エンジニアに捧げる起業幻想

第7回エンジニアは資金調達も苦手

今回は資金調達について考えてみたいと思います。

以前も書きましたが事業には元手=キャッシュが必要です。

キャッシュを増やす方法

キャッシュを増やすには3つの方法があります。

1つは事業による利益で増やす、1つは増資で増やす、1つは借り入れで増やすというものです。このうち、増資もしくは借り入れで増やす2つをまとめて資金調達と呼びます。

エンジニアに限らず一番よくあるパターンが、最初は手金で起業するというものでしょう。手金が尽きる前に事業でキャッシュを増やせれば、つまり営業キャッシュフローをプラスにできれば資金調達は不要です。

以前の連載で取り上げた、フリーランス的な起業、いわゆる単なる独立はここでは除外します。とはいえ最初からなかなかキャッシュフローの収支をプラスにするのは難しいですし、逆に最初から順調にキャッシュが増えているケースだからこそ資金調達したくなる場合もあるでしょう。

そこで、今回は事業による利益で増やす方法については取り上げず、次の2つのキャッシュの増やし方、⁠増資」「借り入れ」による資金調達にフォーカスを当て、それぞれの意味と必要性について考えてみます。

借り入れと増資の本質

さて、以前カッコいい資金調達なんてあるかよというブログを書いたこともあるのですが、一般的には借り入れはマイナスのイメージで増資はプラスのイメージで扱われることが多いかと思います。

資金調達の手段はいろいろな側面があるので、ある一つの側面だけ見て「良い」⁠悪い」と断ずるのはあまり意味がありません。

とはいえ私は可能な限りは借り入れで調達、それがダメなら増資というポリシーです。

大きな理由の一つは、借り入れは可逆的だけど増資は可逆的ではあるものの実際にはなかなかそうはいかないという点があります。

借り入れは当初に決定した利子を付けて返済すれば、まったく借り入れ前と同じ状態になります。借りられるかどうか、借りられる上限は会社の状態に左右されますが、借りられた場合にはそこから先の条件は会社の状況とは無関係です。つまり、将来会社がどういう状態でも元に戻す方法が事前にわかっているということです。

増資は投資契約に色々盛り込むことはできますが、とはいえ出資者の思惑はかなりその時点での会社の状態に左右されると言えるでしょう。

投資家がよく言う言葉に「増資という手法は出資者が会社の事業の成長に協力するという面でのプラスが大きい(から借り入れより良い⁠⁠」というものがあります。でも銀行で例えば借り入れした場合でも、銀行の担当者は事業の成長について色々相談に乗ってくれます。

ただ単にIT系企業だと銀行にあまりそういった方面に強い担当者がいないというだけの話です。投資家の人に「増資は持ち分が減るので嫌なんですが代わりに貸し付けをして事業の成長に力を貸してください。利子を付けてお返しします」と言った場合どういう回答が返ってくるでしょうか。私はやったことがないのですが、一度聞いてみたい気もします。

資金調達は開発と同じ

ちょっと話が逸れましたが、エンジニアが起業して上手くいかない理由の一つに資金調達が苦手というものがあります。

そもそもエンジニアですからBSとか資産とか資本とか負債とかに詳しいことは稀でしょうし、営業やチーム作りが下手という回でも取り上げたようにそもそも交渉やコミュニケーションが下手だったりすることが多いでしょう。

お金を貸したり出資したりする人たちはその道のプロですから、そのままだといいように相手のペースになってしまいます。もちろんそういった方面の勉強をするのはプラスですが、概してエンジニアはそちら方面の習得にあまり熱心ではなく、そんな時間があれば技術の習得や開発自体をしたいと考える傾向があるように思います。

そして実際に資金が逼迫したときに、必死になってあちこち駆けずり回って、不利な条件で借り入れや出資を受けるしかないか、そもそも受けられればまだ良い方でそのまま廃業せざるを得ないパターンも多いでしょう。

資金調達というのは開発と同じです。知識と経験が必要で、計画的に進めるほうがうまくいくのです。

知っておきたい制度融資

ちなみに起業したての会社向けにお金を借りやすくするという「制度融資」と呼ばれるものがあります。これはその地域ごとに制度が定められています。東京では東京都制度融資ということになります。

起業したての零細企業がお金を借りる場合、担保はまずないのでその代わりに「東京信用保証協会」という機関が金融機関への返済を保証します。

つまり、金融機関は貸し付けについてはノーリスクで、もし企業が返済できない場合は保証協会に肩代わりしてもらいます。すなわち、零細企業の借り入れは実質的に保証協会に対してしているようなものなのです。

この借り入れはかなりハードルの低い融資ですので、起業して資金需要がある場合にはまず最初に検討することをおすすめします。

創業融資(創業)⁠事業開始後】

金利も低いですし、最初の1~2年は返済を猶予することが可能なケースもあります。

他にも日本政策金融公庫(通称国金)による創業融資などもあります。

新規開業資金

経験がない人にとって「借り入れ」はなんとなく怖いイメージがあるかと思いますが、こういった創業支援系の融資はある意味最も健全な資金調達方法です。

一般的には「晴れの日に傘を貸す」と言われるように、銀行というのはうまくいっている(資金需要が低い)企業にはお金を貸したくて、うまいくっていない(資金需要が高い)企業にはお金を貸したくないものですが、こういう制度融資はそういったものとは少し違う、ある意味起業の際に使える特典のようなものです。

エンジェル投資家の存在

もちろん増資でもそういったケースはありえます。

いわゆる「エンジェル投資家」とよばれる、お金は出すけど口は出さない、投資自体をお金を儲けるためというより起業家支援のためにやる人というのも存在します。

ただ、制度融資はどんな企業でも銀行や保証協会に行けば相手をしてもらえますが、エンジェル投資家に出会うには何らかのツテが必要です。とくにエンジニアというのはそちら方面の人脈に弱いのではないでしょうか。

また、実際にはエンジェルではないのにエンジェル投資家とうたっている人に遭遇することもありえます。そしてその真偽を先に見抜くのはかなり難しいでしょう。

ネームバリューという幻想

もう一つ借り入れと増資の違いとして、⁠資金を提供してくれる側が)有名かどうかが評価基準の1つになる」というものがあります。

名前が売れている投資家は、実績によって名前が売れているのか、名前を売っているから名前が売れているのかのどちらかです。前者であればもちろん良いのですが、後者はまずい飯屋ほど宣伝が派手なのと一緒です。

これに対して借り入れの場合、とくに制度融資であれば結局保証協会の審査になるということもあり、金融機関が名前が売れているかどうかというのは関係ありません。

周りの先輩起業家や、以前所属していた会社と関係が良好であればその財務担当者など、相談できる人がいればなるべく多くの意見を聞いてみると良いと思います。

とはいえ、自身に聞いた内容をきちんと理解して吸収するだけの最低限の知識などは必要です。金銭消費貸借契約書や投資契約書の細かい条文に目を通さないでハンコを押すような人は、起業するべきではありません。テストをしないでプログラムを本番環境に反映するのと同じです。

今回は資金調達の種類と、資金調達がうまくいかない場合の理由について触れてみました。

次回はうまくいかない理由ではなく、うまくいくために必要なものについて考えてみたいと思います。

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