新春特別企画

“コンテナネイティブ”時代が本格到来 ―2018年のクラウドはKubernetesとGoogleに注目

「企業アプリケーションの多くがコンテナ上で動くことが前提となる時代にあって、そのカギを握る企業はどこか。答えは決まっている。Googleだ」―これは2017年11月、⁠vFORUM 2017」の開催にともなって来日したVMwareのパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)CEOがプレスインタビューの席で発したコメントです。この秋、筆者は国内外のITカンファレンスに数多く足を運びましたが、取材のたびに感じたのがエンタープライズクラウドにおけるGoogleの存在感が日を追って強くなっているという点でした。ゲルシンガー氏が率いるVMwareをはじめ、Salesforce.com、SAPなど、エンタープライズITのトップベンダがそれぞれの年次カンファレンスにおけるメインの発表としてGoogleとの提携強化を掲げており、Google Cloudがエンタープライズのプラットフォームとして認められつつある事実をあらためて実感します。

VMware パット・ゲルシンガーCEO
VMware パット・ゲルシンガーCEO

パブリッククラウド市場、とくにエンタープライズ市場でAWSやAzureに遅れを取っていたGoogleが、2017年になぜ急激にその存在感を強めたのか ―その理由はいくつかありますが、もっとも重要なファクタのひとつが、コンテナマネジメントの領域でKubernetesがデファクトスタンダードになったことでしょう。ハイブリッドクラウドやマルチクラウドといった多様な環境でアプリケーションをデプロイしなければならないケースが増えるにしたがい、コンテナのニーズはここ数年で劇的に拡大しました。しかし、コンテナの数が増え、その上で動くアプリケーションが増えるほどに、それらを管理するフレームワークへのニーズもまた高まりつつありました。そして2017年、コンテナオーケーストレーション/オペレーションの重要性に多くの企業が注目した絶好のタイミングで"そこ"にあったのがKubernetesでした。以後、Kubernetesは完全にコンテナの主流となり、2018年もその勢力を拡大し続けることは間違いありません。

現在、KubernetesはLinux Foundationの傘下にあるCNCF(Cloud Native Computing Foundation)が管理するオープンソースプロジェクトとして存在しており、GoogleだけではなくMicrosoft、Oracle、AWS、Baidu、Alibabaといった名だたる巨大IT企業がCNCFメンバーとしてKubernetes開発に参加しています。しかし冒頭のゲルシンガー氏の言葉にもあるように、Kubernetesコミュニティの中心にいるGoogleの動向は非常に重要であり、またGoogleにとってもGoogle Cloudのエンタープライズ普及を進めるにあたって、Kubernetesを通じたトップベンダとのパートナーシップ強化は同社のエコシステム拡大において欠かせない布石であり、AWSやAzureとの差をつめるためにも手を抜けない部分でもあります。

本稿では2017年のコンテナ/Kubernetes関連の動きを簡単に振り返りながら、2018年のクラウドをの方向性を"コンテナ&Google"の視点から展望していきたいと思います。

1年で地歩を固めたKubernetes

ちょうど1年前の2017年初頭のころを思い返してみると、KubernetesをサポートするパブリッククラウドはGoogle Cloud(Google Kubernetes Engine)のみで、Kubernetesの存在感はいまほど大きくありませんでした。しかし2月にMicrosoftが「Azure Container Service」でKubernetesの公式サポートを表明したあたりから、徐々にクラウド業界はKubernetesへのシフトを強めるようになります。以下、2017年に起こったKubernetes関連の目立った動きを並べてみました。

2月Microsoftが「Azure Container Service」でのKubernetes公式サポートを発表
3月Kubernetes 1.6がリリース、スケーラビリティ強化
5月DockerのCEO交代
6月Kubernetes 1.7がリリース、管理機能が増え、セキュリティが強化
7月MicrosoftがCNCFにプラチナメンバーとして参加
8月AWSがCNCFにプラチナメンバーとして参加 / VMwareがKubernetesクラスタを管理するマネージドサービス「Pivotal Container Service(PKS⁠⁠」を発表
9月Oracle、VMware、PivotalがCNCFにプラチナメンバーとして参加 / SAPがPaaS「SAP Cloud Platform」におけるコンテナオーケストレーションエンジンとしてKubernetesを採用 / Kubernetes 1.8がリリース、ロールベースのアクセス管理機能「RBAC(Roll-Based Access Control⁠⁠」をサポート
10月DockerがKubernetesサポートを発表
11月CNCFが認定プログラム「Certified Kubernetes Conformance Program」を発表、PKSなど32のサービスを認定 / AWSがre:Invent 2017において「Amazon Elastic Container Service for Kubernetes(EKS⁠⁠」を発表 / GoogleがGKEの価格を改定、クラスタ管理費用を無償に
12月Kubernetes 1.9がリリース⁠Apps Workloads API」がGA、Windowsサポート(ベータ)など
8月に米ラスベガスで行われた「VMworld 2017」で発表されたPivotal Container ServiceはGoogleとVMwareによるあたらしいかたちのパートナーシップとして注目された
8月に米ラスベガスで行われた「VMworld 2017」で発表されたPivotal Container ServiceはGoogleとVMwareによるあたらしいかたちのパートナーシップとして注目された
2017年11月にAWSが発表したマネージドサービス「Amazon Elastic Container Service for Kubernetes」はECSをKubernetesに対応させたもの。顧客からの強い要望により実現したサービス
2017年11月にAWSが発表したマネージドサービス「Amazon Elastic Container Service for Kubernetes」はECSをKubernetesに対応させたもの。顧客からの強い要望により実現したサービス

こうして振り返ってみると、Kuberentesが2017年にコンテナオーケストレーションのデファクトを獲得するに至った理由として、大きく3つのポイントを挙げることができます。

ひとつは時代のニーズ、とくにエンタープライズからのフィードバックを的確に反映したアップデートを定期的に行っていることです。3月に2017年最初のメジャーアップデートを行って以来、Kubernetesはほぼ3ヵ月ごとにアップデートを繰り返してきましたが、エンタープライズでの本番稼働に耐えうるソフトウェアとして信頼を勝ち得るために、非常に重要なアプローチだといえます。また、3月にリリースされたKubernetes 1.6はGoogle以外の企業や開発者がはじめて開発に参加したバージョンであり、2017年はKubernetesのオープン性があらためてクローズアップされた年でもありました。これは1社によるベンダロックインを嫌い、オープンソースへのシフトが進む昨今の風潮ともマッチしており、加えてより多くの開発者からの支持を得ることにもつながっています。

2つめはKubernetesの普及とCNCFの活性化がリンクしており、エコシステムが順調に拡大している点です。とくにMicrosoftがKubernetesのサポートを発表してから急激にCNCF参加企業が増えており、OracleやVMwareといったプロプライエタリなソフトウェアベンダまでもがプラチナメンバーとして参加しているのは非常に興味深い現象だといえます。また、Googleとは競合関係にあるAWSもCNCFにプラチナメンバーとして参加を果たしており、11月のre:Inventでは同社のコンテナ管理サービス「Amazon ECS」におけるKubernetes対応のほか、サーバ管理することなくコンテナを実行できる新サービス「Amazon Fargate」でのEKS対応も発表しています。クラウドビジネスで先行するAWSやMicrosoftであっても、コンテナマネジメントに関しては"Kubernetesがデファクトである"という事実を認めており、この領域で無駄な競争はしないという彼らの意思表明が、CNCFとKubernetesにより多くの企業を引きつける要因となっているのは間違いないでしょう。

EKSと同時に発表された「AWS Fargate」はコンテナクラスタを構築することなくワンクリックでコンテナを実行できるサービス。Kuberenetes対応は2018年中に行われる予定
EKSと同時に発表された「AWS Fargate」はコンテナクラスタを構築することなくワンクリックでコンテナを実行できるサービス。Kuberenetes対応は2018年中に行われる予定

また、ここでも挙げたように、すでにいくつかの大手ベンダからCNCFの認定プログラムに準拠したKubernetesマネージドサービスが提供されています。KubernetesはDocker SwarmやMesos DC/OSに比較してオペレーションが煩雑で面倒」という声が聞こえてくることも少なくないのですが、VMwareのPKSやAWSのEKS/Fargateのように、今後はKubernetesクラスタの管理や実行をワンクリックで実現するマネージドサービスのニーズがさらに高まることが予想されます。そうしたサービスやサポートを拡充するKubernetesエコシステムがCNCFを中心に確立されたことは、2017年にKubernetesがデファクトスタンダードの地位を獲得する大きな原動力であったといえます。

3つめのポイントは企業としてのDockerの凋落です。コンテナエンジンとしてはいまもDokerがもっとも多く使われているにもかかわらず、2017年のDockerの存在感は日に日に薄くなっていき、Kubernetesの隆盛とはあまりに対称的な姿を見せてしまった1年となりました。しかしその凋落は決して2017年に急に始まったものではなく、2014年のKubernetesリリース、そしてそれに対抗するかのようにDockerが発表したコンテナオーケストレーションツール「Docker Swarm」のリリースから続いている流れだったと、いまなら言えるのかもしれません。

記憶している方も多いでしょうが、Dockerは2013年に創業してからまたたくまにシリコンバレーでもっとも注目されるスタートアップへと成長し、多くの投資家や巨大IT企業が競ってDockerに多額の投資を行いました。現在CNCFのメンバーを務めるMicrosoftやRed Hatも積極的にDockerを支援してきた経緯があります。

しかしその一方で、Dockerコンテナを支えていたはずのCoreOSからDockerの対抗技術であるrktがリリースされたり、CoreOSとGoogleが親密な関係を築き、現在のKubernetes隆盛の基盤を作るなど、Dockerと距離を置くIT業界の空気は2014年ごろからすこしずつ醸成されていたように思えます。さらに2016年にはDockerの著名な女性エンジニアに対するセクシャルハラスメントの事実が明らかになったのですが、このときのDockerおよび当時のCEOであるベン・ゴラブ(Ben Golub)氏の対応はお世辞にも良いものとは言えず、企業としてのマイナスイメージを強く引きずったまま、2017年に突入してしまった感が否めません。2017年のDockerは組織編成においても、リリースのタイミングにおいても右往左往し続け、企業としてもソフトウェアとしても焦点が定まっていない状態でした。創業者でもあるゴラブCEOの退任と新CEOの外部からの招聘、3年間に渡って無視し続けたKubernetesのDocker Swarmにおけるサポート表明などを見ても、Dockerのこの1年の動きは突発的で一貫性に欠けており、投資家や業界関係者、そして開発者が離れてしまう要因をみずからの手で作り出していったようにさえ見えます。現在、買収の噂もささやかれるDockerですが、すくなくともDockerがコンテナオーケストレーションの分野でKubernetesからふたたび主役の座を奪うような事態はまず起こらないでしょう。

DockerのCEOを退任した創業者のベン・ゴラブ氏
DockerのCEOを退任した創業者のベン・ゴラブ氏

どうなる? 2018年のGoogle Cloud

「Googleは歴史的にオープンソースコミュニティをあまり大事にしてこなかったのは事実だ。その反省をもとに、これからはアプローチをあらため、エコシステムの構築を目指していきたい」―2015年11月にサンフランシスコで開かれたクラウドカンファレンス「Gigaom Structure 2015」において、Googleのインフラストラクチャ部門でバイスプレジデントを務めるエリック・ブリューワー(Eric Brewer)氏はこう発言していました。ブリューワー氏はKubernetesプロジェクトの立ち上げにも深く関わった人物ですが、Kuberentesの開発は最初からコミュニティドリブンで進めていく方針だったとしています。前述したように、Kubernetes 1.6からGoogle以外の企業もKubernetes開発に加わるようになり、今後はHadoop/SparkやOpenStackのように複数の企業が関わるオープンソースプロジェクトとしての成功が期待されるところです。Linux Foundation傘下のプロジェクトの中にはうまく行かないケースも少なくないのですが、KubernetesがそうならないためにもGoogleのコミュニティ運営手腕が今後は重要な意味をもつことになります。

ところでKubernetesに限らず、コミュニティやエコシステムを重視するというGoogleのアプローチは、Google Cloudの全体戦略を考える上で非常に注目したい点です。冒頭でも触れましたが、Googleは現在、パートナー企業との関係を強化しており、Google Cloudのダイアン・グリーン(Diane Greene)CEOやブライアン・スティーブンス(Brian Stevens)CTOといったエグゼクティブたちは積極的にパートナー主催のイベントやカンファレンスに出向き、Google Cloudとの提携発表を行っています。とくに元Red HatのCTOでもあったスティーブンス氏は、オープンソースコミュニティの運営に関して深い知見と経験を有しており、2014年にGoogleに入社して以来、エンタープライズビジネスの成功とコミュニティ支援の両立という、Googleにとっての大きなチャレンジにおいてリーダーシップを発揮し続けています。

11月にサンフランシスコで行われたDreamforce 17にスペシャルゲストとして登壇したGoogle Cloudのダイアン・グリーンCEO。このときSalesforceはGoogle CloudをAWSと同様に、同社の顧客向けに提供するサービスのプラットフォームとして採用すると発表した
11月にサンフランシスコで行われたDreamforce 17にスペシャルゲストとして登壇したGoogle Cloudのダイアン・グリーンCEO。このときSalesforceはGoogle CloudをAWSと同様に、同社の顧客向けに提供するサービスのプラットフォームとして採用すると発表した
Google Cloudが2017年にエンタープライズで大きく飛躍した理由のひとつがSAPとの提携強化。とくにHANAがGoogle Cloudでも利用可能になったことはエンタープライズ市場に大きなインパクトを与えた。11月にバルセロナで行われた「SAP TechEd」にはGoogle Cloudのブライアン・スティーブンス氏(左端)がゲストで登壇、クラウドビジネスにおける両者のタイトなパートナーシップを強調している
Google Cloudが2017年にエンタープライズで大きく飛躍した理由のひとつがSAPとの提携強化。とくにHANAがGoogle Cloudでも利用可能になったことはエンタープライズ市場に大きなインパクトを与えた。11月にバルセロナで行われた「SAP TechEd」にはGoogle Cloudのブライアン・スティーブンス氏(左端)がゲストで登壇、クラウドビジネスにおける両者のタイトなパートナーシップを強調している

また、11月にはIntelで長年、データセンター部門のシニアバイスプレジデントとして同社のクラウドビジネスの中核を支えてきたダイアン・ブライアント(Diane Bryant)氏がGoogle CloudのCOOとして入社を果たしています。シリコンバレー、そして米国のIT業界を代表する女性アイコンとしても評価の高いブライアント氏のGoogle入りは業界内でも好意的に受けとめられており、Google Cloudがエンタープライズビジネスにおいて人材面からも攻めの姿勢を取っていることがうかがえます。

Intelのエグゼクティブを長年務め、クラウドビジネスを統括してきたダイアン・ブライアント氏(右)がGoogleに入社したニュースは業界関係者を驚かせた。2018年のGoogle Cloudの飛躍のカギを握る人物としても要注目
Intelのエグゼクティブを長年務め、クラウドビジネスを統括してきたダイアン・ブライアント氏(右)がGoogleに入社したニュースは業界関係者を驚かせた。2018年のGoogle Cloudの飛躍のカギを握る人物としても要注目

エンタープライズの導入実績はまだAWSやAzureの足元にも及ばないGoogle Cloudですが、着々とその底力を見せはじめており、大企業による事例も確実に積み上がっています。もっともGoogleの場合、どうしてもTensorFlowに代表されるAI関連の事例に注目が集まりがちなのですが、2017年はSAPやSalesforce.comがプラットフォームとしてGoogle Cloudの採用を発表し、ブライアント氏をはじめとするクラウド人材を強化したことで、エンタープライズビジネスに本格進出する下準備は完了したといえます。このベースを武器に、Kubernetes導入を含むいかに地に足の着いた"地味"なユースケースを重ねることができるかが、2018年のGoogle Cloudの勝負どころになるように思います。


「アプリケーションの世界にこれまでとは異なる可能性をもたらす、そういう意味で言えばコンテナとは25年前のJavaと同じような存在かもしれない」―これもまた、冒頭で紹介したゲルシンガー氏が同じインタビューの席上で発したコメントのひとつです。⁠Write Once, Run Anywhere」を掲げたJavaがプログラミングの世界に大きなイノベーションを起こしたように、環境に縛られることなくアプリケーションを自由にデプロイ/実行することのできるコンテナは、本番稼働の導入事例が増えるにつれてクラウドの世界のありようを大きく変えてきました。

クラウドコンピューティングはしばしばオンプレミス(on-premise)と対比して「オフプレミス(off-premise⁠⁠」と呼ばれることがあります。premiseという単語には「土地、設備、建物」という意味もありますが、そうであるならば"オフプレミス"とはハードウェアやデータセンターといった物理デバイスからの制約から解き放たれるという、クラウドや仮想化が目指していた本来のゴールを意味しているともいえます。そしてより完璧なオフオフプレミスの世界 ―これまでのクラウドや仮想化技術では不十分だった物理デバイスからの完全なる解放を実現する存在として、コンテナとKubernetesへの期待がますます高まることは間違いありません。クラウドネイティブからコンテナネイティブ、そしてKubernetesネイティブへとエンタープライズITがシフトしている2018年、これまで以上にKubernetesとその中心にいるGoogleの動向に注目していく必要がありそうです。

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