モヤモヤ議論にグラフィックファシリテーション!

第17回 本音を引き出す・本質をついてくる[リーダーシップ]

この記事を読むのに必要な時間:およそ 2 分

こんにちは。グラフィックファシリテーターのやまざきゆにこです。前回に引き続き,絵の世界を楽しむ人たちに共通する要素の一つ,「場」を引っ張っていく[リーダーシップ]について紹介したいと思います。

グラフィックに興味津々に近づいてきて,口火を切る人の多くは「場」のリーダーだと前回お話しました。そして,そんな彼らは共通して,絵の中をまるで歩いているような目線で,グラフィックの世界を遊びだしていくんです。

壁に並ぶグラフィックを見て「この絵,かわいい!」とか「この絵,うまく言い当ててる!」と自由に感想を言っているときは,絵の世界の中に入らず,少し距離をおいて俯瞰している感覚です。その視点から見えることは,これまでの連載でいろいろご紹介してきましたが,今回は,その先の,絵の世界にじぶんが降り立ったときに出てくる発言について考えていきます。

じぶんも絵の世界の登場人物になれる人

たとえば, 下の絵は「イノベーションを引き起こす組織のあり方」を描いた絵です。「みんなで夢やビジョンを共有している場」の状態を,私のイメージではインディアンが火を囲むような神聖な場を思い描いて絵にしています。

この絵は,「イノベーション行動科学」という研究プロジェクト(国際大学グローバル コミュニケーション センター(GLOCOM)主催)で,大学教授陣を招いて議論を交わすとてもアカデミックな場で描いたのですが,議論はまじめな「組織論」「リーダーシップ論」。 場の雰囲気は,プロジェクターに映し出される研究発表資料や配布資料を見ながら,机をコの字型にしてみんなは腕を組みつつ「組織はこうあるべきだ」「真のリーダーはこうあるべきだ」という議論の中にありました。

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しかし,それが席を離れて,プロジェクトメンバーの一人が絵に近づいてきたとき,焚火に薪をくべにきた一人の男の人を指差してこう言いました。

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「この薪をくべにきた右の男の人はさ,じつは左の女の子を見て『あの女の子かわいいな』っていうだけで焚火に寄ってきててもいいわけでしょ」

私にはその視点はまったくなかったので思わずこの言葉を聞いて笑ってしまいました。「この男の人はさ~」と言った彼の目線は,まさしく彼自身の目線。絵の世界にじぶんが入り込み,彼自身の目線から話をしていますよね。その視線で,絵の世界に立てたとき,あとは本当に自由に,しかも具体的に話が展開していきます。 彼の感覚としては,ただ目に見えることを言っているだけかもしれませんが,他人からみると「想像」が広がっている,「創造力」があるようにも見えます。でも「想像」といってもそれは本当に具体的でものすごく現実性を帯びていて,聞いている側も本当に楽しいんです。

絵の世界に入り込んだ人の言葉は,「場」を呼ぶ

そして,周りも面白がってその世界についていきます。

  • 「確かに,『エコで地球を救う』という価値観に共感しているようで,本音は『エコってちょっとオシャレだし』という感覚で焚火に近寄ってくるのもありだよね。そうして実際,活動は広まっていってる」
  • 「イノベーションを起こすには,みんなが近寄りやすい大義名分を掲げてあげるってのは大事だね」
  • 「そういえば,ビジネススクールに通う大義名分のもと,じつは出会いの場を求めている友人がいますよ~」etc.

ここでのポイントは,3つあると思っています。1つは彼のストレートさがみんなの本音を引き出すところです。どこか違和感を抱いていたり「そうはいっても」と心の中で思っていたことを,自然と周囲から呼び出してしまうところ。そして周囲の想像力・創造力まで豊かにしていくところです。

もう1つのポイントは,こうして絵の世界で遊んで素直に感じた発言の中に,議論の本質や見落とせない観点が必ず聞こえてくるところです。まさに 絵の世界に降り立った人がその場の[リーダーシップ]を発揮していると言えるゆえんなのですが,このときの彼は

「『ビジョンや価値観に共感してます』と言って仕事している人たちって 実際は,少数派なんじゃないの?」

というのが発言の大元にある考え方でした。「理想論はわかるけど,現実はみんながみんな同じ思いや熱さを持って集まっているとは限らないよね」ということです。 違和感や逆にそっちのほうがいいと何かピンと感じる反応が早いのはリーダーに共通する感覚ですが(ただ,それはみんなも実は心の中では思ってたり感じていたことなのですが),それをはっきりと口に出して確かな発言として伝えることができるのが,まさに絵の前で口火を切る人たちに共通しているんです。

そして3つめのポイントとして挙げておきたいのが,この発言の受け取られ方の違いです。 同じセリフを言ったとしても,ただ配布資料を目にしてその場で,思いついたこと,気づいたことを発言するストレートさとは違います。絵の前で遊んだ人が発した言葉はストレートに受け取られやすいんです。「想像」「創造」の世界を見て,それを実際見ているかのように話をして発言する言葉には重みがある。[リーダーシップ]を発揮する人に共通する言葉の強さの1つには,こうした状態があるのではないかと感じています。

たとえその場にグラフィックが無くても,[リーダーシップ]を発揮する人の発言の前提には必ず「想像」「創造」があって,その世界を目で見て歩いてそのままを語っている状態。まさにグラフィックの絵の前でその世界に降り立って見える世界を話している状態です。それは聞いている側も映像として思い描きやすく,興味が持てて,しっかり伝わってくる。同じセリフを言ったとしても伝わる相手の数の多さも伝わり具合もその言葉の重さも違うんです。

絵を見て何気なく口火を切った人が,例えばプロジェクトの「場」全体に感じていたお行儀の良い,でも固い空気を,がらりと変えていきます。そして,みんなの頭の中にも,私自身の中にも,最初に思い描いた炎を囲む神聖な場からもっと現実的な世界が見えてきたのです。

著者プロフィール

やまざきゆにこ

様々な議論の現場で,グラフィックファシリテーション(=グラフィックレコード+グラフィックフィードバック+グラフィックダイアログ)を実施する。300人超のシンポジウムから,企業も国籍も違う参加者の集まる研究会,組織を横断したプロジェクト,経営者・リーダークラスのビジョン研修,組織研修,顧客との協働プロジェクトなど多岐に渡る。企業・組織の事業判断・意思決定,プロジェクトや個人の意識・行動変革の一助になればと"絵筆を持って"活動中。

グラフィックファシリテーター(graphicfacilitator)は,やまざきゆにこの商標登録です。

グラフィックファシリテーション.jp:http://www.graphic-facilitation.jp/

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コメント

  • 浮遊する言葉を捕まえた瞬間

    議論の最中に「場」を一変させる瞬間に出くわしたことが何度もあります。

    結論が出ず、行き詰って、みんなが腕を組んだり、下を向いたり、目をつむることが多くなったりして、議論が空転する時ですね。場を仕切るリーダーは焦り、一人で熱くなって自分の理論を押しつけようとしたりして。

    そんな時、隅っこでいたずら書きをしていたメンバーが「えーっとですね」と言葉少なく、小さめの声で、「場違い」な発言をするとで、凍りついていた場が一気に和んで、急速に活発な意見が飛び交い始め、「いいじゃんいいじゃん。それ」てなことになったりします。

    「場違いな発言」こそが、実のところ、核心であったり、参加者が求めていたりするものだという真実に後で気づいたりしますね。

    これって、本人は無意識なようですが、彼(彼女)の周りをさっきから浮遊していた形になり損ねていた言葉だったりするのです。

    リーダーの面目は丸つぶれですが、本当に活性化し、成長する組織は、そういう言葉を許容するんですね。
    実のところリーダー自身も、メンバーの頃に同じような体験をしてきているので、苦笑しながらも認めざるを得ない。

    浮遊していた言葉が発せられることで、「火種」になり、新たな言葉を紡いでいき、消えかけていた焚き火は再び燃え上がる。

    相手も自分の否定しない。そういう健全な議論が世の中には足りないのかもしれません。いや、知らないだけかもしれませんが(笑)

    Commented : #2  rascal (2008/11/28, 00:21)

  • 炎のメタファー

    公式サイトオープン、おめでとうございます。なかなか充実してますね。グラフィックを実際に見られるのがいいと思います。

    で、今回の記事については、会議の「場」のお行儀のいい、固い空気、という言葉が印象的でした。や、なんかすごくわかるんですよね、この感じ。熱の入っていない、冷えた感じとかね。

    余計なことは言わない方がいい。沈黙は金なり、といった価値観がはばを利かせているように思います。バカなことを言っちゃったらマズイ、とか、自分をさらけ出すことをよしとしないような文化みたいなものはやっぱりあるのかもしれない。自分自身にもやっぱりそういうところはあるかな、とも思いますが。

    それとの対比として火を取り囲んで語り合っているというイメージもよくわかる気がします。火をつけるとか、飛び火するとか、燃え広がるとか、火種として持ち帰るとか、ネガティブな形容にも使うイメージですが、ポジティブにとらえるなら正にそんなイメージですね。

    なにか、人を熱くさせて行動を促すような。

    なんというか、表面的な言葉のやり取りでお茶を濁していても仕方がない。お互いの本音をさらけ出さなければ議論なんかしても仕方がないのかもしれません。そんな感じはします。

    気持ちの入らないチャンバラをいくらやってていてもしょうがなくて、本気でやるつもりなら相手の間合いにまで踏み込んで打ち込まなければいけない。
    本気の間合いに踏み込んでいるだろうか、と時々考えることがあります。そうすると本気で踏み込むことなんてほとんどないことに気がつきます。

    別に戦うという意味ではなく。

    冷めた言葉のやり取りでは得られるものは少ないのも道理ですね。

    Commented : #1  くろめがね (2008/11/23, 17:56)

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