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2011年4月12日あるGNOMEコントリビュータの小さなパッチがOSSユーザに残した大きなおくりもの

先日お伝えしたとおり多くの紆余曲折があったものの、GNOME 3が正式リリースされた。旧バージョンからのUIの大きな変更にとまどうユーザも少なくないようだが、すでにネット上ではGNOME 3を便利に使うためのtips集などが多く公開されており、Linuxデスクトップ環境のデフォルトとしての地位を固めるのもそれほど遠くない日なのかもしれない。

今さら言うまでもないことだが、GNOMEを含むOSSには世界中の開発者がコントリビュータとして関わっている。その数は膨大すぎて、プロジェクトのトップメンバーや有名ハッカーでもない限り、たとえばバグフィクスやマニュアルの翻訳を担当するコントリビュータが多くの人の記憶に残ることはほとんどない。とりわけ、GNOMEのような巨大プロジェクトの場合はなおさらだ。だが、今回紹介するAdrian Hands氏の場合、彼の最後の仕事の反響が大きすぎて、世界中のGNOME/OSSユーザからの賞賛がやむことがない。

Hands氏はGNOMEのコントリビュータとして、あるパッチの作成に注力していた。コピーした画像をクリップボードに送り、同時にそのパスもクリップボードに送る機能の追加だ。そうすることで編集メニューや右クリックから直接、クリップボードに現在ある画像を操作できるようになる。Hands氏は作成したパッチを2010年12月31日にメンテナー宛に送り、そしてそれは2011年1月30日、正式にサブミットされた。その喜びをHand氏は息子のIan Hands氏に「やった! 取り入れられたよ。これで解決だ!!」とメールで報告している。

そしてその3日後の2月2日、Hands氏はこの世を去った。彼は2005年から原因不明の難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症していた。息子に送ったメールは、米ノースカロライナの自宅ではなく治療を行っていたインドで書かれたもので、彼は自身のコードが認められた満足感を抱きながらインドで亡くなったのだ。

ALSを発症すると筋肉の急速な萎縮と低下をきたす。2010年末、Hands氏の両手はすでにキーを叩くことができなくなっていた。そこで彼はPVCケーブルを膝にまきつけて身体を固定し、脚の強度を確保した上で、わずかに脚を動かして、モールス信号を変換してキーボードに送信するエミュレータ(WestTest EngineeringのDarci USB)をリモートスイッチ経由で操作し、パッチを書き上げた。

Adrian Hands氏のPicasa公開ギャラリーから

Adrian Hands氏のPicasa公開ギャラリーか

息子のIan氏は、父親からのメールを受け取るとすぐに「僕のパパは世界一クールだね(I have the coolest Dad in the world!⁠⁠」とHands氏に返信している。⁠父への最後のメッセージをこんなふうに伝えられてよかった」とIan氏は言う。⁠父に最後のすばらしい瞬間を贈ってくれたことに、GNOMEチーム/コミュニティのみなさんに心から感謝をします」⁠Adrian Handsはフリーソフトウェア/オープンソースを愛していました。私も同じです⁠⁠。

Hands氏は「こんな機能がGNOMEにあったら便利だろうな」という気持ちからパッチ作成に関わった。そしてその成果は彼が難病かどうかは関係なく、コードがすばらしいという理由で受け入れられ、結果として多くのユーザがその恩恵に与ることができた。だが彼が残したものは小さなクリップボードのパッチだけではなかった。いま自分自身ができることを最大限の力をもって臨んだHands氏の姿に、多くのOSSユーザが心を打たれ、勇気づけられている。

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