エンジニアに捧げる起業幻想

第2回起業とは事業を継続して展開すること

起業におけるエンジニア特有のコト

前回は、なぜエンジニア起業論についての連載をすることになったかについて、本連載の開始の背景と「起業ブーム」について取り上げました。起業ブームはエンジニアだろうがなかろうが共通の背景ですが、それとは別にエンジニアが起業するケース特有の傾向というものがあるように思います。今回はその点について述べてみます。

そもそも起業するというのはぶっちゃけていえば会社を創業して事業を展開することです。そこには必ずなんらかの理由、モチベーションがあることでしょう。

  • 「社会を変えたい」
  • 「理想の製品やサービスを実現したい」
  • 「他人に縛られずに仕事をしたい」
  • 「一山当てたい」
  • 「なんかカッコイイ」

高邁なものから低俗なものまでさまざまだと思います。

全部が全部というわけではないですが、エンジニアの起業の場合、とくに「自由に働きたい」「自分の理想のサービスを実現したい」という理由で起業するケースが多いような気がします(ちなみにいまさらですがこの連載でいうところの「エンジニア」はネットに関するエンジニアです。職種としてはプログラマやインフラエンジニアなどを想定しています⁠⁠。

連載のタイトルが「起業幻想」ということからもわかるように、この連載は主に起業について反対というかネガティブな視点から見ている部分が多いのですが、その大きな理由の1つに、今挙げたような起業の理由があります。

⁠自由に働きたい」というケースについて私はかなり言いたいことがあるのですが、ここではまず先に「自分の理想のサービスを実現したい」という理由について考えてみます。

これは一見、むしろ起業する理由としては理想のように見えます。GoogleにしてもFacebookにしても、最初の理由はそういったものだったのではないでしょうか。

ただ、ここにはいくつか不足している要因があります。⁠その理想のサービスというのはどのくらい儲かるのか」「なぜそれは起業してやるべきなのか」といったものです。

起業とは事業を起こすこと

繰り返しになりますが、起業というのは事業を起こすことです。事業というのは収益を上げ、またそれが成長し続けることが必要です。得られた収益を再投資することでさらなる利益をあげる循環を創るのが事業の本質です。

つまり、自分が理想とするサービスがあり、そのサービスが「収益が得られて、その収益によってさらなる収益を得られる仕組みを持っている(ビジネスモデルなどとも呼びます⁠⁠」のであれば起業すべき、それか起業というのも1つの有意義な選択肢であるということです。

当初から利益が出る事業というのはむしろレアケースかもしれませんが、それでも近いあるいは遠い将来にそれまでの投資に見合うだけの収益をあげることが期待されます。永遠に儲からないのは事業とは言いません。

たとえば、YouTubeなどはずっと大赤字を積み重ねていましたが、⁠いずれ動画サービスのパイオニアとして多大な収益をもたらす」という見込みがあったために当時のレートで約2,000億円(16億5,000万ドル)もの金額で買収されました。

もっとも買収の場合の金額というのはいろいろな要素が織り込まれるため一概に将来利益だけが根拠になるということでもないですが、とはいえ将来利益というのは重要な要素です。

収益を左右するのは「市場」

では収益を構成する要素とは何でしょうか。

それは「市場」です。

収益というのは売上と利益の両方の意味で用いられるので不便(もしくは便利)ですので言い換えると、売上というのは市場で決まります。市場×シェアが売上になります。

その市場には、現在存在する市場なのか、これから創る(創られる)市場なのか、という2つのパターンがあります。起業において理想とされるのはおもに後者のパターンです。Googleが作った検索(による広告)市場、Facebookが作ったSNS市場、YouTubeが作った動画市場、などです。

ここで勘の良い方は、現在存在する市場とこれから創られる市場以外に「現在する市場を拡大する」というのがあるのではないかと考えるのではないでしょうか。それは間違いなくあるのですが、現在存在する市場との比率で2つのどちらかに分類して良いと思います。たとえば、100の市場を105に拡大するだけならこれは現在存在する市場をターゲットにしているといって良いと思いますが、100の市場を200とか1000とかにするのであればこれから創る市場といえるでしょう。

そして実際起業する人が目指すのも後者のパターンが多いのだと思います。

⁠これから起業して先行している企業からシェアを奪っていきます」というよりは「これから市場を創造して収益を上げていきます」のほうが聞こえも良いのではないでしょうか。

前者は「市場が本当に創られるのかというリスクがない」反面、⁠どうやって先行している事業者からシェアを奪うのか」というハードルの高さがあります。後者は「創造したシェアはそのまま獲得できる可能性が高い」反面、⁠本当にそんな市場が創られるのか」というリスクがあります。

そして、ここで1つ重要なポイントとして「存在する市場を先行している事業者から奪うこと」に比べて「存在しない市場を創りだすこと」のほうが「否定しづらい」という要因があります。言い換えれば「楽観論が通じやすい」ということです。

先行している事業者から市場を奪う難しさのことを「参入障壁」といいますが、参入障壁というのは客観的に評価しやすいものです。これに対して「市場の創造」というのは「やってみないとわからない」部分が多い「ように思われる」のです。実際には市場の創造についても十分客観的な評価というのはできるのですが、⁠そんなのやってみなければわからない」という一言が持っている根拠のない破壊力はなかなか強力です。

その他、たとえばネットサービスを前提とした場合、⁠そのサービスが流行るかどうか」「それが収益化できるかどうか」はまたさらに別の話です。

いずれにしても、売上=市場×シェアなのですから、市場というのは売上の総和です。売上に結び付かなければ市場とは言いません。

自分の理想だけで起業して良いのか

話を戻して、⁠自分が理想とするサービスを実現したいから起業する」というのは、これはもちろんエンジニアに限った傾向ではありません。営業職でも企画職でもマーケティング職でも、就業経験がなくても(ないからこそ?⁠⁠、⁠自分が理想とするサービスを実現したいから起業する」というパターンはありうるでしょう。

ただエンジニア(とくにプログラマ)の場合には、それを自分で作ってしまえるからこそ(あるいは自分で作りたいから)起業する、という展開になりやすいように思います。逆に、自分でそのサービスを作れなければ、最初から外注なり雇用なり、もしくは志を同じくする人を見つけるというハードルが存在します(正直いえば外注や雇用するくらいなら自分で最初のプロトタイプくらいは作る努力をするほうが早いような気もしますが⁠⁠。

私は「自分でやってみたらうまくいったから起業した」というのは、良いことだと思います。GoogleにしてもFacebookにしても(この2つにこだわってるわけではないですが⁠⁠、事業が先にあって起業は後に必要だから行ったパターンでしょう。

もっともGoogleやFacebookが厳密な意味で「サービスの収益化の目処」があって起業したのではないと思いますが、Googleによるインターネット検索やFacebookによるSNSのように「明らかにサービスとしての需要があるので市場を創ってリーディングカンパニーになれればきっと収益は後からついてくる」という確信を持てるケースは稀であると言えます。

起業はあくまで手段

⁠起業というのは手段」なので、本来起業というのは「必要になったからする」ものなのです。理想とするサービスがある、そのサービスは収益化できそうだ、という段階で起業するというのはあるべき起業の姿だと思います。

先に起業してしまうと、思いついたサービスのアイデアがイマイチだなと後からわかってきても、なかなか途中で止められなくなります。

⁠自分の理想とするサービスを実現するため」という、それ自体は悪くない理由ですし、目的のために起業するのであれば、それをどうやって収益化するか、収益化するまでにかかる費用、そのために資金の調達方法などをきちんと考えて、できれば他人に客観的な評価もしてもらい、それなりの確率で成功することがわかってから起業すべきでしょう。

つまり、サービス/サービスの収益化がうまくいくかどうかわからなければ、まずはリスクがない状態でそれを実現し、目処が実際にたってから起業するというのでも遅くはありません。もちろんこの場合には、目処が立つまでの間他の企業などで働くケースが多いでしょうから、就業規則に違反しないか、成果物は会社に帰属しないで自分に帰属するかなどはきちんと確認しておく必要はあります。

前回書いたように、実に稀な大成功のケースに目を奪われて「起業すればなんとかなる、そしてきっと大成功するはずだ」という根拠のない自信でスタートするべきではありません。全部が理想的な展開でいけば、というのは実際にはそうならないというのは誰でもわかります。

ということは、起業する場合には、会社の仕組み、市場、事業、資金調達などについてわかっている必要があります。これはまた別の回で触れたいと思います。

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