたときには茹で蛙状態になっていそうだ。

Evernoteは、とにかく写真でもレシートでも何でも放り込み、記憶用の外部脳として使おうということがコンセプトになっているが、ゴードン・ベルから影響を受け、それをさらに遡るとヴァネヴァー・ブッシュまで行き着くとは。今はサービスごとに散らばって別々の場所に個人データが保管されているが、それをどうやってまとめ、アクセスできるようにするかが課題だとゴードンは語るが、ひょっとしたらEvernoteが最終的に目指しているのはこの役割の一部を担うことにあるのかもしれない。

本セッションの録画はこちらで見ることができるので興味のある方はどうぞ。

A Lifetime of Memories - Evernote Trunk Conference

なお、MyLifeBitsプロジェクトはゴードンの著書「Total Recall」(邦題『ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する!』)に詳しく書かれているので、こちらも読んでみると参考になるだろう。

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