インバウンドマーケティングに興味をもったきっかけ
筆者がインバウンドマーケティングという単語を知ったのは意外にもマーケティング関係のソースではなく『ほぼ日刊イトイ新聞』(ほぼ日)でした。
筆者はインテリジェントネットというマーケティング、Web制作を行う会社を2000年からやっていて、コミュニケーションデザインをキーワードに経営しているのですがジレンマがありました。そのジレンマとは、考えていることと実際のアウトプットの差です。Web黎明期からつい最近までWebへのニーズが「作る」ということにあり(ここら辺の話は2012年新春企画「企業サイトの変遷がわかる。Web制作の未来で書かせていただきました)、言ってしまえば、コンテンツを掲載する器をつくることが中心になっていました。社会の価値観変化をとらえ、コミュニケーションデザインの支援をしていく手段としてのWebを作ると考えたときに、このジレンマが長い期間ありました。
そんな時にひっかかってきたのが、このほぼ日の記事で、そこからHubSpot社、ツールのHubSpot、インバウンドマーケティングへと繋がって行きました。
ポストモダン
ほぼ日のこの記事はお互いの会社紹介的なものですが、インバウンドマーケティングの提唱者で実践者であるHubSpot社を、ある意味、よりインバウンドマーケティング的な実践を行っているほぼ日が語っていることはおもしろいです。そして、この記事にはインバウンドマーケティングを実践していく「組織」を考えるヒントがあります。
HubSpot社はポストモダン(脱近代合理主義)として存在したい、と同記事では語っています。これは、カンファレンス内ではNew Economyと語られていたものを表している言葉に通じます。ポストモダン的な組織としてHubSpotとほぼ日をこの記事を通して見る限り、私には、ほぼ日のほうがよりポストモダン的に感じられます。
それは、HubSpotはコンテンツを、遠からず販促を目的としている(異論があるかもしれませんが相対的にほぼ日と比較したときのにおいとして)ことに対して、ほぼ日はコンテンツをECの目的ではなく手段、コンテンツそのものとして位置づけている違いなのかと思います。パネルディスカッション3で登壇された河野さんが支援しているクラシコムさんでも、「僕らはもっと面白いメディアになるためにもっと売れるようにしようというスタンス」と言っています。これは、インバウンドマーケティング、コンテンツマーケティング的な行為を行う目的がそもそも異なるという大きな違いがあると思います。
このスタンスの違いは、B2BとB2Cの違いも大きくあると思います。B2Bだと、クライアントのスタンスにある程度合わせていく必要があり、ある意味B2Cよりはやりにくいところがあるかと思います。私も実際B2Bサービスを提供しているのでそこは肌身に感じます。
ほぼ日やクラシコムさんのようなスタンスでないとインバウンドマーケティングが実践できないというわけではないと思いますが、両社のポストモダンという大きな考え方、会社、組織のあり方ということは考える1つのポイントでしょう。ここは、インバウンドマーケティングを形、ツールだけで取り入れても、一朝一夕で実現、継続できない理由でもあると思います。
テクノロジーは一定の割合で効率化に向かう
私たちの生活、価値観、消費行動、テクノロジーとマーケティングは深い関係にあります。マスマーケティングを支えたのはテレビというテクノロジーです。インバウンドマーケティングを支えるのはインターネットの技術が主体でしょう。
個人個人に最適な情報を伝えたい、この思いは昔からあります。それは、ターゲット、セグメント、ペルソナなどといった形で現れて来ました。ここを大量のデータとテクノロジーを用いて、より個人単位に近づけようという試みがずっと続いています。
テクノロジーは一定の割合で効率化に進みます。USでは今、マーケティングオートメーションがインバウンドマーケティングを含めた形で盛り上がってきています。これは一定の効果どころか、高い効果を発揮すると思います。ただ一方で私は、本カンファレンスの副題にもなっていた「LOVABLE」を実現するためにはある意味、効率を否定した発想が必要だと思っています。
カンファレンス内で水野氏が「人の認識能力をばかにしていませんか?」という問いかけがありました。将来もしかすると、テクノロジーで人の行動をかなりの確度で予測できる時代が来るとしても、気持ちを予測することは難しいでしょう。言葉にも行動にもならない気持ちはアウトプットされないのでデータにはなりえません。
インバウンドマーケティングを実践していく上ではさまざまなツール、テクノロジーを活用していく必要があります。ただし、インバウンドマーケティングがマインドセット、考え方であるがゆえに、ツールを使う側にインバウンドマーケティング的な思想と継続できる組織のしくみづくりが必要です。ここはポストモダンで書いたように経営や組織そのものであったりするので時間をかけて取り組む覚悟も必要だと思います。
インバウンドマーケティングの感覚をつかむために
こう考えると、インバウンドマーケティングを血肉にしていくには、ポストモダン的な時代感覚を私たちがリアルに感じられるかがスタートラインだと思います。
この視点で、本カンファレンスのキーワードを整理してみます。
○ポストモダン的な時代感覚をつかむ
Old EconomyからNew Economyへ。
○新しい時代のコミュニケーションのポイント
精度にこだわったコミュニケーション設計。
○新しいマーケティングを実践する人に求められること
データドリブンだけでなく、デザインを始めとして多様な知識を。
○新しいマーケティングを継続していくメソッド
自分が読みたいことを書く。
インバウンドマーケティングに取り組んでいく上で、時代感覚はものごとをぐっと引いて見る、一方で、コミュニケーション設計はぐっと自分とユーザを近づけて見るといったことを行ったり来たりすることが大切なことだと思います。
アウトバウンドの効果がなくなったわけでもないですし、潤沢な資金がある大手企業などは、今、インバウンドマーケティングに取りくむよりもアウトバウンドに取り組むほうがまだ相対的に効率が良いとも思います。
ただ、大局と多くの企業にとって、上述の通り一朝一夕ではいきませんが、これからの生き残り策として有効な選択肢だと思います。インバウンドマーケティングが手段としてのバズワードで終わらないように、私もクライアントと共に模索、チャレンジしていければと思います。